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つじこの

一応、本とかの批評のつもり。趣味的な備忘録

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シェリング『シュトゥットガルト私講義』 

1809年9月、妻カロリーネに先立たれたシェリングは心痛に悩み、翌年の1月から10月までシュトゥットガルトで静養の生活を送った。その間に、ごく少数の親しい人々のみを相手に行った内輪の講義の記録が、いわゆる『シュトゥットガルト私講義』〔Stuttgarter Privatvorlesungen〕である。
絶対的統一の原理、より詳しくは、実在的なものと観念的なものとの絶対的同一としての、根源存在者たる神という原理から出発し、一貫して演繹的な論述による自然界と人間界の巡覧を経て、最後は壮大な歴史哲学の構想で締めくくるという、当時のシェリングが考えていた体系の姿を、講義の性格ゆえか比較的簡にして要を得た説明を通じて概観することができる。
体系の要は、同一から差別への移行である。この移行は同一の廃棄ではなく、むしろ本質の二重化(Doublirung)、統一がせり上がること(Steigerung)であるという。
すでにA=Aという最初の等式の内に、客観としてのA、主観としてのA、そして両者の統一という三様のものが認められ、それは次のように表される。
\begin{equation}\frac{A}{A=B}\end{equation}
A=Bは主観としてのAと客観としてのAとの区別を意味し、しかも両者は本質的な統一のもとにある。
上部のAは本質的統一、下部の等式は形式における本質である。
そして、AとBのいずれにおいても根源存在者は再び全体であるから、それぞれのもとにまたしても、Bすなわち実在的なものとAすなわち精神的なもの、およびこの両者の統一が含まれていることになる。
こうして、いまや二種類の統一が考えられる。
\begin{equation}(\frac{A}{A=B})^A (\frac{A}{A=B})^B\end{equation}
Bの指数のもとにある統一は実在的統一、Aの指数のもとにある統一は観念的統一であり、前者は存在、後者は存在の定立(Position)として理解される。
しかるに存在はすでに定立であるから、存在の定立は定立の定立である。これは、第二のポテンツの定立として理解することができ、観念的なものが品位の上で実在的なものより高次であることを意味する。
このポテンツの概念の導入とともに、シェリングの分数式は決定的な表記に到達する。

(a)B、すなわち存在はそれだけでは決して存在できない。解くことのできない紐帯によって、BあるいはAはそれだけでは決して存在できない。実在的な存在は、それゆえつねにBにおけるA、あるいはBの指数のもとのAにすぎない。われわれはこれを次のように表現する。
\begin{equation}A=B=第一のポテンツ\end{equation}
(b)Aもそれだけでは存在できず、それは第一のポテンツの定立として、このポテンツを観念的に自己のうちに含まねばならない。それゆえそれは次の通りである。
\begin{equation}A^2=第二のポテンツ\end{equation}
 二つの統一あるいはポテンツはふたたび絶対的統一において一である。それゆえこの絶対的統一は第一および第二のポテンツの共同的定立としてA3であり、したがって最初のA=Aの完全に展開された表現は次の通りである。
\begin{equation}\frac{A^3}{A^2=(A=B)}\end{equation}(注1)

この一連の、一見するといたずらに奇矯な印象を与えかねない式から読み取るべきことは一体何か。それは、ほかならぬ神において―いわんや人間においてはなおさら―、実在的なもの、すなわち低次の、無意識的な闇の原理が、観念的なもの、すなわち高次の、意識的な光の原理に先行しているということと、しかも前者は後者によって克服されねばならないということである(あくまでも克服であって、単なる排除ではない)。この克服の過程が世界創造の持続的な営みである。

 われわれのうちには二つの原理、すなわち無意識的な闇の原理と意識的な原理とがある。われわれは認識と学に関して、あるいは倫理的に、あるいはまた生命によっておよび生命に対してまったく制限されることなく自己を形成することを試みたいと思っているが、このわれわれの自己形成過程はつねに次のところに存する。すなわち、われわれのうちで無意識に現存するものを意識へ高め、われわれのうちの生来の暗闇を光へ高めること、一言で言うならば明晰さへ達することである。神のうちにも同一のことがある。暗闇は神に先行し、明るさは神の本質の夜から突然現われるのである。
 神は、われわれがわれわれのうちにもっているのと同じ二つの原理を自己のうちにもっている。われわれが二つの原理を自分のうちに認め、自分を自分自身のうちで分離し、自分を自分自身に対置させ、自分を自分自身のより善き部分によって低次の部分を越えて高める瞬間から、その瞬間から意識は始まる。しかし、それゆえまだそれは完全な意識ではない。全生命は本来、ただ、つねにより一層高次の意識化を行っていくことである。たいていのものはもっとも低い程度に位置し、努力をしているが、ほとんど明晰さに到っておらず、おそらく誰も現在の生においては絶対的な明晰さへは到らず、つねになお暗い残余が残っているのである(誰も自分の善の高みと悪の深淵に達しない)。
 ところで、同じことが神にも当てはまる。神のうちの意識の始まりは神が自己を自己から分離し、自己に自ら自己を対置させることである。すなわち、神は自己のうちに高次のものと低次のものとをもっており、―それはわれわれがまさしく諸ポテンツの概念によって表示してきたものである。まだ無意識的な状態のうちで神はなるほど二つの原理を自己のうちにもってはいるが、自己を一方のものあるいは他方のものとして立てておらず、すなわち自己を一方のものあるいは他方のものにおいて認識してはいない。意識の初まりとともにこの認識は生じる。すなわち、神は自己自身を(一部は)第一のポテンツ、無意識のものとして定立するが、神は自己を観念的なものとして拡張させることなしに、自己を実在的なものとして収縮することはできない。同時に自己を主観として立てることなしに、(そのことによって観念的なものを自由にすることなしに)、自己を実在的なもの、客観として立てることはできない。両者は一つの行為であり、両者は絶対的に同時である。実在的なものとしての神の現実的収縮とともに観念的なものとしての神の拡張が立てられるのである。
 神のうちの高次のものは、それが今まで無差別あるいは混合のうちにあった低次のものをいわば自己から彼方へ押し出す。そして逆に、低次のものは自己収縮によって自己自身を高次のものから分離する。―そして、このことが人間におけると同様に神においてもまたその意識、人格化の初まりである。
 しかし、人間がその自己形成あるいは自己意識化の過程において自己のうちの暗闇、無意識を自己から排除し、自己に対置させるのは、それを永遠にこの排除、暗闇のうちに放置するためではなく、この排除されたもの、この暗闇自身を次第に明るさへ高め、それをその意識へと形成し上げるためであるように、神もその本質の低次のものをなるほど高次のものから排除し、それをいわば自己自身から彼方へ押し出すのではあるが、それは低次のものをこの非存在のうちに放置するためではなく、それを非存在から高め、自己から排除された神的でないものから、―すなわち神自身ではないところのもの、そして神がまさにそれゆえ自己から分離したところのものから、神に似た等しいものを引き出し、形成し上げ、創造するためである。したがって創造は排除されたものにおいて高次のもの、本来神的なものを呼び出すことのうちに存するのである。
 ただ当然この神の無意識は神自身と同じように無限なものであり、それゆえ直ちに汲み尽くされることはない。それゆえに世界創造の過程の持続があるのである。(注2)

文字通り深さと高さを主題とする、これらの信じがたいほどに深遠で高遠な洞察を前にすると、ドイツ観念論の最良の成果はカントでもフィヒテでもヘーゲルでもなく、シェリングによってこそ達成されたのだとごく自然に思わされる。ヤコブ・ベーメの『黎明』、ヘンデルの『ユトレヒト・テ・デウム』、メンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」やオラトリオ『聖パウロ』、あるいはいまわの際のゲーテの「もっと光を」という言葉などが示唆しているように、先立つ暗闇への沈潜と、その中から生まれてそれを照らす光への上昇とは、ことによるとドイツ的な感性の最も奥深い本質を占める体験ではなかろうか。ロマン主義に理論的支柱を与えつつしかもその時代を超えるシェリングの言葉を通じて響き渡るのは、最も純粋なドイツの声であり、その精髄である。
カール・シュミット(『政治的ロマン主義』)もハイデガー(『シェリング講義』)もシェリングを持て余し、うまくさばくことができずにいる中で、ドゥルーズはほかならぬこの『シュトゥットガルト私講義』を参照しつつ、主著『差異と反復』の中で、数度にわたってシェリングのことを、図(形象)に奇怪な歪曲をもたらす暗い地(背景)の威力と、その闇の奥底から稲光のように生じてくる差異を見出すことができた、偉大な先駆者として称えた。とはいえそれが無批判的な受容でなかったことは注意を要する。おそらく、「シェリングはライプニッツ主義者であった」(注3)というドゥルーズの断定は、シェリング自身がこの講義の中で行っているライプニッツ批判、すなわち彼の関心はもっぱら観念的なものにのみ囚われていて、これと実在的なもの、暗い存在との統一を見ようとしなかったという趣旨の批判(注4)と一緒に読むとき、初めてその斬新な意義が判明するはずである。単子(モナド)は単純であって部分を持たないというライプニッツの教えに逆らってまで、あえて単子(モナド)の中に暗い「下の階」と光を閉じ込めた「上の階」とを区別しようとする、『襞』におけるドゥルーズの企てにしても、おそらくはライプニッツのシェリング化として理解することが許されるのではないか。ドイツの魂、襞に満ちたバロック的な魂の暗い奥底(fuscum subnigrum)は、決してライプニッツの頭から離れることがなかった(注5)という文章が、シェリングのライプニッツ観のさりげない、とはいえ根底的な修正とともに、そのことを暗示しているように思う。


(1)シェリング『シュトゥットガルト私講義』(岡村康夫訳)、『シェリング著作集 第4a巻 自由の哲学』(燈影舎、2011年)193-194頁。
(2)同書201-202頁。
(3)ジル・ドゥルーズ『差異と反復 下』(財津理訳、河出文庫、2007年)67頁。
(4)シェリング『シュトゥットガルト私講義』(岡村康夫訳)、『シェリング著作集 第4a巻 自由の哲学』(前掲書)213-214頁。
(5)ジル・ドゥルーズ『襞―ライプニッツとバロック』(宇野邦一訳、河出書房新社、1998年)57-59、98頁。
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