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つじこの

一応、本とかの批評のつもり。趣味的な備忘録

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C89の反省 

大晦日の冬コミでは、なかなかの苦戦を強いられた。

一日目(29日)はまだよかった。
サークル「かんむりとかげ」(つん)の『制服咲道楽2』は、詳細な意匠の解説といい、再現の正確さを追求するためか鋭さと繊細さを増した、いっそう迷いのない線といい、一冊目以上に制服本としての体裁が充実していて、空恐ろしいばかりだ。夏服から冬服への衣替えこそ経ているものの、表紙を飾るのはまたしてもシロ(小瀬川白望)である。前回は彼女が表紙だったから今回は別の人に変えよう、などという小細工に走っていないところが痛快で、このふてぶてしい一途さは同人誌ならではの醍醐味だろう。内容が内容なので性的な雰囲気は極力抑えることにしたとかで、その分出てくる子たちの姿勢はいっそうおとなしめになっているのだが、一人一人の顔や手の表情が絶妙で飽きさせない。心なしか全員やや細身(胴長)に見える点が気になるとはいえ、肱の野趣ある風情は健在なので安定感は保たれている。身も世もあらず恥じらう三十路間近の針生アナや小鍛治健夜、動きやすいキュロットスカートをはいてまんざらでもなさそうな江口セーラ、可愛らしい水色のワンピースを着せられて恨めしそうにこちらをにらむ末原恭子、進学校のお堅い制服を悠々と着こなして得意気に眼鏡に手をやる船Qあたりは、少しでも原作を知っている人ならにやにやさせられること請け合いである。一番躍動感に富むのが―しかも、良い意味で制服らしからぬ華やぎがある、チェック柄のワンピースを着ている―、よりによって地味な印象のある安河内美子だというのも、心憎い配役で苦笑を禁じえない。あと、解説文を読んでいると、「上下真っ白という攻めの姿勢で我々の度肝を抜いた2011年からの新制服です」(三重県・セントヨゼフ女子学園高校)だの、「ここのようにその地域の公立トップ校が可愛い制服というだけで、皆きっと勉学にも身が入ると思うよ」(岡山県・岡山朝日高校)だのと、ちょくちょくおかしな文に出くわすのも相変らずで、もちろん計算づくの藝なのだろうが、まるで制服に興味を持つのは人として当然のことだと言わぬばかりのこの狂気がたまらない。宮守愛が煮詰められたおまけの小冊子(こちらは盛岡市近辺の公立中学の制服を特集している)では本体以上に趣味に走ってよいと判断したのか、妙に艶めかしい姿勢や顔つきが目立ち、解説の文章も「です・ます」調を捨てているのも一興だ。特に巻末の姉帯さんは、一体何を思ってこんなに頬を赤らめているのやら、想像がかきたてられて仕方がない。いや、はっきり言葉に表せるようなことは何も考えていなくても、ふとしたきっかけでこんなにも意味ありげで謎めいた色気を漂わせてしまう、そういうお年頃ということなのか。けだるげなまなざしといい、しどけなく垂れ下がった長い黒髪といい、これは単に『咲-Saki-』の二次創作という枠組にとどまらず、思春期の少女の生の一瞬をもののみごとに切り取った絶品である。
サークル「アジサイデンデン」(川上六角)の『わっちとにょっひら本 FULL COLOR』(『狼と香辛料』)は過去作をもとに描き直したものだが、色鮮やかなので贅沢感があるし、エロ同人誌としても、同じサークルの一連の『DARKER THAN BLACK』本を思わせる完成度である。

二日目(30日)になると、やはり人出が増え、その分思うに任せぬことが多くなった。「伊東ライフ」の新刊(艦これ・北上本)はまたしても買えず。書店委託を利用して後日購入することはできたが、どの時機を見計らって列に並ぶべきか、そもそも会場で買い求めるべきかどうか、今後も悩まされることになりそうだ。
この日買った中で出色だと思ったのは、サークル「その他大勢」(ゆかたろ)の『みなみじゅうじの君。』である。沈んでしまった時津風のことを思い出すたびに罪悪感に悩まされる雪風だったが、長門に教え諭された結果、生き残った幸運をむげにすることなく、友と再会できる日を目指して己の旅路を前向きに歩み続けることを誓う―というのが粗筋で、艦娘の再生可能性・量産可能性を前提として、その背景の上で個体のかけがえのなさを問う、という行き方自体はそう奇抜でもない。だが、雪風と時津風の初対面の場をあえて序盤ではなくて、ある程度話が進んで読者がとうに両者の親密さを了解し終えた後半に持ってくるとか、おまけにその場面ではまず時津風が雪風に呼びかけてから、呆気にとられつつも正しく相手の名を呼び返す雪風の感想として「初めて/見た」「初めて/名前を/呼んだ」「なのに」「すごく/なつかし/かったんです」という独白が入る、などの演出は注目に値する。また、「雪風」「ぜったい/そこまで/行くから」「かならず/逢いに行くから」「それまで/まってて/―」という終盤の台詞も、前後の脈絡はもちろん、夜空に向かってこの台詞を口にする雪風の姿からしても、明らかに主人公である彼女から時津風への呼びかけであるはずなのに、それらを度外視してあえて文面だけに注意すると、まるで出だしの「雪風」が一人称ではなくて二人称の代わりであるかのように思えてくる。ここでは、個体の特異性が一般的な秩序(輪廻の理)と何ら矛盾するような関係にはなく、むしろ前者は後者によってこそ可能ならしめられるのであり、そのことを漫画としての構成自体が証拠立てているのだ。
サークル「az+play」(赤りんご)の艦これ画集『金襴』はさすがに洗練の極みで、描きながら感じたことや試行錯誤のいきさつ、ちょっとした種明かしなどを綴った雑談風の短文の魅力も健在である。
「くまのとおるみち」(くまだ)の今泉影狼本『わんナイト人狼』は獣姦もので、目新しい。どうもこのサークルの本からは、18禁であると否とを問わず、女性が怖くて仕方ない、奥手で気弱な男性の煮え切らない利己心のようなものが感じられ、それがある種の初々しさという持ち味とともに、釈然としない読後感にもつながっていた。しかし、今回はなにしろ男性の側が人間ではなくて犬ころである。それだけに、あれこれ言い訳を重ねることなく一直線に女体に挑みかかり、影狼の側も欲望のまま存分にそれに応えてやるという、迷いのない状況を実現することができたようだ。
あと、間抜けなことにあけっぱなしの鞄の口にさしこんでいた某サークルの艦これ・愛宕ポスターをなくしてしまったので、藁にもすがる思いでインフォメーションセンターに行き、落とした戦利品は誰かが拾ったとして、はたして届けてくれるものなんでしょうかと恐る恐る問い合わせたところ、意外や「結構届いてますよ」とのお返事で、実際見つかったのには驚いた。皆さん、善い人揃いなのですね。

いまだに反省の種が尽きないのは三日目(31日)である。
朝行くときは道端に犬星の漫画の1頁が落ちているのを見て「すわ吉兆か」と喜んだのだが(注1)、会場に入るとそんな楽観的な気分は吹き飛んだ。とにかく人が多い。混雑が尋常でない。公式に発表された人数はどうだか知らないが、開始から正午までの人口密度という点では前例がない域に達していたのではないか(実際、複数のサークルが雑談の中で異口同音にそう話しているのを聞いた)。
よって戦果も、満足できる内容には程遠い。特に、サークル「といぼっくす」(くりから)の列が思いのほか長く、長時間並ぶことになったのが効いたようだ。むろん、サークル側の落ち度なぞを問う気は全くない。私のイッパイアッテナ、違った、おっぱいアンテナがビンビンに反応するので、どうしても列を離れがたかったのが根本の理由だ。大体、今回は所持金がかなり乏しくて、よしんばここに立ち寄らなかったとしても、そうそう自由に何でもかんでも買い放題という状況ではなかったのである。なお、新刊の『乳理継続挟射機関弐』はFGOのタマモキャットとマタ・ハリの本で、例によってすがすがしいほどにおっぱいだらけ(だけ)なのは変わらないが、丁寧にあやすようでいながらねちねちと男の心をいたぶる台詞の藝にますます磨きがかかっている。
それにしても、いざ人込みをかき分けて訪ねてみると、「んーちゃかむーむー」も「MOZUCHICHI」も「キネトスコープ」も「SHIS」も「Digital Accel Works」も「Maniac Street」も「チョットだけアルヨ。」も「うどんや」も「百々ふぐり」も「乙女気分」も「せみもぐら」も「もすまん」も「秘密結社うさぎ」も「龍企画」も目的の新刊は完売、「夜★FUCKERS」や「すいーとみるくしぇいく」や「紅茶屋」や「嘘」は懐と相談したあげく買わずじまいとあっては、一体何のために来たのか自問したくもなるというものだ。書店委託や今日(1月31日)のCOMITIA115を利用して補充を進めているものの、ここに列挙した以外にも数多くの欠落があり、なかなかに前途遼遠である。
せめてもの救いといえば、会場で購入した本には一冊として外れがなかったことだろう。
一般向けの本では、去る夏コミ(C88)のときに買い損ねたサークル「Ko-wa's Inn」(こーわ)の『制服の幾何学』を入手できたのがよかった。奇しくも「かんむりとかげ」の新刊と同様、巻末でプリーツスカートの解説をしている。パスカルのいわゆる繊細の精神と幾何学の精神の対比を思い浮かべながら読み比べると、とても面白い。
18禁本では何といってもまず、「tete a tete fragile」(佐々原憂樹)と「Candy Pop」(いとうえい)の新刊が、夏コミのとき以上に読み応えがあって嬉しい。前者のプリズマイリヤ・クロエ本『Bruder Zufuhr』は、執拗な寸止めとやけに気合の入った腋の描写にうならされる。また、後者のだがしかし本『無知シチュと食ザーとクロッチ射精だけ!』は、このサークルならではの、題名に恥じぬひどい内容である(褒め言葉です)。しかし、以前のぬら孫本『お狐様は食事中』(C81)を基準に考えると、良質の「食ザー」ものを成り立たせるにはやはり注入(射精の瞬間)の場面が不可欠で、できればさらに、狂骨のような実況役としての第三者も居合わせるべきだと思う。特に注入の場面は、これがないと絵面としてはただほたるがヨーグルを食べているだけの情景になってしまうので、ぜひとも省かないでもらいたいものだ。
Dr.P(サークル「オシリス」)がコピー本をまとめて、初のオフセット本(『SIRIOTOME』)を刊行したのもめでたい。人によってはもっと過激な作風のほうが好みかもしれないが、この、ふっくらした無防備なお尻や股間を愛してやまないフェティシズムととぼけた笑いの絶妙な配合は貴重だろう。
「しぐにゃん」の『我、榛名たちと夜戦に突入す!!』は、題名どおり、いままでの榛名(改二)に加えてもう一人の榛名(改)ともケッコンしてしまった提督に二人で仲良くご奉仕するという内容で、このサークルにしては珍しい趣向である。とはいえ、当然ながら二人の榛名の外見は大差ないわけだし、絵柄ももともと対象の個性の違いをならしてしまう傾向があるので、例えばサークル「MOZUCHICHI」(もずや紫)あたりの老練な手腕と比べると、人数が増えたのでその分お得という感じは必ずしもしない。いっそ前回の冬コミ(C87)のときのサークル「PKグリッスル」(井雲くす)の『加賀これくしょん』のように、二人といわず何十人も同じ艦娘だけを登場させて頁を埋め尽くす手もあったのではないかと思うが、そこまで極端な奇策には走らないところが「しぐにゃん」らしさなのだろう。どんな工夫を凝らすにしても、あくまでも遊戯の範囲内に踏みとどまっているのだ。「一生/榛名以外とは/ケッコンしないよ」と誓った舌の根も乾かぬうちに「二人めの榛名と/ケッコンしましたー☆」などとのたまう、提督の台詞の脱力を誘う流れも、そのことの証左である。この作品を読んでいると、ふと、「しぐにゃん」の同人活動がサンリオあたりのキャラクターグッズを愛でる感性に根ざしているのではないかと思えてくる(そういえば、ハローキティにも双子の妹ミミィがいたのだった)。
「稍日向屋」(稍日向)の飛鷹本(『飛鷹さんは可愛い』)は、いままで描いてきた駆逐艦勢とは方向性が異なるものの、もちろん悪くない。想像するに、恰好が巫女っぽいので抜擢されたのだろう。とはいえ、駆逐艦以外でもう少し雰囲気が幼い艦娘ということで、例えば秋津洲あたりにしておけば、もっと相性がよかった気もしなくはない。稍日向の強みはやはりロリコン向けの作品で発揮されるように思うのだが、この人の場合は単に幼女が好きというのとも違い、体型が幼いだけで実はそれなりの年齢であるとか、実はそもそも人間ではないとかのひねった設定を必要とするらしい。難儀な嗜好だと思うが、今日のコミティアで出た『哉羅さまの日常 玖』のように、うまくはまったときの出来栄えは比類がない(注2)。
グラブル関係では「藤屋本店」(藤ます)の『GRANCOLOR FANTASY 2』が桃色まみれで楽しい一冊だったが、「ヘルメットが直せません」(大出リコ)が珍しく18禁本(『この自己評価低い系おねえちゃんがちょろい!!』)を携えて参加していたのも忘れがたい。秋の末に出た『スペアボディで遊ぼう!』といい、絵柄からはちょっと想像しがたい、身勝手な暗い欲望が全開になった月吉ヒロキばりの背徳的な内容に驚かされる。これを読んでからいつもの一般向けの漫画を読み返すと、もともとこのサークルの作品は、単に人物を人形のように愛らしく描いているのではなくて、もっと自覚的な、文字通りの人形愛―例えば人間と人形とどちらを選ぶかと問われれば、躊躇なく人形と答える用意ができているような、そういう孤独な愛―の延長線上にあるように感じられる。そこに漂うかすかな居心地の悪さは、批評性の証でもあるはずなのだ。
サークル「不可不可」(関谷あさみ)の分厚い一冊『milk〈in the milk総集編〉』は刊行自体が記念碑的な一大事だったのはもちろんだが、コミティアでもらったおまけのバッグも(どうやら、冬コミで頒布する予定だったのが手違いで遅れたらしい)、紺と白の落ち着いた色合いで、中学の制服とどんこちゃんを模様としてあしらったなかなかに小粋な品物である。なお、コミケ会場では買えなかったため、やはりコミティアで購入することになったサークル「嘘」(中村葛湯)の総集編『HYDRANGEA』は、まだ空間の使い方に無駄(空白)が目立ったり、男の顔立ちが写実的すぎるせいで無用な威圧感が生まれたりと気になる点はあるものの、さながら二代目関谷あさみといった風情に心惹かれる。
岡田コウ(サークル「おかだ亭」)の『娘の制服』は、無垢な娘を父親が自分専用に調教してしまう近親相姦ものの一次創作で、商業作品に比べればやや粗い仕上げに見えるが、このくらいのほうがこの人の絵は映えるように感じる。
女装少年・男の娘部門では、「T-NORTH」(松本ミトヒ。)が総集編『オトコノコクロニクル2』に加えて新作の18禁本(『男子寮の風俗くん』)を出してくれたのが嬉しいかぎりだ。淫乱で尻軽な美少年というだけなら他のサークルの作品にもたくさん実例があるが、変に強がって男らしさを気取るようなことがなく、最初から素直に快感に身を任せて可愛い声でひたすらあえぐ姿が楽しめるのは、「T-NORTH」ならではの特色だろう。対照的に、「Ash wing」(まくろ)の二冊の新刊、『BF IV』と『酔った勢いでホテルに連れ込まれ女装した男になぜか俺が掘られる話』は、一種の禍々しさや荒々しさが加わったことで絵柄の凄味が増していて、こちらもすこぶる魅力的だ。後者のあとがきを読むと、犯される側をもっとむさくるしい見た目にしてもよかったと書いてあるが、私の好みではいまくらいがちょうどよい。オープンブラと呼ぶのもためらわれる、瀟洒なリボンやフリルがついているくせに肝心の乳首を隠す気が全くないブラジャーもどきといい、ぎりぎりまで減らされた前面の布が性器の凹凸に密着して余計に卑猥な感じを煽る紐パンといい、美少年の体を魅力的に見せる衣装の選択という点で、毎度のことながらこのサークルの手腕にはうならされる。
サークル「SAZ」(soba)の食蜂操祈本『瑙色豊雅』は、私にとっては間違いなくこのたびのコミケで買った本の中で最高の一冊だが、見るたびにスタンダール症候群よろしく眩暈と感涙に襲われるので、なかなか冷静に分析するのは難しい。伝家の宝刀とも呼ぶべき女性の困り顔と堂々たる乳房が、またしても前作の成果を塗り替えて途方もない次元に達している。一方でネームの構成は相変わらずややぎこちなく、もたつき気味なのだが、それが必ずしも欠点とはならず、さながらクリームに滑らかな舌触りを与える空気のようにさえ感じられるのは全く稀有の作風と評するほかない。

最後に今後のための覚え書を二つ残しておく。
(一)三日間を通じて、待機時間中はずっとホイジンガの『中世の秋』(堀越孝一訳、中公文庫、上下巻)を読んでいた。高校に入学してからしばらく愛読していたはずなのだが、幸い内容はすっかり忘れていたので新鮮な気持ちで読む。いままでも柳田國男の『明治大正史世相篇』や榎本武揚のシベリア日記やサミュエル・ベケットの小説など、なるべく分量の割に時間がかかりそうな本を選んではいたのだが、この種の本、つまり専門家以外の読者をも想定した、いわゆる「文学性」豊かな歴史書の類を翻訳で読むという経験は、訳注がついているのでこちらに最低限の知識さえあれば途中で調べ物をする必要がないのに加えて、とても面白くて退屈しないがそれでいて中断を未練がましく思わせるほどの没入は要求してこない(なにしろ具体的な事例を次々と挙示しないことには話にならないのだから、ほとんど一段落ごとに、ということはつまり一頁につき三度も四度も、叙述の区切りが訪れるのだ)という点で、何かに備えた空き時間を埋めるのにはまさにうってつけである。早く読み終えてしまってはもったいないので、年が明けてからも電車等による移動の時間以外にはひもとかないという制約を自分に課し、一か月後のコミティアの待機列でも依然として読んでいたほどだ。いずれ読了してしまうときがくるのは仕方ないが、今後も即売会での待機時間には、可能ならばこの種の本を読むことにしようと思う。
(二)会場内を歩き回ったり列に並んだりするときに頭の中で鳴らす音楽として、このたびはラモーの『ナイス』組曲を選んだのだが、これはよくなかった。こちらの意向までがついひねくれてしまい、直観的に「こうしたい」と思うのとは反対の行動をしそうになるのである。夏コミのときのように、メンデルスゾーンのオラトリオあたりにしておくのが無難のようだ。


(1)ちなみにその場所には、以前も奴隷ジャッキーの単行本の一部が落ちていた。わざとだとすれば目的は一体何なのか、考えてみるといささか不気味ではある。
(2)なお、この『哉羅さまの日常 玖』でも、晴秀が幼女の幽霊と(生身の幼女ではない)、それも哉羅さまの感覚を介して疑似的にまぐわうという、やけにまわりくどい状況が設定されている。
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