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つじこの

一応、本とかの批評のつもり。趣味的な備忘録

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C87の戦利品(補遺) 

振り返ってみれば結局昨年(2014年)のエロ漫画界は近年にない豊作だった。
試みに、特に顕著な存在感を放っていた単行本を刊行された順に列挙してみると、以下のような感じになる。
なお、発行日については奥付の記載に準拠しているので、店頭に並び始めた日は当然もっと早い。

天太郎『Melody』(コアマガジン、1月11日)
なるさわ景『放課後の三月ウサギたち』(ヒット出版社、2月27日)
紙魚丸『QUEENS GAME』(コアマガジン、3月14日)
BENNY'S『オトコのコプレイ』(メディアックス、4月10日)
DISTANCE『じょしラク!』(ワニマガジン社、4月20日)
龍炎狼牙『まやかし艶舞帖』(富士美出版、5月5日)
藤ます『君がため心化粧』(ワニマガジン社、5月20日)
師走の翁『アイブカ!(仮)』(ヒット出版社、5月23日)
豆『ミルク*クラウン』(茜新社、5月30日)
Cuvie『Yummy!』(富士美出版、6月10日)
もずや紫『白黒♥ロワイヤル』(エンジェル出版、6月17日)
柚木N'『姉キュン!』(茜新社、7月10日)
まばん『発情ラヴァーズ』(茜新社、7月10日)
Cuvie『色めく彼女』(ワニマガジン社、7月30日)
世徒ゆうき『アラルガンド』(ティーアイネット、8月15日)
無望菜志『NTR2』(ワニマガジン社、8月18日)
水龍敬『貞操観念ZERO』(コアマガジン、8月23日)
いとうえい『花のさえずり』(ワニマガジン社、9月10日)
すがいし『たべざかり』(ワニマガジン社、9月10日)
へんりいだ『はつこいりぼん。』(ワニマガジン社、9月30日)
鈴木狂太郎『戦車コレ』(ヒット出版社、10月23日)
A-10『GIRL? NEXT DOOR』(ワニマガジン社、10月30日)
六角八十助『せっくすのしくみ』(ワニマガジン社、10月30日)
みやもとゆう『発情乙女カタログ』(マックス、11月1日)
エレクトさわる『神曲のグリモワールII』(キルタイムコミュニケーション、11月6日)
或十せねか『Brandish6』(キルタイムコミュニケーション、11月6日)
上田裕『よい子はしちゃダメ!』(茜新社、11月10日)
F4U『好奇心はネコをもアレする』(ワニマガジン社、11月20日)
イシガキタカシ『僕はあなたにワンと鳴く』(ワニマガジン社、11月30日)
新堂エル『純愛イレギュラーズ』(ティーアイネット、12月5日)
高津『王様アプリ』(ティーアイネット、12月19日)
ReDrop『ヒメパコ』(ワニマガジン社、12月20日)
胃之上奇嘉郎『奉仕委員のおしごと』(ワニマガジン社、12月28日)

以上、改めてみるとなんとも豪華な顔ぶれである。定評ある実力者が満を持して放つ数年ぶりの作品集あり、注目を集める新人の初単行本あり、手練れの同人作家の参戦あり、といった具合に内実が多様なことにも驚かされる。
特に十月の後半から年末にかけては、一体どうしたのかと思わされるほどの狂い咲きである(もっとも師走の翁と同じく、新堂エルやReDropも私の好みからは外れているのだけれど、それだからといって無視することはできない)。
ちなみに、私が一番気に入っているのはみやもとゆうの『発情乙女カタログ』で、ひところは毎晩寝る前に読んでいた。こういう楽しみ方が作者の意にかなうのかどうかわからないが、読むと安らかな気持ちで眠りに就くことができるのだ。
しかも嬉しいことに、この怒涛の勢いは今年に入ってもまだ続いている。雪路時愛の『おねだりせーし』は年末にはすでに店頭で買えたもので、個人的には『発情乙女カタログ』に次ぐ昨年のお気に入りとなったのだが、奥付によると正式な発行日は1月5日である。これを先駆として、以後年が明けてからも岡田コウの『Aサイズ』(2月6日)、アシオミマサトの『発情メソッド』(2月28日)、関谷あさみの『僕らの境界(ライン)』(3月10日)、三巷文の『こんなこと』(3月30日)、なるさわ景の『はげませっ!エッチアガール』(4月10日)、そして佐々原憂樹の『少女フィリア』(5月10日)と、見逃せない単行本が続々と上梓されてきたのだ(注1)。
あと、犬星と稍日向の名前を再び成人向け雑誌で見かけるようになったのも実にめでたい。本人の自覚はどうなのか知らないが、井ノ本リカ子もだんだん調子が戻りつつあるようだ。

他方で同人誌のほうも相変らず活況を呈しており、あだやおろそかにできない。特に今月(五月)は各種の即売会が目白押しで、いろいろと収穫があった。しかし、それについて何か書く前に、書店委託で買った昨年末の冬コミ(C87)における新刊に触れておくのが順序だろうと思い直したので、今さらにもほどがあるとはいえ、そうすることに決めた。

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まずはサークル「Lv.X+」(柚木N')の『ヒトヅマ姉』である。姉弟ものは私も好物だが稀少なので、こういう良作を描いてもらえるのはありがたい。しかし、この場合は題名のとおり嫁いで人妻となっているわけで、欲張って二兎を追おうとした結果いまいち姉らしさを活かしきれていないようなもどかしさも感じる。逆説的ながら、姉弟という設定さえあればそれだけで舞い上がって有頂天になってしまう、作者の業の深さはその分ありありと伝わってくるのが面白い。総じて手や男性器など肉体の末端部分が心もち小さすぎるためか表情に乏しかったり、男の服装が妙に野暮ったく見えたりするのはいつものことだが、見方次第ではそれもかえって生々しさの印象を倍加させているようだ。
それと、サークル「NANIMOSHINAI」(笹森トモエ)の『サキュバステードライフ』もよい。この人は、商業での活躍は知っていたが、同人活動に関しては、だいぶ以前の博麗神社例大祭で気になりはしたものの結局立ち読みだけで済ませてしまい、それ以来すっかり忘れていた。ところが、どうやらあまり私が興味を持っていなかった『氷菓』や『ラブライブ!』の二次創作を通じて大いに研鑽を積んできたらしく、いままで見逃していたのは残念至極である。ただしこの本は二次創作ではない。内容は、一見大人しそうだが実は並外れて性欲の強い、はちきれんばかりに豊満な体型の女の子によって気弱な少年が干からびる寸前まで吸い尽くされるというもので、つまりは商業作品と同様の趣向である。また、筋書のみならず絵柄に関しても、あまり引き出しの数は多くないようだが、その代わり自分が描きたいものをひたすら追求している観があり、これはこれで好もしい。なかんずく脂肪の多い女体のしっとりした色白の肌の質感は他の漫画家と比べたときに明らかに目立つ長所であるし、その上に小刻みな動作がこれ見よがしの大袈裟な身振りの回避とあいまって、現実感と卑猥さを高めている。強いて注文をつけるとすれば、人体の厚み、および各部分の間の釣り合いや連結にさらなる自然な安定感を与えるべく、いま以上に骨格(特に骨盤と肩甲骨)に留意する余地があるのかもしれない。

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お次はサークル「Digital Lover」(なかじまゆか)の『DL-艦娘総集編』である。言わずと知れた同人界の生ける伝説のような存在だが、大昔の名高いラグナロクオンライン本はともかく、それ以降は、掛け値なしに名作と呼べる一連の黒猫本(もちろん、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の黒猫だ)を例外として、何となく敬遠してきた。増えすぎた読者の期待に律儀に応えようとするあまり安全運転に終始し、その時々の流行に乗じながら結果的に判で押したような代わり映えのしない本を惰性で量産するようになった……とまで断じる気はさすがにないが、どこまで作者が原作に愛着や思い入れがあるのか、正直首を傾げたくなる時期が続いていたのだ。
しかし、艦隊これくしょんに関しては、どうやらいささか事情が違うようだ。今さら指摘するまでもなく、このゲームの二次創作を試みる場合に避けて通れないのが、原作では空白のままになっている提督の存在をどう処理するかという問題であろう(その点を十分理解しないまま、無理にこの問題を回避しようとすると、アニメ版のように袋小路に追い込まれてにっちもさっちもいかなくなってしまう)。もっとも実際の作例を見ると、主役はあくまでも艦娘そのものだからか相方を務める提督に関してはごくあっさりとした描写で済ませているサークルも多いし、別にそれでも不足はない。だが、「Digital Lover」の同人誌の場合は、原作における空白をよいことに、提督がほとんど名実ともに主人公と呼んでもよさそうな存在感を授けられている。といってもこの提督は百戦錬磨の頼もしい名将などではなくて、ただただ女(たち)の野放図な欲望に仕える一方の、愛玩動物のようなものでしかない。何よりもまず、彼は見目麗しい、あどけない美少年であらねばならない。そして、飛び級するほどの卓越した知能に恵まれた天才児でもあらねばならないが、それでいて実際の演習では頭の固さゆえに惨めな敗北を喫して自尊心を粉々に打ち砕かれねばならず、そこにつけこんだ艦娘たちによってたかってさんざん弄ばれ、性的な辱めを受けねばならない。もちろんこれに恐れをなして逃げ出すようであっては困るわけで、したがって彼は年端もゆかぬくせに性欲旺盛かつ精力絶倫でもあらねばならず、全員を一人残らず満足させるまでは休憩もそこそこに奮闘し続けてくれねばならない……という調子であり、これだけ多くの「ねばならない」(当為)が打ち重なって一揃いの束をなしているところが、他のサークルには見られない「Digital Lover」ならではの特色であると判定できる(たぶん、このサークルが東方Projectや『ラブライブ!』の二次創作に手を出してこなかったのも、これほど自然な形で理想的な少年を登場させるのが難しいからではないか)。要するに、男性の身でこの世界に参入して女性たちから愛されるためには、こまごました以上の注文を全て満たす必要があり、そうでない者には資格が与えられないのだ。
この観点からすれば、視覚を封じられた状態で淫らな神経衰弱を強制された提督が、ようやく艦娘ごとに異なる性器の形を判別することが可能になり始めるとともに「みんな違う」という認識に至るくだりなどは、「『Digital Lover』の同人誌など、どれも同じだろう」と思っている男性読者への痛烈な皮肉として読めぬこともないし、その他にも注目に値する頁は数多い。中でも、このままではさすがに体がもたないからとせっかく「休日」を設けたにもかかわらず抜け駆けしてきた大和と結局ことに及んでしまうばかりか、思いのほか早く訪れた射精の直後に―「充分、満足/させられ/なくて・・・・っ」という理由で―開口一番謝罪を口にするという言動が端的に示しているように、提督自身がすっかり男娼同然の立場になじんでしまい、それに対する違和感を覚えなくなっているのは、冷静に考えると結構怖い(しかも、その謝罪の台詞たるや、「すまない」でもただの「ごめん」でもなくて「ごめんなさい」だ。司令官としてあるまじき卑屈さではないか)。いま大和について「抜け駆けしてきた」と書いたけれども、これは一種の言葉のあやで、正確ではない。実際には、なんとかして提督を誘惑してやろうと思い思いの工夫を凝らす他の艦娘たちと比べて、彼女の挙動からはその種のいかがわしい底意がまるで感じられないからだ。世間周知の掟によれば、いずれ劣らぬ魅力的な恋敵が大勢いる中で意中の相手の好意を手に入れたいという場合、本来なら相応の努力を払う―夏目漱石風に表現するなら、自分を愛させるべく何らかの技巧を駆使する―必要があるはずである。しかるに、たまたま提督が夜の庭に一人でいるところを見つけたというだけで、しかもその提督はまさにあいつぐ誘惑の数々に流されまいと決心したからこそこうして屋外に難を避けているというのに、結局抑えがたい性欲の疼きに負けた彼の自発的な寵愛を労せずして独り占めできるという、大和にしてみればなんとも幸運すぎるこの成行きは、「Digital Lover」版の艦これ世界を支配する節理が優先しているのは、はたして男性と女性、どちらの側の都合であるかを雄弁に教えてくれる(ちなみに、この総集編以後の作品においては、一転して提督が能動的な意志を発揮し、持ち前の優秀な頭脳を活かして全ての艦娘たちと次々に夫婦水入らずの濃密なケッコン初夜を過ごす、というなんとも前途遼遠な企画が始まったかに思えたのだが、それでは普通すぎるというのか、それともまだまだいじめ足りないということか、近作『D. L. action 94』ではまたしても受け身の立場に連れ戻されている。しかしいずれにせよ、提督が艦娘に奉仕するという構図には変わりない)。それにしても、一応分類上は男性向けであるはずの作品でこういうところにやけに力がこもっているのを見ると、感嘆しつつもつい本格的なBL同人誌を期待してしまうのは私だけだろうか。たしかいまの絵柄に安定してからは『超執刀カドゥケウス』の本(二冊)くらいしかなかったと思うが、出色の出来栄えになるのは目に見えているのだから、弱虫ペダルでも刀剣乱舞でもホモマス、もといアイドルマスターSideMでも何でもよい、もう一度BLを描いてはくれないものだろうか。
最後は、サークル「enuma elish」(ゆきみ)の艦これ本『Little by little』で、こちらも提督の存在感が大きい。といっても「Digital Lover」流の涼やかな美少年とは対照的な、筋骨隆々たる巨漢である(もしかすると、以前『キルラキル』の同人誌で描いた蟇郡苛の容姿から思いついたのかもしれない)。年齢はたぶん、二十代の半ばから後半であろう。表紙を見れば彼と駆逐艦たち、特に天津風との関係が主眼であることは一目瞭然であり、圧倒的な体格の差ゆえに閨房での営みが凄惨すれすれの迫力を帯びることは早くも予想がつくが、それでいて肝心の二人の顔つきはわからない。二次創作と原作との線引きをわきまえつつ、本を手に取る者の興味を惹きつけて否が応でも中身を知りたい、読んでみたいと思わせてしまう―なにしろ、読者が表紙を見ている時点ではまだ、素裸で軍服も何も着ていないこの魁偉な大男が本当に提督なのかどうかも定かでないのだ―、心憎いばかりの配慮である。
もちろん、表紙がもたらすこの鮮烈な印象は、本文そのものを読み始めても失速してしまうようなことはない。期待を裏切らぬ、いやはるかにそれ以上のみごとさである。なるほど、単行本『カノ♥バナ』(2010年)の頃から惚れ惚れするような達者な演出の腕前は冴え渡っていたわけだが、当時と比べてもエロ漫画としての完成度は確実に増している。むやみと人物に接近しすぎず、やや距離を置いて全身ないし半身像を収めたコマが多いのは相変わらずだが、それに加えていまでは随所でえぐい角度から局部を拡大して見せてくれるようになったし、表情も仕草も動作も、どれ一つとして血の通っていないもの、おざなりに描かれたもの、念入りな解読に値しないものがなく、つねに高い密度を保ちながらおそろしく流麗に推移していく様には感嘆させられるほかない。それ自体は細すぎず太すぎず、決して小うるさい自己主張に走ることがないままあくまでも中庸を守る優美な線が、形態の立体性の確立と維持という一貫した方針のもとで、硬いはずのもの(例えば提督の肉体)には丸みを持たせ、柔らかいもの(例えば、雪風や時津風の肢体)には堅牢さを授けながら、両者が一体となって作り出す運動を、写実性と記号性の狭間を縫うように、ほとんど曲藝じみてさえいる巧みさでありとあらゆる視点から追いかけていく(しかもそれでいてこの巧みさは単なる技術の誇示には終わらず、いついかなるときにも文脈上の必然性を伴っているのだ)。誰しも、このようにして有無を言わさぬ一つの全体が一見やすやすと構築されていく過程を前にしては、まるで魔術に魅せられたように、息を呑んで見入るほかになす術を知るまい。
それに、性行為そのものだけではなくて、そのための背景を提供している鎮守府における衣食住、および登場人物たちの性格や互いの間の関係を丁寧に描いてくれるのもこの人らしいが、こと艦これの場合はもともと戦いと無関係な部分が穴だらけであるだけに、そのような作風が以前の商業作品―つねに一話ごとの紙数の制約を考慮する必要が伴う―はもとより、これまで同人誌として発表してきたFateや『化物語』等の二次創作と比べてもいっそうのびやかで間然するところがない、十全な総合を達成しえているようだ。たとえ意地悪な目であら探しをしたところで、せいぜいお洒落すぎるとか、もっと猥雑さが欲しいとかの苦しまぎれの難癖しか思いつくまい。複雑な要素があまりにもそつなくすっきりとまとめあげられ、きれいに調和しているものだから、かえって一見地味そうな印象が生まれてしまうのだ(注2)。もちろん肝心の天津風と提督の情交といえども例外ではなく、当初は読者の眼前で進行していたのに、いつの間にか翌朝部屋の掃除をしながら会話を交わす大淀と間宮の二人による回想(想像)という枠組の中に、ふわりと軟着陸するかのように滑り込んでしまう。いわば結局は現在形ではなく過去形で、直接話法ではなく間接話法で読者に伝えられるわけで、作中最高の山場を築いてくれるはずだと期待して読み進めてきた人は、若干肩すかしを食わされた気分になるかもしれない。なるほど、一般に性交がたどるとされる、緊張が高まったあげくの爆発的な放出という成行きを根底から壊すほどの冒険が見られるわけではないが、そのような緊張感の放出にも、ここでは一貫して慎重な制御が寄り添っているのだ。この水際立った手際のよさは、技術の働きをあからさまに意識させることはないまま、我々読者を作中世界から隔てる外なる枠を、つい昨晩実際に起きたばかりの諸場面の再構成に携わる回顧という内なる枠に似せてしまうばかりか、ある意味でそれの拡大版にしてくれる。それだけに読んでいる間はこれが虚構だという事実すらうっかり忘れてしまいそうになるが、結末近く、春の穏やかな風に舞い散る桜の花びらを描いたコマに至って、ここと同じ暖かな空気が、表紙(色つき)はおろか、先立つ本文の頁における夜の室内(白黒)にすら行き渡っていたことにはたと気づくとき、我々は一篇の漫画を描くという行為がどれほどまで一つの世界の創造でありうるかを知り、驚きと喜びを新たにするのだ。
たぶん、艦隊これくしょんと最も幸福な出会いをした、最も相性がよいサークルがここだろう。あまりのすばらしさに、持っていなかった昨年の夏コミ(C86)の本(『The Last Order』)も迷うことなく買ってしまった。ちなみに、主に天龍と長門に焦点を合わせたそちらの本に出てくる提督は外見に関するかぎり全く印象が異なり、せいぜい十代後半の少年で、体つきもごく普通である。してみれば、『Little by little』における甚だしい体格の差は、やはり計算の産物であり、意図的に狙ったものだったのだ。


(1)ここで言及した作品はもちろんどれもすばらしいのだけれど、強いて気になる点を指摘するなら、アシオミマサトの『発情メソッド』の中にトイレで事に及ぶ話があったことか。単なる私のわがままかもしれないが、これだけはいただけない。小中学校が舞台の長篇ならばともかく、避けられる場合にはなるべく避けてもらいたいと思う。そういえば藤ますなど、他のエロ漫画家も同様の趣向に流れることがあるのはなぜだろう。漫画家の仕事は基本的に自宅でするものだろうから、想像力が多忙を強いられると、手っ取り早く二人きりになれる閉鎖的な異界の一番身近な例として、まっさきに厠が思い浮かぶようになるのだろうか。
(2)余談だが、竹村雪秀のサークル「チョットだけアルヨ。」にも似たような事情があり、突出した上手さのせいであべこべに割を食っているのではないかという気がする。
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