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一応、本とかの批評のつもり。趣味的な備忘録

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ルソー『エミール』 

『エミール』(1762年)は、『社会契約論』、『新エロイーズ』、『告白』、『孤独な散歩者の夢想』などと並ぶジャン‐ジャック・ルソーの主著である。全五篇から成る半ば小説仕立ての教育論であり、家庭教師の「私」がエミール少年の教育を任せられたという体裁で書かれている。
ルソー流の教育法の革新性については、事新しく論じるまでもない。その要諦はひとえに「自然(nature)」を損なわぬことに存しており、この方針が自余の一切を決める。すなわち、ルソーの考えでは、余計な束縛を課すことなく、ひたすら人間の生来の素質、生まれ持った本性を助け、それが心身両面で存分に開花するよう促すのが教育者の役割なのであり、それさえ果たされれば自ずと生徒は、誠実さ、善良さ、憐れみ深さ、利発さ、快活さ、たくましさ、我慢強さ等々、要するにおよそ一人の人間として望ましい美点に事欠くことはないはずなのだ。とはいえ、この消極的な方法が、そうかといって全くの放任を意味しないことは、早くも第一篇の名高い冒頭から明らかである。

 万物の製作者の手をはなれるとき、すべては善いのに、人間の手にわたると、すべては悪くなる。人間は、ある土地に他の土地の産物を成育させたり、ある木に他の木の実をならせたり無理なことをする。風土や地域や季節を混合、混同する。犬を、馬を、奴隷をそこなう。すべてをくつがえし、すべてをゆがめる。奇形を好み、怪物を好む。人間はなにものも自然がつくったままであるものを欲せず、人間についてさえもそうだ。馬を調教するように、人間を自身のためにしつけねばならない。庭の木のように、自分流にねじ曲げねばならない。
 そうしなければすべてはもっと悪くなるのであって、私たち人類は中途半端に加工されることを欲しない。万物がいまのような状態になった以上、生まれたときから他人のあいだにほうりだされて自分しか頼れない人間は、だれよりもゆがんだ人間となるであろう。偏見、権威、必要、実例、私たちが埋没しているあらゆる社会制度は、人間のなかの自然を圧殺し、その代わりになるものをもあたえないことになろう。自然は、偶然に道のまんなかに生えた灌木のように、通行人のためにどこもかしこも傷つけられ、あらゆる方向に曲げられて、まもなく枯れてしまうであろう。
 私は、あなた、やさしく先見の明のある母親にうったえる。大きな道から離れて、生まれたばかりの灌木を人々の意見の打撃から守っておやりなさい! 若木が死ぬまえに養い、水をやりなさい。その果実はいつの日かあなたの無上の喜びとなるでしょう。早くからあなたの子どもの魂のまわりに囲いをめぐらしなさい。線を引くことは他の人でもできるが、あなたただ一人が障壁をきずくべきである。(注1)

たえず単純さを称え、素朴さを理想として掲げながらも、それとは裏腹に内実は恐ろしく錯綜し、一筋縄でいかない逆説に満ちたルソーの思想の異様さは、この三つの段落を読んだだけでもそれなりに予感しうる。詩情に富んだ力強い雄弁は、まずは万物の制作者たる神のみわざの、異論の余地なき善性の確認で幕を開けるが、遺憾なことにそれ以降の人類史は総じて堕落の過程以外の何ものでもなく、文明の中で人間が営むことといえば、やることなすことどれも不自然であるほかないのであり、それゆえ要するに罪深いのだ。しかし、それならば潔く文明と絶縁し、自然に帰れば万事解決するのかといえば、そうではない。というのも、対象が木の実とか、犬、馬とかではなくてほかならぬ人間自身である場合には、必然的に、加工はする側のためであるのみならず、される側のためでもありうるからだ。実は、上の訳文は典拠に忠実ではなく、引用に際して若干の改変を施している。すなわち、原文中の« pour lui »に相当する部分が脱落していたので、これを補うべく「自身のために」を追加し、また« à sa mode »の訳を、「好みどおりに」から「自分流に」に改めた。それぞれ、「人間のために」および「人間らしく」とすれば、両義性の表現としてなおいっそうよいかもしれない。さらに、第二段落冒頭の「しかし、」は原文にないので削り、また« nôtre espéce ne veut pas être façonnée à demi »の訳文を、「私たち人類は加工が中途半端に止まることを欲しない」から、「私たち人類は中途半端に加工されることを欲しない」に改めた(注2)。これらはいずれも、当初は、あたかも所与の自然をそのまま受け容れないでありとあらゆるものの本性を自分に都合よく歪めてしまうという、人間の身勝手な所業を責めているかのようだったルソーの筆致が、いつの間にか同じく人間であるには違いないが立場は正反対である者、すなわち歪曲される対象としての人間ないし子供の視点に寄り添ったかと思うと、今度はそちらの代弁者として、毒を食らわば皿までとばかりに、現今の人類が置かれた状態(社会状態)ではおよそ文明の弊害から完全に自由になることなど無理な相談である以上、せめてその悪影響を最小限に食い止められるだけの力を持つことができるように、なるべくましな加工を最後までしとげてくれと懇願するに至るという、はなはだ屈折した事情に由来する言葉遣いであろう。
「自然人」(注3)、この「たぐいまれな人間」(注4)は、現に我々が文明社会の中で暮らしている以上、単なる放任の結果として勝手に現れるわけではなく、余計なことを何一つしないための多くの努力を払った末にしか見出されない。本来は両親がつきっきりでその務めを果たすべきであろうが、諸般の事情でそれが無理なら家庭教師に頼むことになる。その教師は、自身が申し分なくよい教育を受けた理想的な人間、ほとんど人間以上の者でなくてはならない(注5)。そしていざ彼を雇うとなれば、中途半端は許されない。子供がごく幼い時分、いやそれどころか出生以前から25歳になるまで片時も彼はそのそばを離れず、孤児同然の存在として、子供が両親ではなくてもっぱら彼に従うようにしなくてはならない。二人は決して同意なしに引き離されることはなく、同じ生の運命を共有する(注6)。
すでにこれだけの条件でも満たすのが難しそうだが、実際に教育が始まるや、事態はほとんど綱渡りめいた曲藝の連続という様相を呈してくる。およそ12歳までは、子供が「社会に由来する人間への依存」を極力経験しないで済むようにし、ということはつまり命令や服従が何であるかを理解させることなく、なるべく「自然に由来する事物への依存」だけを経験させよ、不自由を免れるのに足りるだけの力を補ってやるのはよいが、欲しがるままに何でも与えることで自分の力の大きさについて勘違いさせてはならない―という教えなどは、その典型であろう(注7)。この、道徳教育の排除と表裏一体の「よく規制された自由」をもたらすものとは、「可能なことと不可能なことについてのおきてだけで、欲するところへ子どもを導く」術なのであり―なにしろ、「可能なことの範囲はどこからどこまでかも、不可能なことの範囲はどこからどこまでかも、子どもにとっては等しく未知なのだから、欲するがままに子どものまわりにそれを広げたり、縮めたりできる」というわけだ―(注8)、してみると、初期の教育は「純粋に消極的」(注9)であるべきだというルソーの主張は、実は通常の教育に劣らず、いやそれ以上に教える側の精妙な配慮を不断に前提として要求するのである。そのように大掛かりで絶え間ない配慮には、むしろ術策とか、詭計とかの呼び名こそがふさわしいのではないか。
より具体的な場面に目を移すと、このような方針から何が帰結してくるかはよく知られている。エミールの日常生活においては、教育は楽しい遊戯と区別がつかない。畑を耕し、そら豆を育てることは、体育の重視という原則と不可分だが、同時に所有権の観念を学ぶ機会でもある。音楽は触覚と聴覚を研ぎ澄ますのに役立つし、近所の男の子たちとお菓子を争奪する駆けっこも、先生がわざとコースの長さをまちまちにしてしまうので、何度もやっているうちに、筋肉だけでなく距離を目測する能力も鍛えられる。素描の訓練もまた、あえて先生が生徒と足並みを揃え、お互いに腕前を競い合うなら、そうでない場合よりもずっと教わる側にとって実り多いものとなるし、単に観察力を育むだけでなく、一番最初の、一番下手な絵を金ぴかの額縁で飾ってやれば、内実が伴わないまま外見だけをきらびやかに飾ることを恥じる、質実剛健な気風を培うこともできる。加えて、あまりに幼いうちから本に書いてある知識を丸暗記させるのは避け、あくまでも実体験を通じて、幾何学や地理学や光学など理科系の学問に親しませること、最初に与える本としてはデフォーの小説『ロビンソン・クルーソー』がよく、あまたの古典的名著をさしおいて、この、いわば無人島で自活するための手引書を読ませることで、俗世間的な価値観に囚われず、生きるために自分の身に本当に必要なものを見極める目を持たせること、いざとなれば腕一本で食べていけるよう、手に職をつけさせること(ルソーは家具職人を推奨している)、記憶させる知識そのものの分量は最小限にとどめ、それよりもむしろ、必要に応じて自ら知識を手に入れる能力の涵養を主眼とすること―いずれも、18世紀という時代を考えれば相当に斬新な提案であろう。
生徒が15歳を迎え、自己愛をはじめ造物主が人間の心の奥底に書きつけた情念の働きが活発になると(注10)、本格的な情操教育の必要が生じる。といっても教師の務めが消極的な性格のものであることに変わりはない。情念を力ずくで押さえつけてはならないのはもちろんだが、反対に、文明国に特有の悪しき習俗が想像力を刺激して、性的な事柄への早熟な関心を誘発するのを放置してもいけない。なすべきことはむしろ、「製作を指導する賢明な職人」(注11)にならって無邪気さの時を引き伸ばしながら教え子をそれとなく人間愛に導き入れ、最初に感じるのが恋愛ではなくて友情であるようにし、不幸な人々への憐れみの感情を抱かせることである。歴史や伝記、寓話の類を通じた徳育と並んで、おろそかにしてはならない貴重な教訓の源泉とは、街頭で経験する手ひどい屈辱的な事件であり、これが芽生え始めたばかりの虚栄心を払拭してくれる。この際肝心なのは、教師も決して超然とした立場に身を置いて、いかさま師に騙される生徒をそこから見下ろし、嘲笑うようであってはならないということだ。あべこべに、生徒が軽率にも警告を無視して苦境に陥るときも最後まで付き添い、全ての危険、全ての侮辱を、黙って一緒に耐えてやるべきである。

 私はここで、愚かにも賢者役を演じようと、その生徒たちをやりこめ、彼らをつねに子ども扱いにし、彼らにさせるすべてのことで自分が彼らよりずっとすぐれているのを見せつけようとする家庭教師のにせの威厳を指摘しないではいられない。こんなふうに若者の勇気をくじくのではなく、彼らの魂を高めるために手だてを残りなく尽くしなさい。あなたがたと平等の人間に扱って、じっさいそうなれるようにしてやりなさい。そして、もし彼らがまだあなたがたのところまで昇ってこれなかったら、恥じることなく、ためらうことなく、彼らのところまで降りていきなさい。あなたがたの名誉はもうあなたがたのうちにはなく、あなたがたの生徒のうちにあることを考えなさい。彼の過ちを共有してそれを矯正してやりなさい。彼の恥をわが身にひきうけてそれを拭い去ってやりなさい。自分がひきいる一軍が敗走するのを見、しかもこれを集結させえないのを知って、兵士たちの先頭に立って敗走しつつ、「兵士たちは敗走しているのではない。その隊長のあとに従っているのだ」と叫んだ、あの勇敢なローマ人のまねをしなさい。(注12)

『エミール』で提示されるルソー流の教育においては、いついかなるときも生徒の自発性・自主性が尊重され、束縛や強制の出る幕はないが、しかもそれでいて一切は作者たる教師の思惑通りに進行するのであり、そのためには並々ならぬ工夫の数々が、数多くの詭計が必要となる。エミール少年の身の周りで起きることはつねに教師の配慮を背後に隠しているのだから、これは一種のお芝居であり演劇である。ただし、少なくとも主役である生徒はそんな配慮のことなどつゆ知らず、またこれ以外の人生を経験したためしもないのだから、いわば真なる演劇なのだ。いましがた引用したくだりは、その真実性がどれほどの域に達しなくてはならないかを教えている。賢者の役を演じようと思うな、という冒頭の忠告が意味するものとは、決して演劇性の廃棄ではなく、作者その人もまた筋書に翻弄される一人の登場人物として生徒の隣に並び立ち、苦しみを共にする結果として、この演劇が作者にとってすら絵空事でない真実でありうるということなのである。しかも、「あの勇敢なローマ人」こと、プルタルコスの伝えるカトゥルス・ルタティウス(注13)への言及に明らかなように、この率先、この参加には、生徒に対しては秘せられた手本ないし原作がなおも存在し、その内実たるや敗走を別名で呼ぶことによる醜態の糊塗だというのだから、事態には二重の虚構性がまとわりつくことになる。
ルソーは制作することを欲する。ただしそれと同時に、制作された作品が何らかの意味で真なる世界であり、その中に出てくる登場人物が生命を持ち、自ら感じ、動き、考える、自由な存在者であることをも欲する。彼の提案した宗教教育は、そのことの何よりの例証であろう。第四篇の白眉であり、寄り道と呼ぶにはあまりに長い、半ば独立した本格的な自然神学の論考「サヴォワの助任司祭の信仰告白」が率直に明かしているとおり、ルソーの神は何よりもまず、我々人間という自由で理性的な住民のいる宇宙を創造した、意志的で知的な造物主である。
目に見える宇宙に認められる運動は、生命なくしては考えられない。だから、自然界の作用と反作用という結果から出発して原因へと遡行していけば、ある原初の意志が運動と生命を付与したと想定せざるをえない。

生命をもたない物質は運動を通してだけ動くのであって、意志なくして真の行動は存在しない。これが私の第一の原理である。私はだから、一つの意志が宇宙を動かし自然に生命をあたえることを信ずる。これが私の第一の教義、または第一の信仰箇条である。(注14)

そして、運動はでたらめではなく、そこには一定の秩序が認められるから、ある知性がそれをもたらしたはずである。

動かされる物質が一つの意志を私に示すとすれば、一定の法則によって動かされる物質は一つの知性を私に示す。これが私の第二の信仰箇条である。(注15)

時計職人の息子であるルソーは、人知を超えたこの整然たる秩序を称えるべく、精巧な時計の機構を引き合いに出す。

 私は、世界の目的は知らないが、宇宙の秩序について判断をもつ。この秩序について判断するには、その諸部分を相互に比較し、それらの協力、それらの関係を研究し、それらの協調を認めるだけで十分である。私は、なぜ宇宙が存在するのか知らないが、どのようにして宇宙が変化するかを見ないではいられないし、これを構成する諸存在が相互に助けあっている親密な対応を知覚しないではいられない。私はあたかも、はじめて時計をあけてみて、機械の使いかたを知らず、文字盤を見たことはないのだが、その仕事ぶりに驚嘆せずにはいられない人間のようなものである。その人は言うだろう、この全体がなんの役に立つのか知らないが、部品の一つ一つが他の部分のためにつくられているのを見、製作したものの仕事ぶりを細部にいたるまで讃美し、これらの歯車のすべてがこのように協調して動いているのは、私には知覚しえない共通の目的のためにほかならない、と私は確信する、と。(注16)

意志と知性を持った全宇宙の主宰者、それこそはルソーが「神」という名で呼び、それ以上に詳しい観念は持ちえないまま崇敬を捧げる相手である。

欲し、そして行ないうるこの存在、それ自身が能動的なこの存在、要するに、それがどういうものであろうと、宇宙を動かし万物を秩序づけるこの存在、私はこれを神と呼ぶ。この名に私は知性、力、意志といった諸観念をまとめて結びつけ、さらに、それらの必然的結果である善の観念を結びつける。しかしだからといって、この名をあたえた存在を私はいっそうよく知るわけではない。(注17)

18世紀の知識人には、ディドロやカントなど、他にも職人階級の出身の人が何人かいる。当時の流行だった、唯物論、あるいはそこまでいかないにしても経験や観察を重んじる自然科学的な考え方と、ちょうど複雑な機械を分解するように、分析を駆使して世界全体をその主宰者の視点から体系的に理解し尽くしたいという欲望は―カントの批判哲学がそもそも人間に知りうることの限界を見定め、理性の越権を厳しく戒めるという結末に至るまで―、いくぶんかは、ついに待ち望んでいた知識の門が開かれたことに感激し、喜び勇んでその中に飛び込んだ職人の精神から説明がつくのではないか。通常、時計職人であるかぎりでの時計職人の知識は、領主や雇い主が送っている精神生活の中に、有益な、だが限られた一部分としてその成果が入り込むことを許されるにすぎず、当然両者が同じだけの広がりを持つわけにはいかない(ジャン‐ジャックが生まれた当時ジュネーヴは共和国だったが、父イザーク・ルソーはトルコ宮廷に仕えていた時期がある)。自然科学的な観察から出発して意志と知性を持つ造物主の観念に到達しながらも、その本性については不可知論的な立場にとどまるルソーの自然神学は、表向きはそのような慎み深さをなおも守りつつ、しかもほかならぬ世界の秩序を時計になぞらえることで、職人が職人のまま、全世界をその主である神の視点から隅々まで理解しうる、いやそれどころか、まさに職人こそが、時計を買って使うことはできても内部の機構などろくに知りはしないし自分で修理もできない王侯貴族以上に、そのような恩寵に与るにふさわしいと暗に訴えるかのようだ。
実際のところ、この神は、現に我々を取り巻くような自然を動かし、秩序づけ、そして有機体を生ぜしめた者という意味で、間違いなく我々人間から見れば造物主と呼んでさしつかえないはずなのだが、物質(質料)そのものを彼が全くの無から創造したかどうかは定かでない(注18)。確実なものとして信じられるのはただ、所与の物質(材料)を組み立てようとする意志と、その組立てを導く知性という二つの能力だけなのである。そしてその点で、ルソーの神は、ぜんまいや歯車などの部品を組み立てて時計を作りはしても、部品そのものを一から自分で作るわけではないし、いわんや虚空から手品のように取り出す藝当は持ち合わせない職人に似ているのだ。
以上二つの信仰箇条に、人間はその行為において自由であり、自由なものとして非物質的な実体(魂)から生命を与えられている、という第三の信仰箇条(注19)が加われば、それでもう「サヴォワの助任司祭の信仰告白」における自然宗教の骨格は完成する。この三つが与えられれば、それから残りの箇条を演繹することはたやすいという。来世が存在し、そこでは各人の魂が、善人であれ悪人であれ、この世でしてきたことに対して相応の報いを受けるという教義などは、その一例である。ルソーの代わりに語り手を務める助任司祭はこれ以外の既存の諸宗教、諸宗派の不毛ないがみ合いを嘆かわしく思う一方で、福音書については内容が一から十まで事実の記録であると認めることを躊躇しながらもイエスの言行の道徳的卓越性ゆえに賛辞を惜しまず、結局どんな形式であれ真剣に捧げられる敬意なら神は嘉納してくださると信じて、教会の中で自分に課せられた務めを日々この上なく忠実に果たしているという。今日から見ればそれほど過激なものとも思えないこの論考が、教会の権威を否定する邪説として問題視された結果著者ルソーの上に迫害を招き寄せ、フランスからの亡命を余儀なくさせた次第については周知のとおりである。神を自然の制作者としては認めるが(あるいはむしろ、自然に制作者がいることを認めた上でそれを「神」と呼ぶことには異を唱えないが)、その他の伝統的な教義の数々については真であることが確証されていない以上判断を保留する、というこの考え方は、そのくらいには目新しかったのだ(注20)。
いまやエミールは自然宗教を知っている。彼は、他人が誰一人見ていないときも神は我々の心をみそなわすのだから、いつもと変わらず善良で、正しく、義務に忠実であらねばならないことを学ぶ。宇宙の秩序への愛、そして自己愛と一体になった、自己の存在の制作者への愛が、心の内に法を持つことを教える(注21)。ということはとりもなおさず、教え子を本来あるべきもの、すなわち人間らしい人間へと作り上げることを使命としており、その点で人類の制作者である神に類比的な立場にあるはずの、家庭教師の「私」にとってもまた、エミールの心は全くの透明であり、その思考も感情も筒抜けなのだ。ルソー自身はこの類比性について沈黙を守っているが、助任司祭の信仰告白が終わってからそれほど頁を経たわけでもないくだりに、以下のようなことが書いてあるのを読むと、それが単なる不注意のせいとは思えない。

気質の激昂が彼をひきずりまわし、自分を押し止める手に反抗して、彼が身をもがき、私の手からのがれはじめるその瞬間でさえ、私は、彼の興奮のうちに、彼の激昂のうちになお彼の幼いころの単純さをあらためて思い出す。その体と同様に純粋なその心は、悪徳を知らないというより以上に隠しだてすることを知らないのだ。叱責も軽蔑も彼を卑劣にはせず、卑しい恐れが彼に隠しだてを教えることもない。彼は心がけがれていないからなんでも言い、素朴で、なんのはばかるところがない。彼は、人をだましてなんの役に立つか、まだ知らない。彼の魂のうちになにか動きが起こって、彼の口か眼がこれを示さぬことはなく、ときには、彼が感ずる感情は、彼に知られるよりもずっと早く私に知られるほどだ。(注22)

この透明性という条件は何のために必要なのか。情念の働きがいよいよ盛んになり、官能の落とし穴にいつ足を取られてもおかしくない20歳のエミールに、時期を見計らってその危険性を教え、決して彼がこの点で教師の言葉を軽んずることがないようにするためだ。ほかならぬ感情の昂揚の力を借りて、教師への彼の信頼、帰依を完璧なものにしなくてはならない。無作為を装う作為、という『エミール』全篇を貫く逆説は、この演説を準備する前置きにおいてことのほか顕著である。ルソーは、古代人がわきまえていた、約定を象徴するさまざまな記念物、ないし「記号言語」の活用に関する知恵を称賛した後で(注23)、自分たちもまた、神が創造した自然そのものに立会人となってもらいたいのだという意向を表明している上、彼の一挙手一投足に感動して操り人形よろしく期待通りの反応を返してくるエミールにはっきり「私の作品」と呼びかけながらも、私の幸不幸は君のそれにかかっている、どうか裏切ってくれるなと懇願するからだ。生き生きした感情を作者と共有し、自発的な善意から作者の言いなりになってくれるはずの作品―これこそ、自然と技巧の結節点であり、ルソーが自覚しているかどうかはともかく、自然を損なわぬためという名目で技巧の限りを尽くすところに彼特有の方法が存することの証拠である。

私はまず彼の想像力をゆり動かそう。私があたえたいと思う印象にもっとも有利な時と所と対象を選ぼう。いわば自然のすべてを私たちの語り合いの証人によぼう。自然をつくった永遠の存在者に、私が語ることの真実性について保証してもらい、エミールと私とのあいだの審判人になってもらおう。私たちのいる場所、私たちをとりまいている岩、森、山を、彼の約束と私の約束の記念碑としよう。私の眼、私の語調、私の身振りに、私が彼に吹きこみたいと思う熱狂と熱意とをこめよう。そこで、私は彼に語り、彼は私に耳をかたむけ、私は感動し、彼は心を動かされるであろう。私の義務の神聖さを確信している私は、彼の義務を彼にとっていっそう尊重すべきものにしてやろう。私は理性の働きの力をさまざまな心象や表象によって活気づけよう。冷たい格率を長々と散漫に述べることはせず、あふれんばかりの豊かな感情をこめよう。私の理性は重々しい格言を用いるが、私の心はどんなにしても語り尽くせないであろう。そのときこそ、私は、私が彼のためにしてきたことを彼に示しつつ、私自身のためにしたのでもあることを示そう。彼は、私のやさしい愛情のうちに、私のあらゆる配慮の理由を見てとるであろう。突然、言葉を変えることによって、どれほどの驚き、どれほどの興奮を私は彼にあたえることであろう! 彼に彼の利害についてばかり語ることによって彼の魂を狭小にすることはしないで、これからは私の利害のみについて彼に語り、いっそう深く彼を感動させるであろう。友情と高潔と感謝とのあらゆる感情は、私がすでに生まれさせており、また育てていくのがきわめて快いのだが、そうした感情によって彼の若い心を燃えたたせよう。彼を私の胸に抱きしめ、感動の涙を彼の上にそそごう。私は彼に言おう。おまえは私の財産、私の子ども、私の作品だ。おまえの幸福から、私は私の幸福を期待している。おまえが私の希望を裏切ったら、私の生涯の二十年を私から盗み、私の老年の不幸をもたらすことになる、と。このようにして、人は、若者に耳をかたむけさせ、その心の奥底に、彼に語ることの記憶を刻みつけるのだ。(注24)

岩や森や山ですらも記号の役を果たすとすれば、いわんや眼や語調や身振りがなおさらそうであることに不思議はない。世界は、意味と意図に満ちている(制作者がいる以上、これは当然の帰結だ)。エミールの心に教師の言葉を可能なかぎり深く印象づけたい一心でルソーが訴え、次々と列挙するこれらの舞台装置、これらの手段は、直接性を欲すれば欲するほど、かえって間接性の出番が増すという逆説を体現している。この逆説と引き換えに得られた成功は、しかし今度は、勢い余ってもう一つの逆説に行き着く。人の好いエミールは、これまでの20年間の人生が、何もかも全て家庭教師の「私」によってお膳立てされたものだったという種明かしに接し、自分がいわば劇の登場人物にすぎないことを知っても、気を悪くするどころか逆に作者の行き届いた配慮に感激しつつ、喜んで恩返しをしたがるほどだが、その内実は要するに、エミール自身の幸福を通じて「私」を幸福にしてやるということだからだ。幸福であれ、というこの要求は、例えば老後の面倒を見てくれとか、立派な屋敷を建ててくれとかの、もっとあからさまに利己的な内容の要求に比べれば、なるほど一見この上なく気高く感じられるが、考えようによってはそれら以上に厚かましい、非常識なものにも思える。エミールが幸福になるのは彼の代わりに「私」が幸福になるためであり、エミールの感じる幸福感は大小問わず全て「私」のものであるべきだ、という命題を思い浮かべてみれば、そのことは明らかだろう。エミールは、単に従順というだけにとどまらず、ほとんど教師の人格の延長であらねばならない。
この仰々しい前置きに続く、演説の内容そのものはそれほど大したことはない。生殖の神秘、両性を結びつける結婚という絆の神聖さ、それとは対照的な放蕩の忌まわしさ、そして純潔の尊さ、といった調子で、ほとんど陳腐ですらある。それよりも興味深いのは、このような教訓を授かったエミールを社交界に送り出すにあたり、彼が悪い女性の誘惑に引っかかるようなことがあってはならないから、そのための予防策として、あらかじめ架空の清純な恋人の姿をその心に刻みつけておく必要がある、とルソーが論じていることだ。

私が彼にえがく対象が想像上のものであってもかまわない。それが、彼を誘惑するかもしれないものに嫌悪感をもたせられれば十分なのだ。彼がどこにいこうとこれと比較して、彼の心をとらえる現実の対象よりもこの幻影のほうを好むようにさせられれば十分なのであって、真の恋愛そのものも、幻影、虚構、錯覚以外のなんであろうか。人は、自分が作った心象のほうを、これを当てはめる対象よりもずっと愛する。自分が愛するものを、正確にあるがままに見るとすれば、この地上にはもはや恋愛は存在しなくなるであろう。(注25)

前半はまだしも青年の教育という当面の文脈から理解しうるが、「真の恋愛そのものも」以下の後半は一般論だから、そうではない。ここで表明される―はるか後年のプルーストの悲観主義を予告するかのような―独我論的な恋愛観は、おそらく、エミールと「私」の根深い一体性が示唆するように、彼の教育の全過程を通じて、一度もルソーが本質的な意味で自分の外に出ることをあえて欲さず、あるいはむしろ、自分の外に出ないことこそを欲するという事情と無縁ではないのだろう。
家庭教師を雇う際に満たすべき条件として、ルソーがどんなものを挙げていたかを思い起こそう。まず教師は、彼自身が申し分なくよい教育を受けた者、ほとんど人間以上の存在でなくてはならない。そして生徒は、あたかも孤児のごとく、両親ではなくてもっぱら彼に従うのでなくてはならないし、二人は起居を共にし、二六時中一緒にいなくてはならない(注26)。これらの条件が告げているのは、ただ単に、教師たる者人格も見識も常人以上の卓越した人物であることが望ましいとか、常日頃から教え子との親密な交流を図り、容易に壊れない信頼関係を築いておくことが大切であるとかの、正しくはあっても月並みな助言ではなく、なにかしらもっと過激なことであるように思われる。それはつまり、全知全能の制作者たる神を思わせる理想的な教師が持つ、両親以上の権威であり、そしてまた、そのような教師と生徒が限りなく一心同体であるべきで、いかなる隔たりも両者の間に介在してはならぬということである。この過激さは、何に由来するのだろうか。ルソーは幼少期に2年間ばかり牧師の家に寄宿しているが、その時期を別にすれば、以後は彫刻師となるべく徒弟奉公に出されるも嫌気がさして16歳で故郷を出奔、放浪の生活を経て20歳過ぎで土地測量の仕事に雇われるまで、あるいはむしろその仕事もやめてしまい、二十代半ばにしてシャンベリ近くのレ・シャルメットの地で独学者として研究生活を始めるまで、体系的な知識の学習とは縁がない人生を送ってきた人だから、こと教育に関しては、孤児に近い立場にあったと述べても過言ではない(母は彼自身を産んだ直後に亡くなっているし、感傷的な割に薄情な性格の父からは、大したことを教わった形跡もない)。思うに、教師が人間以上の、ということはつまり神的なものであるべきだという要求は、自分はろくな教師に恵まれなかったという不満から、一種の反動のように提唱されたものであろう。しかも他方では、その教師との一体性ゆえに、生徒の意向はそのつど生徒自身にとって最良の方向へと誘導されはしても、決して制限や阻害を被るわけではないという点において、彼の教育論はなおも、あらゆる外部から課せられる規則というものに反発する、独学者の矜持というか意地を引きずっている。教師が神的であるなら、その監督から逃れようとするのは無駄な努力であるのみならず、そもそも不必要な努力である。なぜならば、その監督下でのみ、我々は自然に即した、それゆえ自由な存在であること、要するに真の意味で我々自身であることが可能だからだ。「サヴォワの助任司祭の信仰告白」における神は、自然法則の設定者であるかぎり、その支配力は根底的な次元にとどまっていて、いかなる既存の宗教の神よりも我々の生活に干渉してくることが少ないが、その反面、ほとんど良心の機能と同一視される道徳的な裁き手であるかぎり、我々を感性的な外界の圧政から自由にするとともに、自分自身の内へと呼び戻してくれる。逆に考えれば、もしも教育を受ける者が決して自分の外に出たくないと思うなら、その教師は―『エミール』の中で、終始「私」という一人称を名乗り続ける話者は―、ルソー的な意味で神的なものであることが必要なのである。ルソーが恐れ、予防しようとするのは、たちの悪い誘惑が世間から侵入してきて、この教師と生徒の一体性に裂け目を走らせるという事態である。
もっとも、社交界に出入りするようになったエミール本人にとっては、この時期は趣味(美的感覚)の研究のための、古代文学を学び、演劇や詩に通暁するための時期であるし、それに何より、彼は社会の中で生き、自分にふさわしい女性を見つけて彼女を伴侶とすべきである。ルソーはこの女性にソフィという仮の名を与え、しばらくはエミールと一緒に彼女を探すふりをする。ただし決して見つかるはずのない場所、すなわちパリの大都会で探すのであり、このようにして教え子の心に、都市の堕落に対する嫌悪感を植えつけようというのだ。
エミールの伴侶としていかなる女性が望ましいかは、第五篇の巻頭からしばらくの間ルソーが専念する女子教育論「ソフィ、または女性について」を読めば大略がわかる。もっとも、時代的な制約を反映してか、男子の教育の場合と比べると、それほど革新的な主張はない。自然を尊重すべし、という原則は変わらないのだが、ルソーによれば、そもそも女性の天性は男性に従うことであるし、女性の価値は男性よりもはるかに多く世間の評価に依存するものだという。女性が知るべきなのは、学問的な真理ではなく、もっと実用本位の心理学であり、とりわけ男性の情念に訴えて彼を思うがままに操縦する術である。しかし、どんな男性でも手当たり次第というわけではなく、愛するに値するだけの徳の高い男性を選ぶべきだし、女性自身もまた、徳の力があってこそ恋愛において成功者となることができる。

 私はさらに一歩を進めて、徳は他の自然権についてと同じく恋愛についても不利ではない、また、愛人の権威は妻や母の権威と同じように、徳によって得るところが大きい、と主張したい。熱狂なくして真の恋愛はありえず、現実のものにせよ空想上のものにせよ、ともかくつねに想像のうちに存在する、完全性をそなえた対象なくしては熱狂はありえない。この完全性がもうなんの意味ももたず、愛するもののうちに官能の楽しみしか見ないような恋人は、いったいなにに心を燃えたたすのか。いや、心を燃えたたすことはないし、そんなものには、魂が熱して、恋人たちを有頂天にし彼らの情念に魅力をあたえる、あの至高の興奮に身をゆだねることはできない。恋愛にあってはすべては幻想にすぎない。それは私も認めるが、恋愛は私たちに真の美を愛させ、またこの美に私たちの感情をかりたてるのであり、この感情こそは現実に存在する。この美は、人が愛する対象のうちにはなく、私たちの誤謬の産物である。なんだって! だからといって、どうだと言うのか。だからといって、人はこの想像上の模範に対して、あらゆる卑しい感情を犠牲としてささげないであろうか。だからといって、いとしい人がもつと信ずる徳によって、彼の心は充たされないであろうか。だからといって、人間的な自己の卑しさから心を遠ざけないであろうか。恋する人のために生命を犠牲にしようとしない真の恋人がどこにいようか。また、死を欲する男性のうちに、官能的で粗野な情念などどこにあろうか。私たちは遍歴の騎士たちを嘲笑する。それは、彼らが恋愛とはなにかを知っているのに、私たちはもう遊蕩しか知らないからだ。あの小説的な格率が笑いものになりはじめたとき、この変化は、理性の産物というよりもむしろ悪い習俗の産物であったのだ。(注27)

先の引用文の中の「真の恋愛そのものも、幻影、虚構、錯覚以外のなんであろうか」という懐疑に続き、またしても恋愛の虚構性の確認だ。主観性(思い込み)の中で終始するということは、その恋愛が真であることを何ら妨げないし、それどころか、恋人が持っているはずだと想定された完全無欠な徳に、そんなものが現実に存在するかどうかは問わぬまま捧げられるこの熱狂的な情念こそが、恋愛の本体なのだ。だからルソーは、はるか昔、セルバンテスの『ドン・キホーテ』の時代(17世紀初頭)ですらとうに時代遅れの骨董品と化していた遍歴騎士と姫君の物語を惜しみ、「騎士物語の女主人公を現実に生みだすがいい」(注28)とまで書くのである。
エミールについてはことあるごとに善良さや素直さが強調されるのに対して、ソフィの場合は、この徳への愛こそが、彼女の性格上の特徴の最たるものである。

ソフィは徳を愛する。この愛は彼女の支配的な情念になっている。(注29)

したがって、ソフィは幸福な恋愛、幸福な結婚に値する。徳への敬意に加えて、愛嬌に富み、つつましいが自分によく似合う魅力的な服装を知っており、音楽や礼儀作法の心得があり、針仕事が得意で、清潔さを非常に好む―等々、他の長所をも考慮に入れるならばなおさらだ。それでは、実際に彼女はそのような幸運に恵まれるのであろうか。すんなりエミールと出会い、恋に落ちることが許されるのだろうか。
全く意外なことに、そうではないのである。まるでそれまで晴れていた空が急に雲行きが怪しくなるのにも似た風情で、突然ルソーは、あなたがた読者は信じないかもしれないがソフィの物語は現実にあったことで、もう故人となってしまった彼女の思い出はその一族の間でいまなお語り草となっている、云々という不吉な前置きをしてから(注30)、彼女の失敗について書き始める。ソフィは、配偶者の選択権を持つのは親ではなくて彼女自身だという原則を父から聞かされ、結婚相手を探すべく、故郷の村から町の叔母のもとに一人旅をする(もっともこの旅行の目的そのものは、彼女本人には隠されている)。ところが、一人も見つからない。町の青年たちは揃いも揃って皆徳とは縁のない浅薄な連中ばかりで、到底恋人として、ましてや夫として選ぶ気にはなれない。それでは、具体的には一体どんな男性を彼女は追い求めているのか。母親から問いつめられて、嘆く娘はとうとう白状する。『テレマークの冒険』―哲学者フェヌロンがルイ14世の孫のために書いた小説で、ホメロスの『オデュッセイア』にもとづき、父オデュッセウスを探す旅に出たテレマーク(テレマコス)の諸国遍歴を描いている―の主人公が、ソフィの心を捉えて離さないのだ。まるでニンフのエウカリスのように、彼女はテレマークに、あの優しく、誠実で、思慮深く、勇敢で、寛大な王子に恋していたのである。

あの好ましい男性のモデルに彼女がこれほどにまで魅せられ、また、これをあんなにも繰り返してどんな話にももちだすのを見て、母親は、この気まぐれには、まだ自分の知らないなにか別の根拠がありそうだ、ソフィはまだ全部打ち明けてはいないのだ、と推察した。心にひめた悩みの重さにうちひしがれた、この不運な娘は、ただその思いをありのまま打ち明けることだけを求めていた。母親はうながし、娘はためらい、ついに降参し、なにも言わずに部屋を出ていき、すぐ一冊の本を手にもどって来る。あなたの不幸な娘をかわいそうに思ってください。この悲しみをなおす薬はなく、この涙はかれることがないのです。あなたはその原因を知りたいと思っておられます。さあ、これがそうです、と言って、娘は本を机のうえに投げだす。母親は本をとって開く。それは、『テレマークの冒険』であった。はじめは、この謎が少しも理解できなかったが、いろいろとたずね、あいまいな返事を聞いているうちに、とうとう、娘がエウカリスの恋がたきになっていることがわかる。母親の驚きは容易に理解されよう。(注31)

むろん、テレマークが架空の存在であることは彼女も承知しており、ただ彼並みに徳の高い好青年を探しているというだけにすぎない。それにしても、ソフィが本を読むとか、ましてや『テレマークの冒険』を愛読しているなどといったことは、これまでにただの一度も言及がなかったのである。「文字は殺し、精神は生かす」(注32)。少なくともエミールの教育においては、あまり早くから書物に触れさせることは注意深く避けられてきたのだし、自然の尊重という大原則に照らしても、それが正しいことだったはずだ。とはいえ、サヴォワの助任司祭がヨーロッパを埋め尽くさぬばかりの書物の多さに辟易しつつもただ一つの例外として、「自然という書物」だけは誰一人読まずに済ませることが許されないと主張していたことからもわかるように(注33)、あるいはまた、女性の天性は学問向きでないという所見が、それと対になるものとして「世間が女性の本なのである」という命題を伴うことからもわかるように(注34)、なにかと逆説的で誇張的な修辞を好むルソーの癖は、ひとたび追放したはずの書物の権威がより根源的な次元において回復されるという事態と、すでに遭遇してはいたのだ。両親にも、読者にも、誰にも知られることがなかったソフィの読書は、ひそかに彼女の想像力に忍び込んで根を張り、汚染を広げる。その影響力は取り返しがつかぬ失敗という形で、もっぱら事後的に判明するのであり、気づいたときにはもう手遅れなのである。両親とソフィの間で、いさかいが始まる。彼女はわからずやの両親に反論して、徳を愛するように自分を作った責任はあなたがたにある、と言い放ち、立腹した父親は当初の約束を破り、意に染まぬ結婚を娘に強いて、結局傷心のあまり彼女は死んでしまう。ほんの一段落に凝縮されたこの結末は、『エミール』全篇を通じて最も戦慄すべきもので、さながらサドの短篇小説のごとき味わいがある。

 私は、この悲しい物語を破局にいたるまでたどったものだろうか。破局に先だつ長い討論を述べたものだろうか。いらだった母親がはじめのやさしい態度をきびしいものに変えるさまを描いたものだろうか。怒った父親がはじめの約束を忘れて、もっとも有徳な娘を気ちがい扱いにするのを示したものだろうか。要するに、この不運な娘、妄想が彼女に耐えしのばせている迫害によってなおのことこの妄想に愛着をもつ娘が、ゆっくり死に向かって歩み、両親が彼女を結婚の祭壇へ導いていっているものと信じているその瞬間に、墓の中に降りて行くのをえがいたものだろうか。いや、そうした不吉な光景は述べないことにしよう。(注35)

実に奇妙で、気味の悪いくだりである。内容自体の陰鬱さもさることながら、書物のせいで想像力を毒された不幸なソフィのその後の運命について、一応書くかどうかひとしきり自問してみた末、不首尾に終わった教育の事例などに長々とかかずらう必要はないとばかりに、あえてこれ以上は立ち入らないときっぱり宣言している、そのそっけなさが、にもかかわらずほかならぬその自問自答の過程の叙述を通じて、もっと多くの言葉を費やして詳細に書かれることもありえたはずの内容のあらましが読者に知らされてしまうという、底意地の悪い客観的な皮肉とあいまって、困惑と恐怖をもたらすのだ。
いかにも、ルソーは間違いなく『エミール』の作者であり、作中人物たちの運命を思うままに操れる、神のごとき立場にあるのだから、別に彼らに対して慈悲深くあらねばならぬという決まりはないのかもしれない。だが、決して自分の善良さに疑いを持つことがないだけに、ことによるとサドよりもよほど邪悪なのかもしれないこの冷やかさの印象は、やはり無造作な調子で、一人目のソフィは失敗したから、二人目のソフィを今度こそエミールとめあわせ、幸福にしてやろうと彼が書くのを読むときも、強まりこそすれ弱まることはない。

 私たちのエミールに彼のソフィをあたえることにしよう。この愛すべき娘をよみがえらせて、これに、それほど活発ではない想像力とずっと幸福な運命とをあたえよう。私は、普通の女性を描こうと思っていたのに、その魂を高めていくうちに、その理性をかき乱してしまった。私自身も道を迷ってしまった。あともどりすることにしよう。ソフィは、平凡な魂のうちに、よい天性をもっているにすぎない。他の女性よりも彼女がずっと多くもっているものはすべて、彼女がうけた教育の結果なのだ。(注36)

一体、一人目のソフィの失敗は、何を意味しているのだろうか。都会に住む青年の魂は救いがたく堕落しているので、育ちのよい娘は彼らの間で夫となるべき人を探し求めても徒労に終わるに決まっている、という教訓か。あるいは、ソフィほどの徳を愛する女性であってもなお、「私」の視点からは、自分とエミールとの一体性を妨害する一種の夾雑物として、一度は手ひどい試練で痛めつけてやりたいと感じられるのか。それもあるとは思うが、おそらくは、世の中にはエミールのように立派な男性の伴侶となるのにふさわしく育てられてはいても、たまたま彼と知り合いになる機会がないばかりに赤の他人として一生を終える女性が、数は少ないがいないわけではないということ(この場合、二人の女性が同じソフィという名を共有しているのは、単に便宜上のことにすぎまい)、および、小説の読書は―少なくとも、物事を論理的に考えることが男性ほど得意ではないとされる女性の場合には―、あまり夢中になりすぎると現実世界に適応することが難しくなるから、ほどほどにしておくのがよいということ、ルソーとしては、読者にこの二つの点を考えさせたいのではないかと思う。しかしいかなる理由があるにせよ、「この愛すべき娘をよみがえらせて」だの、「私自身も道を迷ってしまった。あともどりすることにしよう」だのといった箇所のまことに奔放な不自然さは、かねがね自然を旗印にしてきたはずのルソーが、実際には一にも二にも虚構世界の作者であり、複数の可能な筋書を鳥瞰的に比較考量するのみならず、どれか一つを選んで着工した後ですらそれをご破算にし、なかったことにする能力を持つということ、このことこそを教えている。
第一、一人目ほどに想像力が活発でないとされる二人目のソフィは、それでもやはり『テレマークの冒険』の愛読者なのであり(注37)、ついに彼女がエミールと出会い、彼を見初めるときの喜びは、「テレマークが見つかった」という感激なのだ(注38)。要するに、ソフィの側には大した違いはなく、ただエミールと出会う機会があるかどうかが彼女の運命を決める(それだけにまた、一人目のソフィの破滅はなおのこと悲惨なものと思える)。若者たちにとっては、この出会いはただの偶然だ。パリを去り、あてどなく妻の候補を探して地方を経巡るうちに、ある日山中で迷子になった家庭教師と生徒は親切な農民のもてなしに与り、彼がソフィの一家を称えるのを聞いて興味を覚えたエミールは、ぜひとも会ってみたいと言い出す。そこでこの手近な目標に向って二人は再び出発するが、またしても森の中で道に迷ってしまい、大雨に悩まされながら、どうにかこうにかそれらしき家にたどり着く……これがエミールとソフィのなれそめであり、一見どこにも不自然なところはない。だが、それが実はただの偶然でなく、自分の手で準備され、演出されたのであることを、登場人物にして作者である「私」はもはやほとんど読者に対して隠そうともしていない。「小説を書いたことになっても私はたいして気にしない」、「人間の本性をえがいた小説は十分に美しい小説である。それがこの著書のうちにしか見出せないとしても、私が悪いのだろうか」(注39)云々という開き直りは、表向きは、初対面の場におけるエミールとソフィの心の動きが、あまりにうぶで清らかなので現実味がないという批判を想定した上であらかじめそれに応答しているようだが、実は同時に、この出会いそのものが仕組まれたものであり、小説であればたしかに珍しくない、できすぎた偶然の一種であるということについて、さりげなく弁解しているのではないか。事実、もっと後の頁ではルソーの開き直りはいっそう露骨になり、とうとう偶然という建前を投げ捨てる寸前まで行くのである。

 この本をいくらかでも注意して読むならば、エミールがおかれている状況の諸条件が彼のまわりにあんなふうに寄せ集められたのが偶然によるものだ、と考えるものがあろうとは、私には想像できない。都会があんなにも多くの愛すべき娘を提供しているのに、彼の気に入る娘が遠く離れた辺地の奥でなければ見つからないのは、偶然だろうか。彼が彼女に出会うのは偶然だろうか。二人が互いに適合するのは偶然だろうか。(注40)

それにしても、このような演出を可能にするだけの権力は、一介の家庭教師の身分とは全く不釣り合いなものだし、またたとえそれだけの権力があったとしても、ソフィが誕生以来、その両親からまさにその名で、つまり、エレーヌでもジュリエットでもマリーでもなく、これまでエミールが憧れの対象として思い描いてきた女性と同じ、ソフィという名で呼ばれているという事実は、やはり説明しにくい。ルソーは、自然人を作るという自らの計画が所詮は夢物語にすぎないことを、暗に認めているのだろうか。そうかもしれない。だがそれでも、その夢の切実さを思い、たびたび彼の筆致の中に認めざるをえなかった、幸福なエミールを通じて自分の生涯をやり直したいという願望を思うとき、ちょうど、両人の出会いという出来事が、エミールにとってもソフィにとっても、これまで空想の中でしか会うことができなかった理想の恋人の現実化という一種の奇蹟であり恩寵であるように、最初から現実に身を置くルソー自身は、現実以上に真実に近い(真実への近さという点で現実をもしのぐ)虚構を作ったという栄光を望むことが一度もなかったとは思われない。
エミールの教育の全過程を貫くこの虚構性と真実性との同居、あるいは真実なる虚構という逆説がいかなる帰結をもたらすかを知るためには、おそらく、夏の間中楽しい恋の喜びに浮かれていた彼に対して、すぐにソフィと結婚しないでいったん彼女と別れなさい、そして2年ばかり諸国を経巡り、政治制度の研究をするのだと命じるときの、「私」の一世一代の大演説を検討する必要がある。エミールは、いまこそ情念の奴隷ではなく、その主人となることを学ばねばならない。徳あるもの、すなわち「自分の愛情に打ち勝つことのできる人間」とならねばならない(注41)。たとえ運命の荒波の中で失いうるものを失っても平気でいられるよう、自分の分限を知って謙虚にそこにとどまることを知らねばならない。分不相応な願いを抱き、実現の見込みのない空想に耽るようなことがあってはならない。以下の引用文に書いてあるとおり、これらの教えが「人間であれ」というただ一言の中に凝縮されうるというのは意義深いことである。人間の有限性について論じた文章として、単に18世紀人の面目躍如たるものがあるというだけでなく、おそらくは西洋哲学史全体を通じても屈指の感銘深いものであろう。

 私が長々と道徳について教訓を述べることなど期待しないでほしい。きみにあたえるべき教訓はただ一つしかなく、それに他のあらゆる教訓が含まれている。人間であれ。きみの心を、きみにあたえらえた条件の限界内に引きとめるがいい。この限界を研究し、知るがいい。それがどんなに狭くとも、そのなかに自分を閉じこめるかぎり、私たちは不幸にはならない。限界を越えようとするときにのみ、私たちは不幸になる。無分別な欲望のままに、不可能なことを可能なことと考えるときに、私たちは不幸になる。自分の人間としての身分を忘れて、空想的な身分を、しかしそれから落ちてもとの身分にもどるに相違ないところの身分を思いえがくとき、私たちは不幸になる。それをもたないことが人間にとって苦痛な善いものとは、私たちがそれに対する権利をもつと信ずるもののみである。これを獲得するのが明白に不可能なとき、私たちの心は離れ、希望のない願いに私たちの心は悩まされない。乞食は、国王になりたいという欲望に悩むことはなく、国王は、自分がもはや人間ではないと信ずるときにのみ神になりたいと思うのだ。
 傲慢さの生む錯覚は現代の最大の悪の源泉である。これに対し、人間のみじめさについて深く考えることは、賢者につねに中庸をまもらせる。彼は自分の占めるべき地位に止まり、それから脱け出ようとあがくことはない。自分がもちつづけられないものを享楽しようと力を無駄に消耗することもなく、いまもっているものを正当に所有するのにすべての力を用いる。彼は、あらゆる点で私たちより欲望をもつことが少ないことによって、実際上、私たちよりもずっと力と富をもっているのだ。死すべき存在、滅ぶべき存在である私は、すべてが変わり、すべてが過ぎ去るこの地上、この私が明日にもそこから消えて行くこの地上において、永遠のきずなをわがために作ろうというのか。おお、エミール、わが子よ、きみを失って、私になにが残されるだろうか。それでも私はきみを失うことを学ばねばならないのだ。きみがいつ私の手から奪われるか、知るものはないからだ。
 だから、幸福に、そして賢明に生きることを欲するのであれば、きみの心を、けっして滅びることのない美だけに結びつけるがいい。きみのおかれている条件をきみの欲望の限界とし、きみの義務をきみの好みに先行させるがいい。必然のおきてを精神的なことにまでおし及ぼすがいい。人がきみの手から取りあげることのできるものを失うことを学ぶがいい。徳が命ずるときにはすべてを捨てることを、偶然のできごとを超越することを、そうしたできごとに心を引き裂かれずに、きみの心を引き離すことを、けっしてみじめにならないように逆境にあっても勇気を失わないことを、けっして罪をおかさないように義務をかたく守ることを学ぶがいい。そうすれば、きみは、運不運にかかわらず幸福であり、情念をもとうともつまいと賢明であろう。そうすれば、きみは、こわれやすいものを所有することにさえ、なにものもかき乱すことのできない快楽を見出すであろう。きみがそういったものを所有して、ものがきみを所有することはないであろう。そして、きみは、すべてが失われてしまう人間が楽しむことができるのは、彼が失うことを知っているもののみであることをさとるであろう。きみは、たしかに、架空の楽しみの幻想をもつことはないであろうが、その果実たる悩みをもつこともないであろう。この交換によって、きみは得るところが大きいであろう。この悩みはひんぱんに襲う現実の悩みであり、この楽しみはまれにしか味わえない空虚な楽しみであるからだ。多くの偽りの意見に打ち勝ってきたきみは、生にきわめて大きい価値をあたえる意見にもまた打ち勝つであろう。きみは平安のうちに生を送り、なんの恐れもなく生を終えるであろう。あらゆるものと同様に、生に執着をもつことはないであろう。他の人間が、恐怖にとらえられ、生を去るとき存在も終わるのだと考えるとき、生の虚無なることを知るきみは、生を去るとき存在が始まるのだと考えるであろう。死は、よこしまな人間の生の終わりであり、正しい人間の生の始まりなのである。(注42)

これらの教えに含まれる洞察自体の価値は疑いえないし、不滅のものでさえあるかもしれない。ここにはほとんど、「私は何を知りうるか」(認識の限界の探究)、「私は何をなすべきか」(道徳的な自律の探究)、「私は何を希望してよいか」(理性に許容されるかぎりでの信仰の探究)というあの三つの問い、そして最も根本的な「人間とは何か」という問いに導かれて批判哲学の営みに赴く、のちのカントの所作を予告するようなところさえある(注43)。越えがたい限界を課せられ、しかもこの限界を踏み越えようとする空しい衝動を持つことがありうるエミールは、それゆえにその衝動を自制することを心掛けねばならない。『エミール』におけるルソー、あるいは少なくとも「私」は、カントに先んじて、そこにこそ人間を人間たらしめるゆえんが存するはずであると信じた。
しかしながら、いぶかしいと同時に興味深い事実として看過できないのは、『告白』が伝えるルソーの自画像は、それとはまるで正反対の傾向を体現しているということである。なんとなれば、『告白』の著者は、あまりにも早く、わずか6歳かそこらで始まった小説の読書が「人生について奇妙で小説的(ロマネスク)な観念を私に与え、経験も反省もけっしてそれを直すことができなかったのである」と嘆いてみせ、続いて読んだ歴史書や伝記も空想癖を根絶するには至らなかったばかりか―「私は自分をギリシア人かローマ人と思っていた」―(注44)、思春期の到来とともに、それがますます甚だしくなったと書いているからだ。

ずっとまえから動かされていた私の感覚は、ある享楽を求めていたのだが、その対象を想像することもできなかった。私はまるで性を持たないかのように、現実から遠いところにいた。だがすでに、思春期で多感な私は、ときには自分の狂おしい性癖のことを考えるのだったが、それより先のことはなにもわからなかった。この奇妙な状態にあって、不安な想像力は一つの方策を決め、それで私を救い、目覚めたばかりの肉感を鎮めた。それは、自分の読書のなかで興味を持ったさまざまな境遇を心の糧とし、それらを思い出し、変化させ、組み合わせ、自分にあてはめることであった。そんなわけで、私は自分が想像する人物の一人となり、自分の趣味に従ってもっとも好ましい地位に身をおき、ついには架空の境遇に身をおくことによって、不満な現実の地位を忘れたのである。想像上の対象に対するこの愛と、簡単にそれに没頭できるということによって、私は自分をとりまくものがなにもかもいやになり、このとき以来ずっと残ったあの孤独に対する趣味を決定したのである。(注45)

夢想の中でしか幸福でないというこの気質(注46)、それに加えて極端に激しい心情と極端に控えめな精神という両極への分裂(注47)―要するに、ルソーその人はエミールの家庭教師である「私」とは、ましてやエミールとは、似ても似つかない存在であり、むしろ一人目のソフィに近いのだ。ルソーは、「私が自分自身でなくなるという、錯乱の瞬間」(注48)、すなわち知り合いの有能な音楽家に憧れるあまり、音楽のことなどろくに知らないのに彼にあやかった偽名を名乗って作曲家のふりをし、案の定馬脚をあらわすという愚行を悔いながらも、それでいて自然が風光明媚なヴヴェイの地を作ったのは粗野な現実の住民のためではなく、自分の小説(『新エロイーズ』)の登場人物のためであるはずだという奇妙な自信を捨てはしないし(注49)、経験の蓄積がようやく「小説的な計画」を弱め始めたと書いたはしから、性懲りもなく「心地よい幻想が私の道づれであった。そして私の想像熱が、これほど壮大な幻想を生みだしたことはなかった」などと、まるで矛盾したことを平気で書きもする(注50)。してみれば、たとえ一人目のソフィの場合ほど破局的なものではないにせよ、現実から加えられる同様の決定的な痛打は、彼に対してもやはり一種の荒療治として必要ではないかとさえ思えてくる。
しかし、逆説的なようでも、まさしくそのことこそがルソーをして『エミール』の著者たらしめたのではないか。旺盛な想像力を駆使して、現実に自身が位置する一方の極から、完全にそれとは対極的な立場(文明の中で望みうるかぎりの、理想的な自然人の生)へと飛躍し、そしてその立場のことを延々と詳細に思い描き続けること―このような能力は結局エミールのものではないし(現に「私」は彼に対して、そんなものを持つなとくどいほど言い聞かせていた)、いくら現代ほど生活がせわしなくはなかった旧体制下のフランス社会を見渡しても、そう誰もが具えていたとは思えない。
「人間であれ」という教えが端的に示すように、エミールは真実なる人間、人間性の体現者であるはずだ。しかしだとすれば、ほんの少しでも彼の生き方から外れた者は、たちまち人間の名にふさわしくない、何か怪物じみた存在と化すはめになりはしないか。いわんや、頁の外から自分とはまるで対照的なエミールの生をあれやこれやと想像するルソーは、一体何者ということになるのだろう。ソフィと別れることに難色を示すエミールを説得すべく、人間の有限性という主題についてなおも熱心に力説する「私」の演説の続きは、その思いがけぬ、場違いなほどの陰気さによって、こうした疑問を読者に抱かせずにはいない。

 エミール、人間が、どんな状況に身をおくにしても、この三か月間のあなた以上に幸福でありうる、とあなたは思っているのか。もしそう思っているのなら、それは間違いなのだ。生の快楽を味わうまえに、あなたは生の幸福をくみ尽くしてしまった。あなたが感じた以上のことは一つもないのだ。官能の至福はつかの間のものだ。心の平常の状態はつねにそれによって害われる。あなたは、現実に享受しうる以上のものを希望によって享受してしまったのだ。人が望んでいるものを飾りたてる想像力は、それを所有した途端に去っていく。それ自身によって存在する唯一の存在を別にすれば、存在しないもの以外に美しいものはなに一つとしてない。あの状態がいつまでも続きえたとすれば、あなたは最高の幸福を見出せたろう。しかし、人間にかかわりのあるものはすべて、人間から老衰をうつされる。人生においては、すべては有限であり、すべては通り過ぎる。そして、君たちを幸福にする状態がたえず続くとしても、これを享受する習慣がその味覚を私たちから奪ってしまう。外面ではなに一つ変わらないとしても、心は変わる。幸福が私たちから離れるか、私たちが幸福から離れるのだ。(注51)

想像力によって頭の中で実態以上に膨れ上がった幸福というもののはかなさと、それゆえの避けがたい幻滅についてのこの訓戒を読むと、昂奮のあまり調子が乱れ、無残にひび割れた「私」の声の下に、悲鳴にも似たルソーその人の肉声を聞く思いがする。これほどまでに彼はエミールの幸福を羨み、嫉妬していると同時に、これほどまでにその幸福が壊れることを恐れ、おびえているのだ。なるほど、エミールは空想に見切りをつけて旅に出さえすれば、それでよいのかもしれない。だが、作者であるルソー自身はその一部始終を書いている間も、というよりも彼がそれを書いているかぎり、依然として空想の囚人であるほかないのである。そして結局のところ、みすぼらしい現実が魅力的な空想を打ち壊しそうになるとき、ルソーが味方するのは前者ではなくて後者なのだ。それはつまり、他人はおろか自然そのものによっても凌駕されえないほどに豊かな想像力という富であり―「というのは、私の想像力を豊かさにおいてしのぐことは、人々にはできないし、自然そのものにとっても困難だからである」(注52)―、その中でも最上なのは「自然全体を思いのままに自由にする」という旅行中の夢想であって、これは書かれ、紙の上に定着されることさえなかったので、いまとなってはそれ自体が追想・再構成の対象であるし(二重の虚構性、現実からの二重の隔離だ)、「私は大いに空想の国をさまよったので、じっさい何度か道に迷ったほどである」(注53)という文章を信じるなら、ときには旅行者の目から周囲の現実を隠してしまうほどの威力をも発揮する。そのようなことになるのは、原理的に、想像力が現実に背いて働くものだからだということに、ルソーは目ざとくも気づいている。

 まったく奇妙なことであるが、私の想像力が気持よく働くのは、私の境遇がもっとも不愉快なときだけであり、反対に、なにもかもが私の周りで微笑んでいるときには、想像力はおよそ微笑むことはない。私の頭はひねくれ者で、事物に従うことができない。美化することができず、創造しようとする。現実の対象は、せいぜいあるがままにしか描かれず、美しく飾れるのは、想像上の対象だけである。春を描こうとするならば、私は冬にいなければならない。美しい景色を描写しようとするならば、壁のなかにいなければならない。そして何度も言ったことだが、もし私がバスチーユの牢獄に入れられたならば、そこで自由の絵巻を描くであろう。(注54)

もちろん、「もし私がバスチーユの牢獄に入れられたならば、そこで自由の絵巻を描くであろう」という仮定は、あくまでも誇張を好むルソー流の修辞から生まれたにすぎず、彼としてはなにも予言のつもりでこんなことを書いたわけではあるまい。だがしかし、あたかもこの縁起でもない空想が実現したかのように、『エミール』よりも少しだけ後の時代に、本当にバスチーユに投獄され、獄中で飽くことなく「想像力の自由」を追求し続けた作家を、今日の我々は少なくとも一人知っている。反宗教的な考えを説く自由思想家から性的逸脱に耽る放蕩者へと移り変わってきた、「リベルタン(libertin)」なる語の意味の歴史的変遷を体現するかのような、典型的なリベルタン文学を大量に書き残したサド侯爵のことを知っている(注55)。そしてこの場合、両者の違いは、サドが牢獄の現実を忘れ、それから逃れるための解放の手段として想像力に救いを求めたのに対し、ルソーにとっては、想像力そのものが現実との接触を妨げる牢獄であり、しかも彼自身は脱出の個人的な不可能性を知って結局そこを終の棲家として選んだという点に存するのではないか。
この苦い知恵、そして2年間の旅行を終えたエミールがようやくソフィと結ばれ、自立した一組の夫婦として、二人が親元からも教師の監督からも離脱しなくてはならないはずの晴れがましい婚礼の日に至ってなお「私」の頭を去らない、彼らは自分が手塩にかけて育て上げた「作品」だという自負(注56)―これらは、『エミール』の世界が、ほかならぬルソー自身の目にも、美しいことは美しいがいささかよくできすぎている、箱庭じみた虚構として映っていたことの証左として読むことができる。その手の作品が末永く安泰であるためには、あまりに激しい波乱万丈は禁物で、「細く長く」を心掛けねばならない(注57)。たしかに、人間世界を外から見ることで相対化するような視線をもたらす、いわばその縮図としての作品のあり方なら、ヴォルテールのコントやハイドンのオラトリオ(『天地創造』・『四季』)など、他にも18世紀には多くの例があるし、名高い『百科全書』にも通じる発想だろう。また、一人の人間における諸能力の形成の順序をたどる思考実験も、「モリヌークス問題」やコンディヤックやラモー(ルソーの論敵だった)のオペラ『ピグマリオン』などとの共通性を考えさせられる。同時代の、それら啓蒙主義的な文化の文脈から『エミール』を分かつルソーならではの特異性というものがあるとすれば、おそらくそれは、そのような視線に飽き足らぬものを感じつつも彼がなんとか自分を納得させようとしている、ねじれた努力の中に求めるべきではないか。『エミール』がはたして単純にして素朴なる自然さという理想を示すことに成功しているかどうかは、はなはだ疑問である。だが、そのような理想を信じ、また信じさせようとする執拗な努力を通じて、逆説的にも、それとは反対の状態が人間の逃れがたい運命であることが、作品を無邪気な幸福の境地に保つべくさんざん工夫を重ねた末に、ただ一人知の中に取り残される虚構の作者の孤独な立場に即して露呈してくるという事態に比べれば、そんな疑問は大した重要性を持たない。
未刊に終わった続篇で、エミールが師に宛てて書いたという体裁の書簡体小説『エミールとソフィ』におけるルソーは、まず「第一の手紙」では、これでもかと襲いかかる不幸に苛まれ―ソフィの両親と自分たちの愛娘のあいつぐ死、引っ越し先の都会で浮薄な生活が夫妻にもたらした堕落、そしてなんと他の男性の子をみごもってしまい、夫に合わせる顔がないと感じて苦悩するソフィ―、すっかり打ちひしがれたエミールに、恨みがましい調子で早すぎた師の引退を嘆かせたかと思うと(注58)、一転して「第二の手紙」では、祖国フランスを捨ててアルジェで奴隷の境遇に身を落とした彼に、それまで受けてきたどんな教育もこの奴隷としての経験ほどには自分にとって有益でなかったという大胆な主張を、はばかることなく表明させている。

 そうです、父よ、私は断言できます。奴隷であったときこそ、己が御代だった、己れは蛮人の鎖につながれていたときほど、己が身に対して大きな力を持ったことはなかった、と。彼らの情欲に服従させられながら、そのような情欲を分かち持つことはせず、私は、自分の情欲をよりよく知ることを学びました。彼らのばかげた行ないは、私にとって先生の訓戒よりも、もっと生きた教えとなりました。そして、この粗暴な教師のもとで、私は、先生のおそばで学んだよりも、もっと有用な哲学の勉強をしました。(注59)

かつてポール・ド・マンはデリダのルソー論への批判的応答として、「ルソーのテクストに盲点は存在しない」と断定したことがある(注60)。「私」が作者でありエミールが作品であるという関係が変わらないかぎり残存するはずの両者の非対称性と、前者に対する後者の依存性、そしてそれにもかかわらず見せかけの自由から引きずり出され、不幸のどん底に叩き込まれて初めてエミールの心に芽生える真の自立性、等々をめぐる問題がまがりなりにも問題として言語化されている『エミールとソフィ』を読んでいると、どこまでこの死角のなさを意図的なものとみなしてよいかという疑問を感じつつも、私もド・マンの判定に味方したくなってくる。

なお、『エミール』の日本語訳として参照したのは、白水社版『ルソー選集』に三分冊で入っている、樋口謹一による翻訳である。複数の訳本がある中で一番手近だったからというのが理由だが、第三分冊になると根気が続かなかったのか、数頁ごとに原文を確認したくなるような訳文が散見される。その中には、« et comme si ce n'étoit pas dans un cœur honnête qu'il faut chercher ses prémiéres loix »(注61)すなわち「そしてあたかもその最初の諸法則を探し求めなくてはならないのは誠実な心の中にではないかのようだ」を、「またあたかも、誠実な心のうちにでなければその最初のおきてを求めるべきではないかのようだ」(注62)と訳したり(否定が逆転して、肯定というか限定と化している)、« mais elles ne trouveroient pas leur compte à cette réforme et malheureusement elles donnent le ton »(注63)すなわち「しかし彼女らはこんな改革で得することはないはずだし、そして不幸なことに彼女らこそが音頭を取る立場にあるのである」を、「しかし、こういう改革は妻たちには引き合わないことであり、そして不幸なことに、範を示したのは彼女たちであったのだ」(注64)と訳したりと(条件法と現在形の組合せが、現在形と半過去形ないし単純過去形との組合せに変わっている)、明らかな誤訳もある。岩波文庫版(今野一雄訳)や河出書房新社版(「世界の大思想 17」、平岡昇訳)、それから、古いことは古いし妙にぞんざいな調子の文体が気になるものの、平林初之輔による日本で最初の完訳版のほうが、正確さではまさっているようだ。


(1)ルソー『ルソー選集 8』(樋口謹一訳、白水社、2004年第4刷)10-11頁。引用に際して、本文中で説明したとおりの改変を施した。
(2)Cf. Jean-Jacques Rousseau, Émile, I, in Œuvres complètes, t. IV, édition publiée sous la direction de Bernard Gagnebin et Marcel Raymond, Gallimard, 1969, p.245.
(3)ルソー『ルソー選集 8』(前掲書)16頁。
(4)同書17頁。
(5)同書31頁。
(6)同書37-38頁。
(7)同書90頁。
(8)同書102頁。引用に際して、原文中の« La sphére de l'un et de l'autre lui étant également inconnüe »に相当する箇所を、「どこまでが可能か、どこまでが不可能かの範囲はいずれも子どもにはわからないのだから」から、「可能なことの範囲はどこからどこまでかも、不可能なことの範囲はどこからどこまでかも、子どもにとっては等しく未知なのだから」に改めた(Cf. Jean-Jacques Rousseau, Émile, II, op. cit., p.321)。直訳すれば、「双方の圏域は彼にとって等しく未知なのだから」とでもなるか。
(9)同書106頁。
(10)ルソー『ルソー選集 9』(樋口謹一訳、白水社、2004年第2刷)50頁。
(11)同書64頁。
(12)同書110-111頁。
(13)プルタルコス「ピュロスとマリウス」、『英雄伝 3』(柳沼重剛訳、京都大学学術出版会、2011年)272-273頁。
(14)『ルソー選集 9』(前掲書)159頁。なお、« véritable action »が単に「行動」と訳されていたので、形容詞の欠落を補って「真の行動」に改めた(Cf. Jean-Jacques Rousseau, Émile, IV, op. cit., p.576)。
(15)同書161-162頁。
(16)同書162頁。
(17)同書165頁。
(18)この見解は、伝統的な神学とは対照的である。それというのも、例えばトマス・アクィナスは、『神学大全』第44問題第2項主文において、神は存在全体の原因であって第一質料といえどもその点で例外ではありえないと述べ、続けて第45問題第1項、同第2項、同第5項のそれぞれ主文において、神という普遍的な原因による存在全体の流出ということを考えた場合、それは先行する何らかの存在を前提とするわけにいかない以上無からの(ex nihilo)創造であること、そのような創造は神に可能であるし、しかもただ神にのみ特有な働きであることを論じているからだ。参照したのは、『神学大全 IV』(高田三郎・日下昭夫訳、創文社、1973年)7-8頁、19頁、23-24頁、34-36頁である。
(19)ルソー『ルソー選集 9』(前掲書)171頁。
(20)もっとも、カトリック教会の関係者が堂々とこんな意見を口にすれば、現代でも顰蹙を買うのは免れまいと思う。せめて助任司祭ではなくて、例えば異邦から来た架空の哲学者を語り手にしていれば、著者ルソーへの風当たりも少しはましだったのではないか。
(21)ルソー『ルソー選集 9』(前掲書)229頁。
(22)同書236-237頁。
(23)ルソー『ルソー選集 10』(樋口謹一訳、白水社、2004年第2刷)3-6頁。
(24)同書6-7頁。引用に際して、「私が彼に言おう」を「私は彼に言おう」に改めた。
(25)同書17頁。
(26)ルソー『ルソー選集 8』(前掲書)31、37-38頁。
(27)ルソー『ルソー選集 10』(前掲書)126-127頁。
(28)同書127頁。
(29)同書136頁。
(30)同書146-147頁。
(31)同書150-151頁。
(32)ルソー『ルソー選集 9』(前掲書)24頁。
(33)同書211、217頁。
(34)ルソー『ルソー選集 10』(前掲書)119頁。
(35)同書152頁。
(36)同書153頁。
(37)同書161頁。
(38)同書168-171頁。
(39)同書172頁。
(40)同書203頁。
(41)同書224頁。
(42)同書226-228頁。なお、第一段落末尾の「神になりたいと思うのだ」は、「神になりたいとは思うのだ」とあったのを改めた結果である。
(43)坂部恵『カント』(講談社学術文庫、2001年)191-194頁。なお坂部は、カントの日課であり、時計のように規則正しかった午後の散歩が『エミール』の読書によって中断されたという有名な逸話を紹介するだけでなく、まさにルソーの著作との出会いこそが、それまで博物学的な自然研究に熱中していたカントに人間を尊敬することを教え、学者のおごりを捨てて広く人間の世界全般に関心を広げるよう促したという事実をたびたび強調している。
(44)ルソー『ルソー選集 1』(小林善彦訳、白水社、2006年第4刷)8-9頁。
(45)同書47頁。
(46)同書127頁。
(47)同書41-42、134頁。
(48)同書176頁。
(49)同書182頁。
(50)同書188-189頁。
(51)ルソー『ルソー選集 10』(前掲書)229頁。引用に際して、「もうそう思っているのなら」を「もしそう思っているのなら」に改めた。
(52)ルソー『ルソー選集 1』(前掲書)190頁。
(53)同書194-195頁。
(54)同書205頁。ただし、原文中の« Ma mauvaise tête »に相当する箇所を、「私の意地悪な頭は」から「私の頭はひねくれ者で」に改めた(Cf. Jean-Jacques Rousseau, Les Confessions, IV, in Œuvres complètes, t. I, édition publiée sous la direction de Bernard Gagnebin et Marcel Raymond, Gallimard, 1959, p.171)。
(55)「訳者解説」、マルキ・ド・サド『閨房哲学』(関谷一彦訳、人文書院、2014年)330-339頁。参照したのは「VI. リベルタン文学としての『閨房哲学』の位置」および「VII. サド文学の読解」の二節で、「想像力の自由」という言葉も338頁から拝借した。なお、サドが自らの反社会的な主張を正当化する際に、権威として、または踏み台として援用する古今の思想家たちの中でも、ルソーはひときわ重要な存在である。本作でも、「第三の対話」で残虐性を擁護するドルマンセが、この性質は文明がもたらした堕落の結果なのではなく、誰もが生まれつき持っている自然の賜物である、それゆえ唯一可能な残虐性の修正、すなわち教育によるそれは「自然の聖なる効果を害する」ものでしかないと語り、ついで「君の家にある果樹園のなかで、自然のままに任せた木と、強制的に人の手を加えた木とを比較してみるがよい。どちらがより美しく、どちらがより美味しい実をつけるかがよくわかることだろう」という実例を挙げているのは、おそらく―訳注にはこの点の説明がないので私の憶測だが―、『エミール』第一篇の冒頭を換骨奪胎しつつ、ルソーへの挑発的な応答を試みたものであろう(100頁)。
(56)ルソー『ルソー選集 10』(前掲書)289頁。
(57)「私」がエミールとソフィに与える最後の教えは節制のそれであり、子供が産まれるまでは妻が夫に対して適度によそよそしく振る舞い続け、性交渉を稀な恩恵にすることが夫婦和合の秘訣だ、というものである。
(58)ルソー『エミールとソフィ または孤独に生きる人たち』(戸部松実訳)、『ルソー全集 第八巻』(白水社、1979年第2刷)475頁。
(59)同書519頁。「己れ」は「おれ」と読めばよいのだろう。
(60)ポール・ド・マン『盲目と洞察』(宮﨑裕助・木内久美子訳、月曜社、2012年)236頁。
(61)Jean-Jacques Rousseau, Émile, IV, op. cit., p.669.
(62)ルソー『ルソー選集 10』(前掲書)34頁。
(63)Jean-Jacques Rousseau, Émile, V, op. cit., p.738.
(64)ルソー『ルソー選集 10』(前掲書)120頁。
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