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つじこの

一応、本とかの批評のつもり。趣味的な備忘録

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ジョー・ブスケ『傷と出来事』 

少し前から読んでいたジョー・ブスケ(Joë Bousquet, 1897-1950)の『傷と出来事』(谷口清彦・右崎有希訳、河出書房新社、2013年)の読了が間近いので、日日日論にでも役立ちそうなくだりをいくつか抜き書きしておくことにする。なおブスケの生涯については、巻末の訳者解説にもあるとおりで、1897年3月19日ナルボンヌ生まれ、第一次大戦に従軍して1918年5月27日に負った重傷がもとで21歳にして下半身不随となり、その後南仏カルカソンヌで寝たきりの隠遁生活を送りながらシュルレアリストたちとの交流を通じて文学者としての自己形成を遂げ、1950年9月28日に世を去ったフランスの小説家・詩人であり、晩年にはジャン・ポーランの影響を受けて独自の言語論を構想した…とでも説明しておけば―いかにも人名辞典風の概観の味気なさを物足りなく思う向きにどう目をつぶってもらうかという問題は残るとはいえ―まずは大過あるまい。

 愛はその対象よりも先に生まれなければならない。愛それ自体が対象をでっちあげる。

 君に禁じられた生を愛することによって、君のためにつくりだされた生を愛すること。
 君から取りあげられたものを愛することによって、君に残されているものを愛すること。(32頁)

 私はいくばくかの確信を手に入れた。人間はその母親の子供ではなく、彼女の生の子供である、という確信である。生の語法を解読しなければならない。出来事に語らせなければならない。出来事をみずからの言語へと翻訳し、あるいは、出来事にその讃嘆すべき性格をとどめさせなければならない。さらには詩人をとおして、人類の営みのなかからひとつの出来事を取り出してこなければならない。こうしたことのすべては、多かれ少なかれ、私のこれまでの本に粗描されてきたことなのだから、いまや残された仕事は、以上のような確信から教訓を引き出すことのみである。(87-88頁)

 どれほど露骨な肉欲の詩的表現だろうと、詩人が胸を引き裂く苦痛とともにみずからの生の条件を受けいれたことを意味する限りにおいて、その表現は破廉恥という批判をまぬかれる。(93頁)

 君の孤独を愛の一世界となせ。(95頁)

 私の傷は、私に死を与えることなく、私を生から引き離した。
 私は生に呼びかけた。生が私の傷から私を引き離してくれることを期待しつつ。だが、私の生とは私の傷だった。
 これが私の最初の誤りである。(100頁)

 われわれが世界と切り離されているのは、ただ、われわれ自身がそのようにしたからである。傷はこの分離そのものである。われわれが傷つけずに愛することができないのは、われわれが傷ついているからである。(103頁)

 われわれは、みずからの生に耐える代わりに、みずからの生を創出する。生を愛すること。(113頁)

 少女よ、私が君を創造したのは私自身のためではない。私の心に住まう者たちのなかでもっとも見捨てられた者のためであり、君の瞳のきらめきと同じくらいほのかな光のなかで君の顔を造形しなければ生きているのかさえ分からない者のためである。私のことを知らない兄弟にひとりの女友だちを与えたのである。(128頁)

 愛の眼でおのれの生を見る術をまなべ。(154頁)

 情熱は炎のようである。それは粗忽者を憔悴させ、賢者を照らす。(156頁)

 ひとりの人間の心のなかには、生それ自体のなか以上に、生のための場所がある。(164頁)

 ―あらゆる理念を拒否すること、掘り下げるべき理念だけを保持しておくために。諸君、その掘り下げるべき理念というのは、思想の次元ではなく、生の次元にある。
 ―知性を乗り越えることのできるという確信、知性による死の教訓をくじくことができるという確信。君は、そうした確信だけを本当の確信としなければならない。
 われわれよりも存続すべくつくられたあれらかくもたぐいまれな思考の存在にわれわれが気づくのは、そうした思考がわれわれに付与する力のうちにおいてである。その力とは、個人的な生を意に介さず進ませてくれる力である。またその力とは、個人的な生が、自己意識がもはやその対価ではないような先述の実存へと、支流のごとく吸収されるようにしてくれる力である。
 あなたは、あなたがそうであるところのものすべての魂であれ。(169-170頁)

 人間は万物の実存のなかの一点ではない。人間は一点における万物の実存である。(178頁)

 彼はいった、あらゆる出来事は宇宙の鏡である、と。出来事は、みずからの未来のうちに、われわれが生きる世界を、すなわちわれわれ自身の意識がわれわれを除名した世界を反映している。それぞれの偶発事に神託を読みとるためには、宇宙の限界と完全に符合するまでおのれの存在を拡張させねばならない。(190頁)

 ときに運命は、ひとりの人間を傷つける。彼が苦しむ光景は、それを眺める者たちに、傷を負っていない人間などいないということを教える。個体性そのものが傷なのである。
 こうした傷は癒えることがない。人間は傷のまわりで変容し、そこに刻み込まれた消去不可能な描線を浮かび上がらせるだろう。(191頁)

 倫理的理念の役割とは何か? そうした理念は、人間がおのれを見失うことなく再開することを可能にする、絶え間なくおのれを与えつづけるという使命に忠実であることを。
 別の存在に移行するために与えること。他の者たちが飛翔するための手段となること以外の何ごとも抱懐してはならない。はるか高次の不可視の真実の出現を、偶然が仕掛ける罠よりも優越させる方法以外の何ごとも。そうした真実にくらべれば、さほど重要でない現実も、われわれがそうであるところの人間も、ともに取るに足らないものである。(196頁)

 私の傷の効果は、私の理性が原因を明らかにすることのなかった幸福によってはじめにその姿を現した。だが、幸福につづいて到来したのは苦痛だった。あたかも、私はそれに値しないという感情によって、私のよろこびに不安の影が差したかのようだった。おのれの傷を愛し、そこに恩恵をみとめる勇気が到来するまでには長い時間が必要だった。

 じつのところ、私が望んでいたのは、書物についての新たな定義を導入することだった。私にとって、作品というのはそれ自体のうちに目的を有していないものだった。作品は、人間の危機を厳密に分析しつつ、ひとりの人間の正確な物語を、そこに世界を欠如させることなくつくりだすものだった。書物は、人間が出来事にたいして勝利するために協力する。人間が出来事を服従させるためにおこなう努力を描きだす。(202頁)

 いかなる実存も悲劇的である。運命の劇的な可能性を、事実の思いどおりに搾取する道化たちを呪え。われわれの生全体が、われわれを行動へと駆り立てるとともに行動からわれわれを引き離す。生がかつてわれわれからつくりだしたものが、突如としてわれわれの思考のうちで羽ばたきだし、不滅の完全なる若さをまとって再生する。それは、幼少期のわれわれが映し出された相当古びた写真を思わせる。(203頁)

 私は、ある行動の効果をこうむってきた。その効果をめぐる理解は時を経てはじめて与えられた。私が生にみまわれたとき、生それ自身も生にみまわれたのであり、私がまず生の痛みを受肉したのである。

 生が私の心臓をおそおうとしたとき、生はおのれの胸部を切開したにちがいない。かくして廃墟があらわれたのであり、私はその亡霊である。(204頁)

 悪それ自体は嫌悪すべきものではない。悪はわれわれにとって生来のものであるがゆえに、われわれはそれを打ち負かさねばならない。人間は感覚的な存在のうちに閉じ込められており、そうした存在を乗り越える手助けとなるものすべてをみずからのもとに召喚しなければならない。(206頁)

 われわれが存在すると措定するやいなや、われわれはただちにこう問わざるをえない。私は何ではないのか、と。私とは、存在の絶頂において一個の実存がこうむる永遠の断罪である。私は、実存が機能不全におちいる場であり、そこで生は希望へと向きをかえる。というのも、死すべき影によって生の一部が想像すべきものとして生それ自体にゆだねられるからである。私とは、私のうちで大きくなったひとつの巨大な存在の傷口にほかならない。感覚的な実存はわれわれと事物とのつながりの担保であり、われわれ全員がこうむった苦痛のたったひとつの産物である。(207頁)

 彼が知るかぎりもっとも美しいものすべてが、彼の孤独と似かよったひとつの存在の創造的な能力であればいい。(209頁)

 魂の魂が身体である。(211頁)

 理解するのではなく、信じること。

 思い出すかわりに、期待すること。

 意志のかわりの慈愛。

 こうしたことが簡素さを可能にする。

 こうしたことが自己からひとつの力量をつくりだし、享受するかわりに創造することを可能にする。(212-213頁)

 生を私として愛するのではなく、生として愛すること。生を語るのではなく、生にひとつの声を与えること。真実など歯牙にもかけない、人が過失をはたらく直前のあのリリシズムに到達すること。(216頁)

 家族のことは忘れるべきである。われわれの生は、われわれに訓えをもたらすためにある。私は私生児ではなかったが、そのように扱われてきた。(226頁)

これまで日本語の活字の世界においては、ほぼフェルディナン・アルキエ(『シュルレアリスムの哲学』)やジル・ドゥルーズ(『意味の論理学』)による紹介を通じて間接的にしか知りえなかったブスケの思想が、こうしてともかくも彼自身の言葉で読めるようになったことは喜ばしいし、ありがたい。とはいえ、本書は著者が「白色ノート」と命名した帳面に日々書きとめた断片的な詩想の集積が没後に公刊された遺稿であり、その性格上、思想が生乾きで焦点の定かでない断章や、個人的すぎて我々後世の他人が読んでも意味がよくわからない(しかも、わかったところで大した意味ではなさそうな)覚え書が散見されるのは気になる。仮に日本語で『ジョー・ブスケ全集』を出すとすればもちろん本書の存在も無視するわけにはいかないにせよ、はたして作品としてもっと形が整っているはずの小説群や論稿の類をさしおいてまっさきに訳出すべき書物だったのかどうか、その点が少々引っかかるのだ。また、あいにく原書(Joë Bousquet, Mystique, Paris, Gallimard, 1973)を手元に持ち合わせていないので確認できないとはいえ訳文の質は総じて高そうなのだが、その一方で、どうやら原文では同一の表現が再登場していると思しいのに訳文の語句が一定していなかったり(147-148頁と160-161頁、202頁と228頁)、芒の穂とも穂芒とも違う「穂の芒」(67頁)やエリウゲナ(Eriugena)ならぬ「エウリゲナ」(217頁)等の誤記ないし誤植があったり、もしかすると原語の違いを反映しているのかもしれないが同一の植物に対して「マンネンロウ」と「ローズマリー」という二通りの訳語が混在していたりと(145頁と254頁)、若干の瑕瑾(らしきもの)も見つかる。「アイディア」(17頁、28頁)と「イデー」(177頁、237頁、260頁)の併用、というよりも« idée »が両者の間でこうむらざるをえないはずの分裂も、もし「理念」が同一の原語に対応しているとすればなおさら、気になる人には気になることだろう(注1)。
まるであら探しのような意地の悪い読み方はただでさえ気が進まないし、そんなことをする資格が自分にあるかどうかという問いの検討を棚上げにしたままの場合にはなおさらそうである。けれども最近では、例えば本来「…すべし」に先行して「ぜひとも」を意味するはずの「すべからく」を「ことごとく」・「一つ残らず」のつもりで用いるという誤用が、著名な出版社から出ているポール・ヴァレリー(注2)やカール・シュミット(注3)の論文集にも見つかったりするので、ついつい油断は禁物とばかり神経質にもなってしまう。こんなことは当の著作の思想的意義そのものの大きさに比べれば枝葉末節に属する問題かもしれないが、思想の伝達が何よりも言葉を通じて実現をみるのである以上、こういう基礎的文法の次元での粗忽な誤りは、翻訳者の、ひいてはその会社の編集者や校正係の素養・見識への疑念を読者の頭の中に芽生えさせてしまうのはもちろん、そもそも言語における相互理解の可能性を原理的に損ないかねない点からしても、やはり遺憾と評さざるをえない。もっとも、幸いその種の誤りとは無縁な(と思う)『傷と出来事』の訳文は、思いがけない逆説の閃光とともに虚構的な分身の生成の中で絶えず空虚が豊穣に、受動性が能動性に転じるブスケの詩的散文の特徴、その精妙さと端正さ、そしてなかんずくストア派的な運命愛の倫理の体現者ならではの雄々しい沈着と執拗な潔癖さを―といってもセネカ流のとめどなく饒舌な語りかけよりは、むしろマルクス・アウレリウス流の静かな自己内対話を思わせる―、基本的にはまさに然るべき日本語の語調に移しえているように感じる。こんな調子の訳文で他の代表作についても読むことができたならさぞかし教えられるところが多々あるはずだと自然に思えてくる、そういう誠実な訳書である。
ただし、いましがたストア派的な運命愛と書いたが、それは決して悪しき運命をじっと耐え忍ぶという―運命に陰険な邪悪さを帰した上で、ひそかに自分を被害者として規定しながら鬱々たる諦念とともにそれへの忍従を続けるという―態度を意味しない。そのような自己憐憫の態度ほどブスケの執筆活動から遠いものもあるまい。むしろ、アルキエが彼の手紙の中の文句として伝えている、「ときどきこの私には、錯乱しそうなほどまで、私は思考されていると感じることがある、と言ったら、貴兄はどう答えてくれるだろうか?」という疑問(注4)から出発して、我々は例えばベンヤミンが『ドイツ・ロマン主義における藝術批評の概念』において定式化したようなロマン主義の対象認識理論の精髄へと赴くべきではなかろうか。この理論によれば、あらゆる認識は単にある主観がある客観を認識することにすぎないのではなくて、むしろ次のような四つの局面が重なり合った複雑な反省の過程である。すなわち認識の過程においては、つねに同時に、いわゆる主観であるとされる当のものが自己を認識することと並んでいわゆる客観に相当するはずのものの側にも自己を認識することが生じており、まさしくそれゆえにこそ前者(いわゆる主観)によって後者(いわゆる客観)が認識されることが可能になるばかりか、ひいては前者が後者によって認識されるという―一見奇妙な―事態さえも排斥されないのである。したがって、およそ認識の関係が問題であるかぎり実は客観という名辞の使用は全く不適当なのであって、一切は絶対的本質としての主観の中で起きる一つの内在的連関であると考えなくてはならない。

認識は、〔中略〕あらゆる方向に向かって、反省のなかにその根拠をもっている。すなわち、ある存在〔本質〕(ヴェーゼン)が他の存在〔本質〕によって認識されることは、認識されるもの(das Erkanntwerdende)の自己認識、認識する者(der Erkennende)の自己認識、および、認識する者がその認識対象である存在〔本質〕によって認識されることと、同時に起こる(zusammenfallen〔一致する、同じものである〕)。これが、ロマン主義の対象認識理論の根本命題を言い表わす、最も厳密な形式である。(注5)

ベンヤミンにとって、この対象認識理論は、藝術というものを一つの反省媒質として規定した上で、形式のイロニー化、すなわち有限なる個々の作品の叙述形式の解体作業を通じて、破壊不可能な絶対的形式としての藝術という理念(die Idee der Kunst)の無限性を析出してくる、という批評の営みに正当性を付与してくれるものであった。しかし、他の叙述形式とは違ってひとりロマーン(長篇小説)のみは、外見上の無制約性と無規則性のゆえに、そのようなイロニー化を待つまでもなく「随意に己れ自身について反省し(reflektieren)、つねに新たに省察(ベトラハトゥング)を重ねながら、より高次の立場から、すでに与えられたあらゆる意識段階を、顧(かえり)みつつ反映する(zurückspiegeln)ことができる」(注6)。ロマン主義の批評理論にとって、ロマーン的な散文(プローザ)が、「ポエジーのポエジー(詩の詩)」、ないしそれ自体を意識する高次のポエジー、ポエジーの理念(die Idee der Poesie)としてあれほど重要だったのはこのためであり、あらゆる文学的諸形式がそこにおいて媒介され、解消される場たる創造的地盤にほかならぬこの散文的なもの(das Prosaische)を、ベンヤミンはヘルダーリンにならって「冷徹さ(Nüchternheit)」ないし「冷徹なもの(das Nüchterne)」の隠喩的な名称であると考える(注7)。事物によって、周囲の世界によって「私」のことが思考されているという一見逆説的な自覚と表裏一体であるはずのジョー・ブスケの散文の不思議な静謐と光輝は、そのような、誰のものとも知れぬ絶対的な自律的思惟としての反省の運動を、ことさら創造性という性格に即して眺めた場合に避けがたい「冷徹さ」の概念に引き寄せて理解する余地がありそうに思えてならない。思いつきといえば思いつきだが、このたび『傷と出来事』という印象的な題名をつけられて日本の読者に近づきやすくなった本書、すなわち「白色ノート」を、最終的にはブスケなりの詩法ないし創作の原理を確立することを目指した一つの探究の軌跡として読むことが許されるとすれば、この比較も少しは牽強付会の容疑を軽減してもらえるのではないか。


(1)もちろん、« idée »のように複雑な来歴を有する多義的な語が相手であれば、文脈に応じて柔軟に訳し分けるという方針自体には毛頭異存がない。それにしても、カタカナ書きの「イデー」は単なる音写であって翻訳ではないし、しかも同じく音写には違いないが英語に由来する「アイディア」と比べて、いまだ日本語の体系の中に定着しているとは判断しがたい。なんとなく「アイディア」よりも「高尚そう」だとか「哲学的な」感じがするという理由で選ばれたのだとすれば、それこそ非哲学的な先入見というものだろう。一般論として、たとえ「理念」とは訳しづらい文脈であっても、「観念」・「想念」・「着想」など、有力そうな訳語の候補はほかにもあるのだから、場合に応じて適宜それらを使い分けながら、そのつど「イデー」なるルビを付して原語の同一性に注意を促すことにすれば万全の訳文に近づくのではないか。
(2)ポール・ヴァレリー『精神の危機 他十五篇』(恒川邦夫訳、岩波文庫、2010年)367頁ほか。
(3)カール・シュミット『政治思想論集』(服部平治・宮本盛太郎訳、ちくま学芸文庫、2013年)18頁ほか。
(4)フェルディナン・アルキエ『シュルレアリスムの哲学』(巖谷國士・内田洋訳、河出書房新社、1981年)252頁。
(5)ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念』(浅井健二郎訳、ちくま学芸文庫、2001年)112頁。なお、引用に際して» das Erkenntwerdende «から» das Erkanntwerdende «へと綴りを改めた。
(6)同書205頁。
(7)同書219頁。
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