Admin New entry Up load All archives

つじこの

一応、本とかの批評のつもり。趣味的な備忘録

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

CM: -- TB: --   

ヴェルフリン『美術史の基礎概念』 

美術史家ハインリヒ・ヴェルフリン(Heinrich Wölfflin, 1864-1945)は、主著『美術史の基礎概念』〔Kunstgeschichtliche Grundbegriffe. Das Problem der Stilentwicklung in der neueren Kunst〕(1915年)で、以下の五つの対概念にもとづくクラシック様式とバロック様式の区別を提唱した。

(1)線的なものと絵画的なもの
(2)平面と深奥
(3)閉じられた形式と開かれた形式
(4)多数性と統一性
(5)明瞭性と不明瞭性

いずれの場合も前者がクラシック様式に、後者がバロック様式に対応する。ヴェルフリンは絵画に多くの頁を割いてはいるものの、この五つの標識による判定は、彫刻や建築に関しても有効であるとされる。クラシック様式の典型例は16世紀、ルネサンス期のイタリア美術であるのに対して、バロック様式の典型例は続く17世紀の北方美術(ドイツやオランダ)に求めることができる。また、クラシックに先行する時期をヴェルフリンは「原始期」と呼んでいる。
このうちで一見して奇異な印象を読む者に与えそうなのはおそらく第四の、「多数性と統一性」ではないか。というのも、もし「多数性」がクラシックの指標であるべきだとすれば、それと「閉じられた形式」や「明瞭性」等の概念との関係がいかなるものでありうるかも、また逆にバロックの指標であるべき「統一性」がどの程度「開かれた形式」や「不明瞭性」と相性がよいかも、さほど自明ではないからである。

こうした疑問を解消したければ、何はともあれ著者の文章をじかに検討してみることが必要であろう。
事実、ヴェルフリンはいましがた私が述べた曖昧さに無自覚ではなく、原始期と比べればクラシック期(イタリア・ルネサンス)の美術自体に強固な統一性があることを認めている。

 「閉じられた形式」の原理は、すでに絵画作品を一つの統一体として捉えることを前提にしている。もろもろの形の総和が一つの全体として感じられる時、初めてこの全体を合法則的に秩序づけられたものと考えることができる。(注1)

この観点からは当然、バロック期との比較の中でクラシック期を「多数性」の時代として規定することは、いささか無理のある措置であるほかない。

しかし、ここで今ただちに類別する言葉の欠如がきわめて痛切に感じられる。構成の統一性が一五〇〇年代(チンクエチェント)の美術の本質的な表徴だと言った、舌の根の乾かぬうちに言わなければならないのは、われわれはまさにラファエッロの時代を多数性の時代として、統一性への傾向をもった後世の美術に対立させようということである。(注2)

彼がクラシックとバロックの区別を、多数性と統一性との区別として説明することに固執するのは、相応の理由があってのことなのであり、そしてその理由は、バロックにおいては統一性の原理がクラシック期よりもさらに強まる、ということのうちに見出せる。その程度たるや、「人物たちが溶け合って統一的な塊をなし、一人一人の人物はその塊からもはやほとんど解き離せない」ほどであり、「バロックは基本的には、もはや調和的に協力し合う多数の独立した部分に頼るのではなく、その中で個々の部分がその固有の権利を失ってしまう絶対的統一に頼っているのである」(注3)。
この違いはさらに、クラシック様式においては各部分が「一個の有機体の自由な肢体」としてなお独立性を保っているのに対し、バロックにおいてはもはや水平線と垂直線が露骨に際立つことがなく、幾何学的な対照性も目立たないという違いに通じる(注4)。
たとえ画題は前代と同じ(「マリアの被昇天」や「キリストの十字架負い」など)であっても、リューベンスの場合はティツィアーノやラファエロと異なり、大掛かりな運動の連鎖が画面を満たしており、全ての登場人物はその中に巻き込まれ、呑み込まれてしまって、単独で鑑賞することを見る者に許さない。強調点を誰に置くかはひとえに「形と光の複合体の全体」(注5)が決めることである。しかしすでにこのあたりの叙述からわかるのは、むしろ画題をそっちのけにして独自に統一性を追求し始める画面そのものの独走ぶりであり、換言すれば画題と画面との乖離現象である。ヴェルフリンが直接そう述べているわけではないが、リューベンスに関する彼の叙述を読むかぎり(かつ、その叙述にしたがって挿図を眺めるかぎり)、「マリアの被昇天」では一番重要なはずの聖母の姿が対角線上の全体的運動の中に埋没してしまう一方で、「キリストの十字架負い」では手前の名もない刑吏の肉体がキリスト以上に強烈な存在感を発揮してしまう。
この種の奇妙さがいよいよはっきりするのは、採光の技法に彼が言及するときだ。これこそ、運動以上に手軽でしかもいっそう一般的な、バロックに固有の技法なのである。

閉じられた部屋の中に光が一つの光源だけから流れ込む時、それはまさしく本来的にバロック的テーマにちがいない。(注6)

もちろん、このような状況は同時に背景としての闇と不可分なのであり、やがてドゥルーズがヴェルフリンの名を挙げつつ書くように、「明るみはたえず暗がりに潜っていく」(注7)。縦横無尽に画中を駆け巡りながら、しかも手でつかまえることはできず、闇を駆逐するにも至らない光は、一体何をもたらすのか。

それは何らかの彫塑的な形と一致することもない。逆に光は形を無視して、事物をもてあそぶ。このことによって、すべての構築的なものは目立たなくなり、舞台上の形象はきわめて奇妙な仕方で引き離されたかと思うと、また一緒にされ、あたかも形象ではなく光が、画中で真に実在的なものであるかのように思わされる。〔中略〕この光のリズムをもってレンブラントは他のだれもしなかったように、場面に強制的な統一的生命を与えるのである。(注8)

「統一的生命」、なるほどそうかもしれない。しかしながらそれは「強制的」なのであり、画中のいかなる登場人物からも遊離しているような統一性なのだ。
画中の諸要素に拘束されることなく、画面上を浮遊する統一性というこの不思議な概念は、バロック美術における色彩の扱いに注目すればいよいよ顕著になる。体系的関連性を顧慮した「多数的色彩効果」を捨てて「色調的結びつき」を目指すようになった結果、バロックの画家は完全に近い単色に到達し、ついで画面を一定の色調で整えるため、限られた数の色彩で和音を構成することを試みるようになる。鈍い地色の中から徐々に純粋な色彩が輝き出るとともに、色彩の生成や去来が「一貫した統一的運動の表象」を不可避にする(注9)。
つまり、ルネサンスの場合とは違い、バロックにおける統一性とは単なる均等性のことではなく、反対に強調の産物なのだ。「もはや協調も均衡ももくろまれず、色彩は孤独に作用することを命じられる」ことに気づくとき、ヴェルフリンはまるでついでのように素描における並行現象に言及して、「孤独な形―一本の樹木、一基の塔、一人の人というように―の魅力に対しても、バロックが初めて心を開いたのである」と指摘するが(注10)、ここに至ってなお「統一性」の語を使い続けることを正当化するものがあるとすれば、それはおそらく「直接感動を与えるもの」への集中、「瞬間的なものの概念」であり、「最も一般的な意味での要約や切りつめ」であろう(注11)。

以上の観察は肖像画―顔の各部分の形はクラシックでは等価だが、バロックでは独立性を失って、主たる部分に従属する―にも、さらには裸体画にも妥当する。クラシック期の作例であるティツィアーノの「ウルビーノのウェヌス」ではまとまりのある各部分を関節がつなげているのに対して、バロック期に属するベラスケスの「横たわるウェヌス」は、同じく寝台に横たわる女性を描きながらも「運動の情景」に近づいており、ほんの数個の強調点に分解された形が単一の全体を作る。クラシックの人体把握は「体系的」だがバロックのそれは非体系的なのであり、その結果として前者は画中の他の要素から孤立させることができるが、後者の場合そのようなことはおよそ想像できない。ベラスケスのウェヌスは後ろ向きで、鏡にぼんやりと顔が写っている。ヴェルフリンが「画中の付加物」という曖昧な表現で暗示しているのは、おそらくこの鏡であろう(注12)。
ところで、寝台に横たわる女性の像がよりによって運動の印象をもたらさねばならないということは必ずしもわかりきった約束事ではないし、関節の明瞭性を犠牲にするのも、小道具の活用(鏡の詭計)に訴えて人物を画中に根づかせるのも、相当手の込んだ工夫だ。この種の工夫を「統一性」と呼んで済ませることは間違った命名ではないにせよ、やや消極的すぎはしないか。
バロック期の集団肖像画(レンブラント「布地組合見本検査官たち」)からは「色彩と光と形の総和」の中の統一性が、風俗画(オスターデ「農民の居酒屋」)からは集団の中の特定の人物群の強調という原理が、歴史画(ティエーポロ「最後の晩餐」)からは「純粋に瞬間的なものの一層鋭い把握」が、それぞれ確認できるという(注13)。こういった多種多様な事例を見ていて気づくのはむしろ、統一性がつねに同時に、統一される側を対応物として要求するということである。この一見すると陳腐きわまりない事実も、全てが画家の手で一から創造されなくてはならない絵画制作の場では、発見の新鮮な価値を回復する。何をどのように描こうとそれは画家の筆先次第だと考えることはあながち的外れではないにせよ、ひとたび何かを描くと決めたならそれなりにそれらしく完成させないといけないし、ましてや同時に他のものを描くことはできない(ベラスケスのウェヌスはもちろん抽象画ではなく、筆致の奔放さにはおのずと限界がある)。世界は何らかの観点から見られることなしには存在しないが、しかも世界を見る者が占める観点を制約する所与でもある。再びドゥルーズを参照すると、「主体が世界にとって存在するためには、世界を主体の中におかなくてはならない」という(注14)。バロック的な統一性への志向が掘り当てたものは、このねじれではなかったか。

この奇妙なねじれは、ヴェルフリンの叙述が風景画に及ぶときにいよいよはっきりする。典型的なバロック期の画家、例えばリューベンスの描く風景画(「メヘレンの干し草刈り」)では、もはや「絵の全般的な形と光の運動のほかに、独立したものとして捉えられる樹木が一本もない」(注15)。そしてまさにこのことが、広々とした奥行の印象をもたらすのである。いっそう地上に近い視点を採用していることからも、各部分(山川草木)の確固たる明瞭な描き分けをしていないことからも、結果はむしろ反対になりそうなものだが、曲がりくねった道や、荷車や動物や雲の配置は鑑賞者の視線をひたすら画面の奥へと誘ってやまない。クラシック期の風景画が、はるかに高い俯瞰的な視点から無造作に前景・中景・後景を積み上げ、この三つの層の間に軽重の差を設けたがらなかったのとはずいぶん対照的である。
他方、レンブラントの「三本の樫の木のある風景」(エッチング)は極端な強調の実例である。

一つのモティーフがこれほどまでに画中の支配的モティーフになるのは、これまで体験されたことがない。もちろん、樹木だけがモティーフなのではなく、屹立(きつりつ)するものと、平原の平坦な広がりという隠れた対比もある。とはいえ樹木が優位に立つ。すべてのものは大気の動きにいたるまで樹木の支配下にある。空は樫の木の周囲で光輪を織り上げ、樫の木は勝利者のように立つ。〔中略〕遠望される平坦な風景と、その上の高い空のほかにまったく何もないとしても、地平線の一本の線の力があれば、この風景画にバロック的特質を与えることができるのである。あるいは、どっしりした大気の塊が抑えつけるような力をもって画面を満たす時、空と大地の空間的比率が、そういうはたらきをするのである。(注16)

この引用文に続く文章はじつに興味深い。「これが単一的統一性という範疇のもとでの捉え方である。この捉え方が可能にしたものに、今、そして今初めて大洋の広大ささえもが表現され得たという事実がある」。
単に樹木を目立たせたいのであれば、白地に樫の木だけを描けば十分だったはずではないかとも思える。だが、もちろん実際にはそうなっていない。このあたりヴェルフリンの文章は若干不親切にも思えるのだが、考えてみれば本来いかなる「強調」も何かとの対比においてしか強調でありえないし、既述のとおりバロック美術においてはいかなる形象も単独で切り抜かれるわけにいかないということが本当だとすればなおさらである。この場合は非常に低く設定された地平線と空との拮抗を考慮に入れるべきなのであろう。この種の壮大な拮抗に遠くからかしずかれてこそ、樫の木は現に我々が見るとおりの威厳を保てるのである。
すでにヴェルフリンは、クラシックの風景画においては、例えば画面の端かほぼ中央に立つ樹木が垂直性を、積み重なった前景・中景・後景という三つの層が水平性を体現するというように、額縁を基準とする縦軸と横軸に従いながらそれらを強化するように働く諸要素が認められるのに対して、バロックの風景画ではもはやそのような構築性への志向は見当たらず、よしんばただ一本の地平線が例外として残るかのように思える場合でも、他の諸要素の協力を欠く中でその効果はかえって構築性の放棄に通じるという逆説を、ロイスダールの「ハールレムの遠望」を例に挙げつつ述べていた。

もろもろの形は額縁に逆らい、風景の切断は偶然的なもののように見え、軸体系は強調されない。〔中略〕ロイスダールは静かに低く置かれた地平線によって平坦な地形の感じを出す。この一本の強く語る線が、構築的な価値としてはたらくことは避けがたいように思われる。ところが、印象はまったくそうではない。(注17)

そしてまさにこのことが、つまり地平線が必然的な根拠に支えられてあるべき位置にあるとは到底見えないことが、「空間の際限のない広がり」に、ひいては「無限なものの美」に通じるのである(注18)。だからといって地平線が単独でこの結果をもたらすわけではなく、考えるべきはあくまでも額縁と地平線との相関関係、あるいはむしろ非‐関係である。
描く空間の範囲にかけては勝っているはずのクラシックの俯瞰的な風景画よりも、バロックの風景画のほうが、鑑賞者の視線の反応を誘発することによって(リューベンス)、あるいはたまたまそこに横たわるだけで額縁の要求する構築的な役割を担えない最低限の地平線を設けることによって(ロイスダール)、さらにはあまりにも弱々しい地平線と堂々たる樹木との直接的で(中景を欠く)急激な対比が遠近法的な錯覚を生じさせることによって(レンブラント)、広さや深さを巧みに喚起できる。もちろん、我々が自分の足でリューベンスの描いた道を歩んだところで奥行の印象は増大するどころかむしろ減少するはずだし、ロイスダールが地平線として描いた地点に実際に立ってみても、彼方に新たな地平線を見つけるのが関の山だろう。視覚が無限を実感するには、たどるべき道や、乗り越えうる地平線と感じられるものが目前にあることが必要なのであり、かつそれで十分なのである。
もとよりクラシックの風景画でも遠近法の法則自体は守られているのだから、鑑賞者が好き勝手に奥に向かって視線を走らせることもできそうなものだが、実際にはリューベンスがたった一本の道筋を選択し、したがって無数にある他の可能な道筋を切り捨てた結果として、かえって画面はよりいっそうのびやかな奥行を獲得する。レンブラントの巨大な樫の木は右半分の中央をでかでかと占拠することで、かえって本来の寸法への推測を呼び起こして、画面の残りに「大洋の広大さ」に比すべき「無限なものの美」を招き入れる。藝術における自由と制約の関係は、かくのごとく逆説的である。
このように見てくると、ヴェルフリンがバロック様式の「統一性」と名づけたものは、むしろ統一されるべきものを前提とし、それとの遭遇の中でのみ作用しうる、相対的な「牽引力」とか「凝集力」と呼んだほうが適切だったような気がしないでもない。あるいは、すでに引用した文章―(注3)を参照のこと―には「絶対的統一」とある点に考慮するなら、画中の諸要素と同居しつつも概念的には独立な、画家の人為的工夫を強く刻印された統一性それ自体とでも呼ぶべきか。画面全体を奥に向かう単一の運動に従属させるリューベンスと、手前の樹木を極端に強調するレンブラントとの間に、本当に何らかの手法が共通しているのだとすれば、それは何よりも、まるで額縁を無視したかのように偶然を装ったさりげない手つきで景色を切り取って見せるロイスダールの狙いをいっそう積極的に追求することでしかありえず、つまりはいかにして有限な人為的枠組の中に世界の無限性が宿りうるかという問いかけへの緊迫した応答の試みだったのではないか。

本当はここから、チェーホフの『六号病室』や大西巨人の『神聖喜劇』、西尾維新の『クビシメロマンチスト』などの「殴られる主人公」に注目して、小説における暴力と被害者の倫理的主体性との関係を問題にしつつ、例えば中上健次が「たちまち体はがらんどうになった。その中に蝉の鳴き交う声がひびく。秋幸は草の葉だった」(注19)と書いて世界そのものを平然と主人公の内部に侵入させてしまうときのような、登場人物のいわば透過性について多少原理的な方向で考えてみたかったのだが、あまり長くなってもよろしくないのでこのあたりで切り上げることにする。
ともかく、藝術作品における開放性というものは単なる空無性とは違う。全てがすでに与えられている(かのような)現実とは違い、何もないところで一から何かを描き、誰かを書くという作業が不可欠なのだ。ただし小説は絵画でなく、いかに写実的な描写であっても厳密な意味での視覚性は皆無であるし(挿絵と本文は違う)、何らかの仕方で登場人物の内面に踏み入らざるをえない(風景を叙述してそれで終わりというわけにはいかない)以上、もともと登場人物の受動性は避けがたいはずであること、および主人公が話者を兼ねる一人称小説は、この受動性をしばしば透過性にまで推し進めうること、この二点はとりあえず記しておきたい。


(1)ハインリヒ・ヴェルフリン『美術史の基礎概念』(海津忠雄訳、慶應義塾大学出版会、2009年初版第4刷)227頁。
(2)同書228頁。
(3)同書229-230頁。
(4)同書233-235頁。
(5)同書237頁。
(6)同書238頁。引用に際して、原文中の傍点が付してある箇所(「一つ」)を太字の表記に改めた。
(7)ジル・ドゥルーズ『襞―ライプニッツとバロック』(宇野邦一訳、河出書房新社、1998年)58頁。
(8)ハインリヒ・ヴェルフリン『美術史の基礎概念』(前掲書)238-239頁。
(9)同書240-241頁。
(10)同書241頁。
(11)同書243頁。
(12)同書245-248頁。
(13)同書248-253頁。
(14)ジル・ドゥルーズ『襞―ライプニッツとバロック』(前掲書)47頁。
(15)ハインリヒ・ヴェルフリン『美術史の基礎概念』(前掲書)256頁。
(16)同書256-257頁。
(17)同書211-212頁。
(18)同書212頁。
(19)中上健次『中上健次選集1 枯木灘|覇王の七日』(小学館文庫、1998年)65頁。
スポンサーサイト

category: ヴェルフリン

CM: 0 TB: 0   

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://tsujiko692.blog.fc2.com/tb.php/28-ba8caedd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。