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一応、本とかの批評のつもり。趣味的な備忘録

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日日日『のばらセックス』15 

序文

前回の記事と同様、以下に掲載するのも、私とある人とのメールでのやりとりの一部に適宜加筆や修正を施したものである。
当然そのような経緯は文中のそこかしこに跡をとどめているので、このたびの公表に際しては、読者の便宜のために、一応序文を付して脈絡を補うことにした。
といっても本文の長さ自体たかが知れているので、それほど大それた前置きは必要あるまい。まず前篇では、記事の題名通り『のばらセックス』について、本作の結末における緒礼の処遇が甘すぎるのではないかという問いかけに対する、私なりの答を出そうと試みている。ことに大切なのは、「母親と一緒に暮らしたい」というおちば様(主人公)の願望と、「生きた女性と対面して触れ合いたい」という緒礼(黒幕)の願望とが、実はすでに巻頭の時点でどちらも実現をみており、ただ当事者が二人ともそのことを知らないだけだ、という論点であろう。これは、緒礼がまだ「坂本のばら様」を演じていた頃にさんざん彼を苛んだあげくついに狂気へと至らしめたものが、遠すぎて手の届かぬ対象(高嶺の花)への憧れではなくて、あべこべに極度の近接性ゆえの悩み、すなわちほかならぬ彼自身がのばら様(の正体)であるがゆえに、生きた彼女と対面することも、いわんや会話や肉体的接触も決して許されないという悩みであった…という事情と同様、『のばらセックス』の最も秘教的な奥義の一つと考えてさしつかえあるまい。表象の原理への批判はよいとして、代わりに「近接性(proximité)」を―いわばすっかり消毒の済んだ、単なる親密性(intimité)として―謳歌する一方であるかのように思えるときもある、ドゥルーズ哲学のある種の能天気な受容(これについてドゥルーズ本人に全く責任がないとは思えない)に一石を投じるものとして、これは見落とせない論点だと私は信じる。
後篇では打って変わって、欲望こそが人間の本質であるというスピノザ的な命題が日日日にも共通しているとして、では貨幣経済(欲望の外在化・平準化の機構)は彼の小説世界の中で一体いかなる地位を占めることになるのか、という問いかけを受けて、『狂乱家族日記』の中に出てくる、不解宮(わからずのみや)一族のmillionという架空の通貨をめぐって若干のことを論じている。平常運転の日日日がシューマン的であるとすれば―狂気の瞬間沸騰、偏執的なまでに厳格な形式性・対称性、執拗な反復癖、響きが混濁するほど数多くの楽器を一度に重ねてくる手法、ついいましがたの昂揚がまるで嘘だったかのように突如訪れる空漠たる荒涼さ…等々、シューマンに特徴的な語法はどれもこの類比を支持しているように思う。あるいは、分裂症(スキゾフレニア)の積極的な評価という文脈の中でドゥルーズがシューマンの名を挙げたことの意義を、日日日論の一環として再考する余地があるのかもしれない―、『のばらセックス』はブルックナーの交響曲からしか聞こえてこないような天体の諧調を思わせる非情なる自然の声と、マーラーばりの極度に個人的な内面性の露悪的なほどあけすけな告白とを統合してのけた唯一無二の力技であるが、『狂乱家族日記』はそのどちらでもない、いわばラヴェル的な、どこまでも人工的で端正な完結した美の世界である。この取りつく島もない作品はこういう機会でもないと、なかなか単独では分析することが難しい。しかし(付記)は剰余価値(マルクス)と剰余享楽(ラカン)の相同性に導かれ、またしても『のばらセックス』に立ち戻って論を締めくくっている。
本文中でも書いたが、この作品の複雑さと豊かさは全く前代未聞であり、いくら声高に強調してもしすぎにはならない。つい先日も、「どうせなら中学の国語の教科書に『のばらセックス』が載って、それでいたいけな中学生が男女問わず全員この小説で自慰を覚えるようになればいいのに! いいのに! あああもう凄作(すごさく:凄い作品の意)すぎて辛抱たまらん、舐めたい、揉みたい! 揉ませろ日日日さん!」と意味不明な叫びをあげたところ、冷たい目をした友人に「うぜえ、この色キ○ガイが…」と蔑まれてそれがかえって快感だったくらいである(末期症状)。


本文

(前篇)
なるほど、緒礼は許されるのかどうか、許されてよいかどうか、という疑問だったわけですね。まあ、おちば様の側にも「のばら様を愛している緒礼さんは、彼女を世間的に殺したあたしをゆるさないかもしれない」(348頁)という引け目があることだし、それによってすでにいくぶんかは彼の罪が相殺されそうだという点を考慮に入れるなら、致命傷を負って苦しんだあげく全てを(再び)忘れて廃人同然になるという最終的な成行きは、十分かどうかはともかく一応贖罪になっていると思います。たしかに彼の身内(おちば様や綿志)には笑いごとで済まない多大な迷惑をかけていますが、客観的には、つまりそれ以外の全人類にとっては、女性の量産を果たした緒礼は、犯罪者どころかまさしく救世主でしょう。こういう大局的な視点に立てば(そもそも「立ってよいのか否か」という問いはありえますが)、緒礼の傍迷惑な行動の数々は、埋め合わせがつくどころかお釣りがくるほどです。それに、どうせ問いつめたところで、主観的な次元では、つまり彼自身の口からは、弟と娘の強姦、そして育児放棄といった醜行の数々について、「悪いと思ったがどうしても我慢できなかった」という以上に何か筋の通った(傾聴に値する)弁明が聞けるとも思えません(苦笑)。このような尋問は、たとえあったとしても小説にさらなる充実をもたらす要因とはなりえないのではないか。
「埋め合わせ」といえば忘れてはならないのは、巻頭の時点で、記憶を失った緒礼は「ななちゃん(綿志)」としておちば様と起居を共にしており、これについて彼女自身は、のばら様(=緒礼)から捨てられたときの苦い思い出を反芻しながら、「保護の名目でななちゃんを確保して、家族の真似事をしているのは、あたしが家族という概念に満たされない依存症を患っているからなのか」(43頁)と考えている、という事実でしょう。あいにく彼女には、未練がましく自分が慕うのばら様の正体(「中の人」)がいま現に自分と一緒に暮らしているこの「ななちゃん」こと綿志という男(実は緒礼)であるという知識は欠落しているし、もう片方の当事者である緒礼(=のばら様)に至ってはすっかり自らの来歴を忘れて別人(ななちゃん=綿志)と化しているわけですが、実はこの二人に焦点を合わせるかぎり、「家族(母親=のばら様)と一緒に暮らしたい」というおちば様の願望は、「女性の役を自ら演じるだけでは飽き足らないので、生きた女性と対面して触れ合いたい」という緒礼の願望ともども、すでに開巻の時点で実現しています! おちば様が一緒に暮らしたいと願う家族とは、具体的には母親ののばら様です。そうであるかぎり、この願望をかなえられる人物は緒礼(生みの親)以外に誰もおらず、そして彼は、そんなつもりではなかったにしろ、現に(「ななちゃん」として寄り添うことで)娘のこの願望をかなえてきたのです。したがって、彼女の兄についての「子供が自分のちからで手にいれたと思ったすべてのものは、たいてい、大人が子供のために用意してくれた、おもちゃみたいなものだ」(101頁)という皮肉な調子の文は、彼女自身にも妥当します。
それに、緒礼に強姦されたときのいやな記憶は現在のおちば様自身からは消されているのだし(119頁)、そこからあえてもう一歩怖い見方に踏みこむなら、彼女がセノンについて(地の文で)述べる、「幼い子供は、自分が虐待されていることを認めない」(200頁)という言葉が、緒礼に対する彼女自身の心理にも当てはまる真理としてはね返ってくる、と考えることが可能なのではありませんか(こういう「怖い」読み方がどこまで作者の本意にかなっているのかわかりませんが、このように高度の自律性・自己完結性が底知れぬ無意味さ・無根拠性の地平を開いて見せてくれるのが、絶好調のときの日日日の小説の醍醐味の一つでしょう)。
まあ、実際にあのような(娘の強姦と育児放棄という)事件が起きたとして、犯人が法的・社会的に「許される」までには相応に長い刑期が必要だろうと思いますが(というか作中でも、できるだけ彼をかばおうとしてきた兄弟までがとうとう愛想を尽かした結果として、巻頭の時点で「植物刑」に処せられていたわけですが)、そこをあえて「ひとを愛するということが―『馬鹿みたい』じゃなかった時代が、かつていちどでもあっただろうか」(378頁)という開き直りのような理屈で、あるいはむしろ修辞(レトリック)で押し切ってしまい、荘重なまでの宗教的感動のほうへと無理やり突破を果たすというところに、いかなる道徳哲学にもまさる小説としての『のばらセックス』の強さ(よしんば「正しさ」ではないにせよ…)を求めるのは、それほど見当外れではないはずです。生はその自己中心性によって、またその豊かさによってもともと「善悪の彼岸」(ニーチェ)にあるということ―あるいは、緒礼個人の性的な動機のよこしまさも人為的な創造行為の関与も、自力で撤廃してのける「生成の無垢」(これもニーチェ)―、あらゆる常識的な異議をはねのけてこの間の機微を力ずくで読者に納得させてしまうのが芸術作品の使命の一つであり、少なくとも芸術作品が最もうまく果たせる使命です。要するに、緒礼は社会的にはどうであれ、いわば美的な要請として「許されなくてはならない」のであり、そしてそのことがこの作品を比類なく倫理的なものにしています。第一、神に挑戦して力尽きたがどうにか相打ちに持ちこんだ、とでも表現できそうな彼の壮挙を、そのために誰よりも不快な思いをしてきたはずの娘であるおちば様が、どんな心理からであれ一応は承認しているばかりか、ひいては性愛に罪の印を刻印しようとする宗教的な制度全般への決別の辞(「ファック」)を彼女が代弁している以上(378-379頁)、所詮は部外者たる読者にとって、これ以上の緒礼の追及は困難でしょう。
なお、フロイト(そしてラカン)によれば、女性の精神においては、男性の場合ほど超自我(良心)が厳格でない、とのことです。これは悪く言えば、女性は男性ほど道徳的感覚が発達していない、ということを意味します。このようなことになる理由は、父親の権威が内面化されたもの、という超自我の定義そのものに由来します。父親という存在は、男子にとっては異性の親(母親)との仲を裂く同性の強者として畏怖の対象となりうるのに対して、女子にとってはそうでないからです。いろいろと因縁のある相手だというのに、おちば様がかなりあっさりと緒礼を許容してしまうことについては、このように精神分析の観点からすると「なぜなら(彼女は)女性だから」という身も蓋もない理由による説明が可能なのであり、たぶん私とあなたで結末の評価が異なる理由も、根本的にはこのあたりに求めるべきではないかと思います。情欲のために全てを犠牲にした緒礼の社会的・道徳的・宗教的な犯罪について、読者の性別次第で感想が分かれるというのは妙な気もしますが、厚かましく思われそうなのは承知であえて書くと、あるいはほかならぬこの事実こそが、『のばらセックス』が性の真理を射抜くことに成功した作品であることの有力な証かもしれません。
何よりも、彼の心身をすり切れるまで蹂躙し酷使したのは、女性の理念(Idea)あるいは概念であり、虚構の中にしかいない(いなかったはずの)絶対的な女性としての「坂本のばら様」であり、ひいては彼女を現実に誕生せしめることという目的です。すなわち、緒礼の「欲望」が全ての原動力であるということは、同時に、欲望には現実的なものであれ虚構的なものであれとにかく対象が必須であるという事情からして、真の原因をこの対象ないし目的、つまりのばら様であると考えることで彼を免罪する余地がある―「そんなに、のばら様に会いたかった?」(376頁)―ということでもあります。「目的」を「原因」の一種として勘定するのは日本語の感覚として奇妙かもしれませんが、少なくともアリストテレス以来の西洋哲学はそのように考えてきたし、スピノザがこの伝統的な「目的原因」を我流に定義して「人間の衝動が何らかの物の原理ないし第一原因と見られる限りにおいて人間の衝動そのものにほかならない」(注1)と述べていることは、かえって、一見がむしゃらな衝動(欲望)にもとづく緒礼の行動を、目的に関わる語彙の秩序の中で把握し直す可能性を示唆するものでもあるはずです。
ご存知かもしれませんが、スティーヴ・ジョーンズ著『Yの真実―危うい男たちの進化論』(岸本紀子・福岡伸一訳、化学同人、2004年)などからもうかがえるように、どうやら近年の生物学は、雄は本来雌がお互いの遺伝子を交換しながら存続していくための仲介のような存在にすぎなかった、という知見に達しているようなので、日日日の発想の根幹にあったのもおそらくこれでしょう(まあ、私自身は『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』の「もこっち」みたいな感じの、限りなく女子力とは縁がない生き物なので、日日日流の生物学的フェミニズムに対しては「そんなに持ち上げられても困る…」というのが率直な感想ですが)。

ドゥルーズ哲学の最大の原動力は、あらゆる圧迫をはねつけ、必要ならば人格の自己同一性を壊してでも、生そのものの奔流のような力能(puissance)を肯定することです。それゆえ彼の絵画論においては、モデルに従属し続ける素朴な写実主義はもとより、あまりに整然としすぎた抽象主義(カンディンスキー)や、逆に単なる混沌にしか行き着かないアクション・ペインティング(ポロック)のような道ではなくて、むしろ形態(人物像)の歪曲ないし「脱形態化」(déformation)という手段を通じて、非人格的な、ほとんど非人間的ですらある元素的・微粒子的な情動の力そのものの、観る者の神経系に直接突き刺さってくるような荒々しい波動を現前させる、というフランシス・ベーコンの画業が特権的な地位を占めます。このような作品は、観る者に対していかなる距離も介在しない直接的な融合を求め、そのようにしていわば目に固有な触覚的感性、すなわち「触視的(haptique)」感性を喚起するものです。さて、「できがよい場合には」という留保条件が必要であるとはいえ、総じて日本のエロ漫画は、局部の強調によるデフォルメ(déformation)や、まるで手の代わりに頁(画面)を直接まさぐるような振舞いを目に強いることなどからして、実はドゥルーズ的な絵画論の理想をある程度実現しているのではないか、という仮説を私は立てています(誰だったか名前は忘れましたが、以前講談社の編集者が、日本の少年漫画のような躍動感に富むコマ割りや人体の部分的な強調は、フランスの漫画では成人向け作品にしか見られない、と話していたのを思い出します)。もちろん、読者の神経系に直接作用するかのような情動的な強度については言うまでもありません。
しかしそれでもなお、漫画の世界は視覚的なものであるかぎり、「表象(représentation)」の原理から完全に自由になることはできません。である以上は、表象の内部、すなわち自他の(究極的には母子の)想像的一体性(ラカン)という甘美な夢の内部で、徹底的にこの甘さを―甘さ「の」強度を―追求するのが正しいエロ漫画の道です。ただ小説における一人称のみが、元素的な力の解放を、他人事ならぬ「我が事」として、「我が身」に生じる残酷な出来事として、換言すれば真の生成変化つまり「なること」(le devenir)として読者各自に経験させることができます。ドゥルーズが絵画の任務を「見えるものを描く(写す)(rendre le visible)」ことではなくて「(見えないものを)見えるようにする(rendre visible)」ことであると規定したように、文学は本来「書かれぬことをやめないもの」(ラカン)、すなわち性関係という不可能なる「現実界」を何らかの仕方で「読めるようにする」ことが任務なのではないか、と私は思います。一人称を使える、ということはそのための手段として非常に強力なものでしょう。実際、ラカンは他方で「この私、真理である私が語る」とも書いています。この奇妙な文は、現実界の不快な真理が、我々主体の側の抵抗にもかかわらず、結局はこの抵抗を押し切ってそれ自身を表明せずにいない、という事態に注意を促しています。
さて、女性の一人称によるポルノグラフィは数あれど、主に男性の主体化に関わる象徴的去勢の機構(および男女の性器の結合)にとっては余計でしかないような、もっぱら女性的な「剰余享楽」、というラカン派精神分析の最も秘教的な真理をして、それ自身を語らしめることに成功したのは『のばらセックス』くらいのものではないかと思います。剰余享楽は性器に局限されない全身的な享楽であって(ラカンが例に挙げているのは、神秘家として有名なアビラの聖女テレサが神との合一を遂げた恍惚の一瞬を捉えた、ベルニーニの彫刻作品です)、ここからドゥルーズの唱えた「器官なき身体」の理論を照らし返すことができるはずです(ラカンと同様、ドゥルーズの美術上の好みも、ベルニーニに限らず「襞」を多用するバロック様式へと次第に傾いていったことは見落とせない点です)。
今日のフランスのフェミニズム思想にはécriture féminine(エクリチュール・フェミニーヌ)という概念があります。英語だとfeminine writing、直訳すれば「女性的な書き方」ということになるかと思います。代表的な理論家はエレーヌ・シクスーやジュリア・クリステヴァでしょう。ただ、従来の文学がおおむね男性中心のものであったということはとりあえず主張しうるにしても、ではそれへの対処としてどのように女性的な要素を打ち出していくか、という具体的な面になると、なかなか心もとないのが現状です(シクスーたちは小説の実作もしていますが、いかんせん「頭でっかち」です)。ドゥルーズは、このような同時代のフェミニズム思想の動向もおそらくは考慮しつつ、「女として書く」のでも、ましてや「女を描く」のでもなく、「書くことによって女性になる」という生成変化の思想を提唱しました。女性への生成変化は緒礼一人の経験ではなく、創造者であるかぎり彼は作家の分身でもあるという印象を私が感じるのは、これの影響でもあります。
毎度のことながらどうもこの小説のことを考え始めるとたちまちとぐろを巻くような錯綜した思弁が始まってしまいますが、ここには実際それだけのものがあるのです。なにも煙に巻いてやろうというつもりで、好き好んで専門用語(「触視的」、「生成変化」、「象徴的去勢」、「剰余享楽」、「器官なき身体」、「エクリチュール・フェミニーヌ」…)を連発しているわけではありません。「きっと、あたしもいつか子供のころの寂しさも、不条理な我が身への嘆きも、のばら様への複雑な気持ちも忘れてしまう」(385頁)という一文の目もくらむような美に逆らってでも、あえて立ち去りつつある作品を引きとめて真理を聞き出すためには、どうしてもこういう無粋な武器が必要なのです。この本は、きっと中高生には本能的に隅々まで理解できるものでしょうが、哲学者や精神分析家にとっては絶望的に難解です! 

(後篇)
そういえば日日日の貨幣論として、すでに『狂乱家族日記』のmillionという実例がありましたね…。大変面目ないが、うっかり失念していました。
ただ、無自覚なスピノザ主義者として、あるいはそれ以前に個性と自由を尊ぶ(尊ばざるをえない)芸術家(小説家)として、人間生活のあらゆる分野に規格化と平板化をもたらす貨幣経済という仕組みを手放しで肯定するわけにいかない、という日日日の基本姿勢は、millionと不解宮にまつわる諸々の事件からもうかがえるように思います。財力による平和の強制という不解宮ミリオン(百万子)の構想は、彼女自身の死という深刻な代償を伴いながら、端的な善というよりも少なからず独善の色合いを帯びたものとして実現をみているのだし(第10巻、第11巻)、また第12巻の正夢カジノにおいても、「野獣五連戦」における凶華の手助けといい、どうやら胴元(賭場の元締め)としての特権を駆使してか圧倒的な額の蓄財を背景に勝負を有利に進める乱命といい、あるいは地道にカジノで稼ぐ代わりに外部(不解宮)からの支援に頼る黄桜組の仁王像といい、決定的な場面ではむしろ反則が、あるいはそこまでいかないにせよ規則の裏をかくような作戦が鍵を握ることになるのは見落とせない点です。
もっとも、ともに外界に対して独立を保とうとする小天地である正夢カジノおよび鬼ヶ島におけるmillionの流通そのものは、不解宮の体現する世界大の(global)権力への抵抗という性格を持つものであって、そのかぎりでは、反グローバリゼーション運動の一環としての「地域通貨」に通じるものでしょう。貨幣経済という制度そのものをいきなり全否定するのではなく、あくまでもその内部で、時流に乗りきれない弱者やあぶれ者によりどころを提供しうるような、個性的な少数派の立場を目指す、という方針です。たしかに、自己の身体にまで入場と同時に問答無用で値段がつけられるというのは当事者の身になってみればおぞましい体験に違いありませんが、正夢カジノの描写の全体的な調子には、拝金主義の行き過ぎを真面目くさって糾弾するというよりも、面白おかしく戯画化することに徹している観があります。いずれにせよ、主催者である乱命本人の思惑はどうあれ、これは客観的には(作品の外にいる批評家にとっては)あくまでも世界政府とグローバリゼーションへの局地的な(local)抵抗であるというところに妙味(意義)があるように思います。
また、「誰も命を奪われることのない、恒常的な戦争状態」(第13巻309頁)という鬼ヶ島の構想は、ドゥルーズに影響を与えた人類学者ピエール・クラストルが、南米のインディオ社会の「求心的」ならぬ「遠心的」な諸制度を研究する中で見出した、中央集権的な国家の発生を未然に防ぐ叡智に重なるようなところがあり、これはこれで思想的に興味深いものです(注2)。
ドゥルーズとガタリの共著『千のプラトー』によれば、クラストルが教えてくれるのは国家に対する「戦争機械」の外部性であり、たとえ常識的な発想では前者(国家)の中の軍事機関という姿でないと後者(戦争機械)を思い描くことが難しいとしても、実は両者がもともと本性を異にしているということ、それどころか戦争機械は国家の形成を阻みさえするということです(注3)。それにもかかわらず国家は戦争機械を所有して政治的な目的に従属させようとするのであり、資本主義がもたらす総力戦は、この傾向の頂点であると同時に、逆に諸国家を部分とする一つの全体であるような、世界規模の戦争機械の出現を準備するものでもあります。こうなると地球全体の管理者として「戦争機械は目的すなわち世界平和を自分で引き受けたのであり」、「ファシスト的な死よりもおそらくもっとおそろしい平和」を目標とするようになるとともに、「他の国でも他の体制でもない新しいタイプの敵として『任意の敵』に狙いを定め、一度は裏をかかれても二度目には立ち直る反ゲリラ要員を特訓しているのだ…」(注4)というドゥルーズたちの文章は、1980年のものでありながら、対テロ戦争に熱中してきた21世紀の米国を、さらには、もともと戦争に次ぐ戦争で領土を拡張した過去がある上に、(これまたテロリストへの報復を主張しながら)新たに帝位に就いた不解宮のもとで社会が混沌や多様性を失ってひたすら均質化されてゆく『狂乱家族日記』の大日本帝国をも予言していたかのような、不気味な先見性を感じさせます。
座標も方向も知らない開放的な空間、すなわち平滑空間と、その反対の条理空間という区別に依拠しつつ、ドゥルーズたちはこのような世界規模の戦争機械に抵抗するものとして、戦争機械のもう一方の極、すなわち「戦争ではなく、創造的な逃走線を引くことと、平滑空間とその中における人間の運動の編成を目標にする」極に注目し、遊牧民の形象に託して、「この場合の戦争は国家に対して、そしてすべての国家によって表現される世界的公理系に対して戦いを挑むのである」と述べます(注5)。アナーキスト(無政府主義者)ドゥルーズの面目躍如たる一種の煽動文書であり、正夢カジノについで鬼ヶ島を描くときの日日日の心情的な立場も、おおむねこれに近いものではなかったかと私は想像します。
もっとも、第13巻の結末で乱命が「乱華」として乱崎家に迎え入れられると同時に、それまで鬼ヶ島という小社会を支配する主として彼女が思い描いてきた「恒常的な戦争状態」が、外延的な(extensive)規模の縮小と内包的な(intensive)凝縮度の高まりを伴いつつ、「千花‐銀夏‐乱華(=乱命)」という三角関係(恋の鞘当て)へと引き継がれることは決して見落とせない点です。これこそが、哲学的でも人類学的でもなくまさしく文学的な思考と名づけるほかない、あくまでも個性ある登場人物同士の関係を重視する小説家ならではの結論でしょう。

(付記)上で触れた女性の「剰余享楽」について、ラカンはマルクスの「剰余価値」になぞらえて説明しています(注6)。剰余価値とは何か。マルクスによれば、労働者の労働力に対して支払われた給料の額は、実は、日々の具体的な労働が結果として創造する商品の総体的な価値によって凌駕されるのであり、この差額から生じてくるのが、労働者への給料の支払いや原材料の購入費などですでに相当の額を散財している経営者ないし資本家にとっての、実質的な儲けとしての「剰余価値」です。すなわち、労働者には給料と同額に相当する量の商品を生産し終えた時点でただちに解放が訪れるというわけにはいかず、なお毎日何時間かの「剰余労働」を資本家の命で果たさなくてはならないのであり、その分の価値は当然ながら(給料として)労働者自身の懐に入ることはありません(これがマルクス的な「搾取」の概念です)(注7)。ただし、資本家は資本家で工場の設備の維持など、生産活動を続行し、あわよくば拡張していくためにも再び投資をする必要があるので、儲けをただ享受する一方というわけにはいきません。ラカンの類比の真意はつかみにくいのですが、このように当事者の双方、すなわち資本家からも労働者からも逃れ去る価値、という性格に彼が注目しているのは疑いえないところです。なぜならば、存在の充溢(母親との一体性)からの脱落に続く言葉の秩序の中への参入(父性の介入による象徴的去勢)という、そもそもの誕生の過程自体が主体に強いる、語りえぬ余計なものの発生、として剰余享楽は定義できるからです。原理上主体に必ず伴うこの空無を担うのがいわゆる「対象a」であり、十全なる存在という幻想を支える「欲望の原因」です。
福原泰平はこの間の機微を整理して、「主体は愛する父に叩かれた者として去勢され、斜線を入れられて消え去ると同時に、自己の存在を保証するものとしてのこうした幻想を手に入れる。この幻想の成立により、主体は楽園の存在を想定し、私というものの存在を確信することができるようになる」(注8)と述べています。したがって、『狂乱家族日記』の不解宮とmillionをめぐる一連の事件において、一方では銀夏(銀一)の過去に即して「私(息子)をいじめて男らしくしようとする父」という像が現れ(象徴的去勢の作用が主体の成立にとって不可欠であるのは、とりわけ男性の場合です)、他方では閻禍の思い出に託して「楽園喪失」の物語が示されると同時に、剰余価値(剰余享楽)を取り逃がすくせに貨幣経済の全能を信じきって疑おうともしない資本主義(不解宮)の独善に対しては、たとえあらわな批判ではないにせよ、少なくとも懐疑が表明される…という構成になっているのは、精神分析とマルクス主義双方の観点からしてかなり面白い事実です。
ただ、剰余価値は所詮資本主義の体制下では否定的に、陰画として想定するほかない(資本家も労働者もこれを手に入れることはできない)のに対して、後期ラカンによれば、女性や神秘家は、剰余享楽とは何かを知ることはないまま、もっぱら忘我の境地でそれを体験するのだ、ということになっています。これと同じ意味で、つまり女性の身に即した剰余享楽の否定的ならぬ肯定的な提示とともに、ともすれば教条的な調子を帯びがちな日日日流のフェミニズムが、例外的に猥褻なまでの具体性(生々しさ)を獲得しているという意味で、少なくとも享楽の問題系に関しては、『のばらセックス』はいわば約束に対するその実行よろしく『狂乱家族日記』に呼応しています。


(1)スピノザ『エチカ(下)』(畠中尚志訳、岩波文庫、2004年第43刷)9頁(第四部序言)。
(2)ピエール・クラストル『国家に抗する社会』(渡辺公三訳、書肆風の薔薇、1987年)。
(3)ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ『千のプラトー 下』(宇野邦一・小沢秋広・田中敏彦・豊崎光一・宮林寛・守中高明訳、河出文庫、2010年)23-25頁。
(4)同書148頁。
(5)同書149-150頁。
(6)Jacques Lacan, Le séminaire XVI: D'un Autre à l'autre, Paris, Seuil, 2006, p.29.
(7)カール・マルクス『資本論―第2分冊』(資本論翻訳委員会訳、新日本出版社、1988年第8刷)330-333頁。
(8)福原泰平『ラカン―鏡像段階』(講談社、2005年)176頁。
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category: 『のばらセックス』

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日日日『のばらセックス』14 

序文

ここに掲載するのは、以前ある人から日日日作『蟲と眼球と愛の歌』(MF文庫、2006年)の中の「神と私の一致構造」という神話観(第一奏「歌だけじゃ届かないけど」)について問われて書き送った返事の抜粋に、若干手を加えたものである(当然ながら、私の独断ではなくて許諾をいただいた上での公開である)。
そのような素性のために、文中ところどころこれに先立つやりとりへの示唆が混じっているが、そのせいで内容の理解が著しく妨げられるということはたぶんないはずなので、そういった箇所は気にせず読み飛ばしてかまわないと思う。
この不体裁な文章をそれでも公開しようと思った理由は二つある。
第一は、今月上梓された『ゆめにっき』(ききやま原作、PHP研究所、2013年)のことである。私は、本文の終わりに書き足した(付記2)で、精神分析の始祖であるフロイトの理論と、彼の弟子でのちに決別したユングの説(「分析心理学」)とを比べると、前者のほうが後者よりもはるかに知的にまっとうでかつ急進的な学説であると指摘した。このとき私の念頭にあったのは、日日日がユングにかぶれては困る、という一抹の危惧である。あいにくなことに、この危惧は的中した。どこまでが作者本人の見解であるかは実のところ判然としないものの、どうやらこの『ゆめにっき』という作品は、フロイトを批判する一方でユングの主張を比較的好意的に扱っているようなのである。だが、ほんの少しでもフロイトの理論を、あるいは第二次大戦後のフランスでフロイト理論を継承しつつさらなる探究を推し進めたジャック・ラカンの仕事を、余計な先入見に囚われることなく虚心坦懐に学ぶ術を知っている人であれば、このような評価に同調することは到底不可能であろう。それゆえ私は、『ゆめにっき』の上梓になるべくおくれをとらぬよう、早々に(付記2)で示したような意見を公表しておきたいと感じたのである。
そもそも『ゆめにっき』におけるフロイト批判は、第一に無意識と意識(自我)のみからなる心の二重構造、第二に下品な汎性欲主義、そして第三に不埒な性欲を無意識の中に押しこめるという、「抑圧」の作業を完遂できない個人の弱さを許そうとしない無慈悲さ、という、少なくとも三つの不正確な前提をフロイトに押しつけているが、これらがいずれも誤解であることは容易に立証できる。実際には、フロイトが人間の心について最終的に考えていたのは「エス‐自我‐超自我」という三重構造なのだし、いわゆる汎性欲主義にしても、実態はせいぜい自ら多くの患者に接した実地の経験がフロイトをして当時としては非常識なほど心的生活における性的な要因の意義を強調せしめたというだけのことで(だから上品とか下品とかの問題ではない)、欲動論全体は性一色で塗りつぶされることはないまま何度か組換えをこうむった末に、「生の欲動」対「死の欲動」という最も根本的な二元論に到達している。
だが、この二つにもまして深刻なのが、無慈悲さという第三の誤解であろう。なぜならば、『ゆめにっき』の記述とは違い、精神分析家はつねに「抑圧」の味方であるわけではないからだ。正しくはその反対で、「抑圧」はときに精神分析家の敵なのである。抑圧されるべき性的な欲動は、同様に抑圧に服する不快な思い出と同様、そもそも患者本人にとって脅威的なのであり、だからこそ無意識に押しやられなくてはならなかったわけだが、これが必ずしもつねに成功するわけではないことは、フロイトによる無意識の発見まで心理学者たちを悩ませてきた種々の病的な症状(強迫神経症等)の存在が端的に物語っている。それゆえ「抑圧は症状形成の予備条件」であり、「症状とは抑圧によって妨げられたものの代替物」なのである(注1)。フロイトは、そしてラカンは、放っておけば日常生活を送ることすらままならなくなるような諸欲動のうごめきを、抑圧せよと命じているわけではない。むしろ、そのような欲動が抑圧されることは破綻のない日常生活を送る上で我々自身にとって必要なことであるにもかかわらず、しばしばこの過程が失敗に終わるという経験的な事実に注目し、それの理論化に努めたのである。ただしこの失敗というのは、抑圧が不十分なせいで何かがそれの影響力の圏外に無傷のまま残ってしまう、ということではない。むしろ肝心なのは、ひとたび抑圧されたものは、まさしくそれが抑圧を被ったというその同じ事実の結果として、別の出口を求めたあげく奇妙な言動の形で、症状として再び表に現われてくる、という事情を理解することである。「抑圧されたものの回帰」という名高い概念は、この間の機微を指すものである。この回帰は抑圧の機構につきもので、そのかぎりでは自然な帰結ですらある。つまり、フロイトは患者に対して、「もっと気を強く持て」などと頭ごなしに叱咤激励していたわけではない。むしろ、ある意味ではなお苛酷なことに、フロイトの精神分析が我々に突きつけてくるのは「己の弱さを認めよ」という要求なのである。精神を病み、苦悩を訴える人々をありきたりな同情で慰めはしないが、代わりに彼らの話にひたすら真摯に耳を傾けてその奥にある未知なる秘密を認識しようと努めること、おそらくはこの稀有な能力こそが彼をして無意識の発見者たらしめた最大の資質であった。しかるに患者の心の中では抑圧の機構が働いている。この場合それは症状の真の原因を覆い隠す一種の「強がり」であり、そのかぎりで精神分析家にとって打破すべき障害なのだ。それゆえ、『ゆめにっき』のフロイト批判が頭ごなしに抑圧を命じる無慈悲な冷酷さを彼に帰したのは、致命的に間違っている。
もちろん、そうかといって一切の抑圧から解放された生を送ることなど思いもよらない。そんなことはそもそも無理であるし、個人にとっても社会にとっても破局的な結果しか招きそうにない。患者の話の稀有な注意深い聴き手であり、それゆえに比類なく公正な無意識の観察者であったフロイトの理論の真骨頂は、我々人間が置かれたにっちもさっちもいかない運命についての、いわば悲観主義的な楽観主義(純白でも漆黒でもなくて灰色の、混濁してはいるが陰影に富む認識)にある。例えば、『文化の中の居心地悪さ』(岩波版フロイト全集第20巻)という著作は、文明そのものが性欲や攻撃性の抑圧の上に初めて成り立つものであるがゆえに、人間の本性にとって不自然な人工物であるということを認めつつも、この抑圧が他面では制御でもありうるという両義的な事情に着目して、性欲を共同体の絆としての愛(生の欲動)に一般化する一方で攻撃性を超自我(良心)として内面化していくという、文明の歩みそれ自体に一縷の希望を見出そうとしている。
フロイトの精神分析が、元来臨床という実践的な場に出自を持つ治療的な知であったことを忘れてはならない(この点は、錬金術の文献によりどころを求めたユングとは全く対照的である)。我々人間は誰しも、生きているかぎり決して空しさや喪失や不満足から自由ではありえない存在である。隣で寝ていたはずの親の不在に気づいた乳児のよるべなさ、青年期の性愛的な葛藤や挫折、肉親の死に伴う喪の悲哀などの例を思えば、そのことはただちに了解できるはずだ。こうしたことがきっかけで、我々が症状という苦境に陥ったとしよう。上述のとおり、そこには抑圧が伴うので、我々自身には自分に何が起きているのかがわからず、適切な対処ができない。さて、精神分析家は、現実的な原因をなかったことにする方法を我々に教えてくれるわけではないが(なぜなら、それはすでに起きてしまった問題だからだ)、代わりに我々が自分は一体いかなる欲動や経験を抑圧してしまったのかを知り、その認識をきちんと言葉に出すことでとりあえず抑圧―強引な忘却―に走った己の弱さを率直に認め、病的な状態から脱して日常生活への復帰を考え始めるまで案内人として付き添うくらいのことはしてくれる。もしもこの期に及んでなお「強さ」を云々することができるとすれば、それはただ自分が抑圧してしまったものの正体を逃げずに正面から直視する強さ、あるいは勇気でしかありえない。間違っても、何かを抑圧するための強さが求められるわけではないのだ。いわんや主体とは「シニフィアン(意味するもの)」の連鎖から派生してくる効果にすぎないと断定してはばからないラカンに至っては、空しさを人間が人間であるための決定的な条件として考えている観すらある。ラカン的な主体とは、存在の充実(母の欲望の対象であること)を失い、それと引き換えに意味の次元に誕生した結果として、そもそもの出発点からしていわば斜線を引かれ、無の刻印であるほかないもの、「消し去られた無なるものとして存在し、その存在において不在であるようなもの」(注2)であるからだ。
それにしても、『ゆめにっき』のこのような誤解に満ちたフロイト批判は、一体何に由来するものか。この問いは、日日日が実際には人一倍フロイト理論に忠実な作家であるという見まがいようのない事実を思うとき、ひときわ不思議さを増す。私は(付記2)において、「幼児にも性欲が存在すること、近親相姦が実は万人の無意識的な願望であること、全ての生き物には『死の欲動』が宿っていること…等々、我々から心の平安を奪ってしまうぎょっとするような指摘をフロイトはいくつも残していますが、その種の凄味はユングには求めるべくもありません」と書いた。そしてこれらは、実は三つとも『のばらセックス』の作者がよく知っているはずの指摘なのである(ただし、こう主張するためには引用文中の「幼児」は「ローティーン」に改める必要がある。性欲とはほぼ縁のない無邪気な年代と思われている点は同じである)。ほかにも、おそらくほかの作家であればSMの描写として鞭打ちあたりを選びそうなところ、強制的な排尿という状況が選ばれたことは、サディズムの根が排泄のしつけの経験と不可分であるというフロイトの説との共通性を示すものであろう(注3)。この作品のある程度立ち入った精神分析的な批評は以前の記事(「日日日『のばらセックス』11」「日日日『のばらセックス』12」)で試みたから、詳しくはそちらに譲る。
おそらく日日日は、小説『ゆめにっき』の中に作家としての固有の領分を確保するべく、題名どおりもっぱら精神分析から夢理論としての側面のみを取り入れることにしたのであろう。そして、このような割り切った処置と相性がよいのは、明らかにフロイトではなくてユングのほうである。なぜならば、ユングの夢理論は各種の神話や伝説にもとづく類型論であり、それゆえ我々はこれに従うかぎり、誰がいつ見た夢であろうとも出来合いの分類枠の中に放りこんで、それ以上のややこしい個別的な(singular)問い、例えばこの夢は当事者が直前の日中に経験した現実と一体いかなる接点で関わっているのか…等の問題については頭を悩ませなくて済むからだ。この思考の放棄には、普遍的無意識に根ざした人類共通の豊かな想像力の礼讃という、体のよい美称がついている。これに対して、作者が確保しようとした「作家としての固有の領分」とは何か。それは、夢から覚醒することであり、夢から現実への帰還にほかならない。むろん、これは『蟲と眼球…』なり『ピーターパン・エンドロール』なり『のばらセックス』なり、あるいはもっと最近の例であれば『図書館パラセクト』なり『ビスケット・フランケンシュタイン〈完全版〉』の「potato chips : つめあと神経質」の章なり、相応に長い系譜の遡行を許す恒常的な主題であるから、断じて我流の夢理論を唱えてユングに対抗するのをあきらめた結果として選ばれた消極的な方針などではあるまい。しかしながら、夢とは現実において不首尾に終わった欲望が充足をみる場である、という『夢解釈』の名高い命題(注4)、および快原理(快感原則)と現実原理(現実原則)というこれまた有名な用語の対を考えてみれば察しがつくように、夢を外界から独立した想像力の遊び場としてというよりも、どちらかといえばつねに個々人の特異な(singular)現実との関係の中で把握しようとする姿勢は、いかに夢の世界が快適であってもいずれ我々はそれから目覚めて現実に戻って来ざるをえないという点の強調ともども、ほかならぬフロイトその人の―ユングとは対照的な―夢理論の特徴なのである。『ゆめにっき』の結末で、ついに自分は出産を間近に控えた妊婦であったことを思い出し、流産への恐れを振り切って現実へと覚醒しようと決意する話者は、言葉を通じた抑圧の解除によって、できればずっと忘れたままでいたかったような自己の素性を想起するとともに本来の生活の場に(再)適応し始める、というすこぶるフロイト的な成行きに従っているのだ。この場合、そこへと目覚めるべき「現実」の生が、『ゆめにっき』の本文そのものにとっても見知らぬ外部であることに注目するなら、あるいはそこに、せいぜい我々の経験を可能にする条件ではありえても決してそれ自体が認識の対象にはなりえない生物的な生の次元という、ラカン的な「現実界(le réel)」を重ね合わせることすら許されるのかもしれない。現実界は、定義上「書かれぬことをやめないもの(ce qui ne cesse pas de ne pas s'écrire)」として、言葉の秩序(「象徴界」)の外に残り続けるからだ。それは結局のところ、「不可能なもの」としての性関係(le rapport sexuel)である(実際、話者を待ちかまえているのは出産という出来事ではなかったか)(注5)。このようにユング的な夢理論に別れを告げ、改めて小説家としての自らの道を踏みしめようとするときにこそほかのどの瞬間にもまして日日日が無自覚な―無意識的な―フロイト主義者であるという事実は、上述のとおり少なくとも三つのフロイト理論に関する深刻な誤解があったことを思うと、なおさら驚異的である(注6)。
それでも私としては、『ゆめにっき』の出版を手放しで歓迎しようという気にはなれない。お世辞にも正確とは評しがたいフロイトの理解を巷に広める結果になりかねないから、ということももちろんある。だが、この点に関しては、むしろ不正確で安心した、とすら思っているくらいなのだ。なぜならば、ユングはまだしもフロイトの理論ともなれば、有無を言わさぬ治療的効果を発揮して日日日から小説の執筆という「症状」(もどき)を奪ってしまいかねないからである。作家に限らず藝術家たる者はわざわざ貴重な時間を割いてこんな小賢しいものに近づこうとせず、知識人に任せておけばよいのである。私は私のガイスト(Geist=霊魂、精神)を、日日日からもらった。両親にもらったのでも、身近な友人や教師にもらったのでもない。そんなわけで私は恩返しがしたいのだが、あいにく私から日日日に貢物として差し上げられるものとしては、なけなしのつまらぬ学識と教養(苦笑)くらいしかない。そこでやむなく、『ゆめにっき』についてはこのようになにやら批判がましいことを書き連ねる結果になったのだし、精神分析につきあうのはこれっきりにして、今後はあまり深入りせぬほうがよろしいのではないか、という忠言も申し上げることにしたのである(いっそ私を秘書にしてくだされば、哲学だろうと神話学だろうとあるいは精神分析だろうと、創作の参考になりそうなかぎりで、微力ながら力の及ぶかぎりいくらでも整理して調査の手間を省いてあげられるのですがねえ…そうなれば全身全霊粉骨砕身誠心誠意お仕えいたす所存ですのよ)。
序文のくせにすでにだいぶ長くなってしまって恐縮だが、以下に本文として書簡(の抜粋)を公開しようと思った第二の理由は、題名どおり『のばらセックス』の批評ということにある。ヘーゲルやシェリングらドイツ観念論の哲学が枠組として有効に機能しそうなことを確認できたのもよかったが、とりわけ「(三)メタフィクション論の観点から見た日日日の小説における『神と私の一致構造』について」の章で試みたような分析は、読み返すと方向性が定まらずいくぶん散漫な印象も受けるものの、逆にその分この作品の複雑さと包括性が浮き彫りになっているようでもある。創造的な欲望としての愛に端を発し、表象の原理がなりきり(偽装の徹底)を通じてそれ自身の廃棄(自壊)を志向しつつその中で志向性を道連れにして燃え尽きるという運動、これは単に日日日の他の小説を批評する上でも役に立つというだけでなく、およそ過程というもの一般の本性を概念化するのに必須なものでもあるように思える(注7)。こういう成果が引き出せてしまうあたり、もしかすると『のばらセックス』という作品は人類の文明史にとって究極的な目標だったのではあるまいか。なんとも大それた仮定だが、そのうち確信に変わってしまいそうなのが我ながら空恐ろしい。

序文の注
(1)フロイト『精神分析入門講義』第三部第19講(新宮一成訳)、『フロイト全集15』(岩波書店、2012年)360頁。
(2)福原泰平『ラカン―鏡像段階』(講談社、2005年)164頁。
(3)ただし尿道性愛の重要性に注意を促したのはメラニー・クラインの功績であろうが、『児童の精神分析』(衣笠隆幸訳、誠信書房、2009年第4刷)はこれをもっぱらサディズム的な性格のものとしている(155-156頁)。
(4)フロイト『夢解釈』第2章(新宮一成訳)、『フロイト全集4』(岩波書店、2007年)161頁。
(5)Jacques Lacan, Le séminaire XX: Encore, Paris, Seuil, 1975, p.132.
(6)もちろん、ラカンのことをどこまでフロイト理論の忠実な後継者と考えてよいかは、本当はもっと慎重な検討を要する問題だろう。ここではとりあえず、福原泰平『ラカン―鏡像段階』(前掲書)にも紹介されている、「お望みならラカン派になるのは貴方がたの勝手ですよ。私自身はフロイト派なのですから」という彼らしい人を食った発言(17頁)を信用しておくことにする。
(7)ヴァルター・ベンヤミンは『ドイツ悲哀劇の根源』(岡部仁訳、講談社文芸文庫、2001年)の「認識批判的序論」で、真理を「みずからを描き出す諸理念の領域」として定義し、そしてこの描き出すという点こそが「美全般を庇護してくれる避難所にほかならない」と述べているが、ただし、彼によれば、美の内実が明らかになるのはむしろ以下のような出来事においてであるという。「その出来事を比喩でいうなら、理念の圏内に入ってゆく覆いが燃えあがり、作品が燃焼し、燃焼するなかで作品の形式が自分の照度の最高点に達するのだ、といってよいかもしれない」(18-20頁)。このような燃焼の理由は、「真理とは、いくつかの理念から形成された無志向の存在である」ということに求めうるようだ。「したがって、真理にふさわしい態度とは、認識における志向ではなく、真理のなかに入り込んで消滅することである。真理とは、志向の死なのだ」(27頁)。


本文

(一)超越と内在について
先のメールで私が(勝手に)定式化した、日日日流の虚構論としての宗教論の大筋、すなわち、偶像崇拝への批判から出発し、「神」としての自覚の喚起を経て、各人による自由な創造活動の促しへ至る、という歩みは、あえて哲学用語を使ってさらなる一般化を試みるなら、「超越(transcendence)」から「内在(immanence)」への歩み、として概念化できます。
「超越」とは、上位の者(神)が決して埋められることのない距離を隔てて下位の者に君臨するという事態のことであり、キリスト教であれイスラム教であれ、一般的な宗教にとってはこれが自然です。それだけに、その反対に相当するはずの「内在」、つまり文字通りには「内に存在する」という事態のほうは、いざ論じようと思ってもいまいち文献が貧弱なのですが、「すべて在るものは神のうちに在る」・「神はあらゆるものの内在的原因であって超越的原因ではない」と断定したスピノザ(1632-1677)は、数少ない内在の哲学者の中では代表的な人物だし、「スピノザ主義の意義は内在性を原理として肯定すること〔中略〕であるように思われる」(注1)と主張したドゥルーズも、生前最後に発表した文章が「内在―ひとつの生……」という題名であることからわかるように、終生この主題に関心を持ち続けた人でした。ドゥルーズの内在論は、「何かが何かの内に存在する」という伝統的な形すら捨ててしまい、絶対的な内在性そのものを純粋に追究するという点で非常に極端なものです。一般論として、絶対神の威信に由来するような宗教的な超越性は時代が下るにつれてだんだん懐疑の対象となり、特に啓蒙主義の流行(18世紀)と実証主義の発展(19世紀)を経験した20世紀初頭の西欧ではこの傾向が顕著でした。ただ、他方では、20世紀の哲学者であっても、「超越的」という形容詞を単に「意識の外にあって我々の意のままにならない」というだけの意味で使うフッサールのような人もいれば(この場合、外界の事物はどんな些細なものであろうと我々の精神にとって「超越的」です)、人間には個々の存在するものに関する問いを超えて存在それ自体について問う―「『何々が存在する』と言うときの、この『存在する』とはそもそも一体どういうことなのか」と問う―能力が具わっているという事実に注目してこれを存在者(Seiendes)から存在(Sein)への「超越」と呼ぶハイデガーのような人もおり、そうかと思えばレヴィナスのように宗教的な超越性(神的な他者への畏敬の念)を倫理学の要として重視する人もいるという具合で、超越への関心は一概に時代遅れとも決めにくいところがあります。

(二)思想史における「神と私の一致構造」の諸相
さらに、一番初めにあなたから尋ねられた、『蟲と眼球…』における「神と私の一致構造」の問題についても、神話と寓話との関係をめぐる歴史上の諸事例を検討しつつ、一応それらしい回答をしておきましょう。そのような検討は一見迂遠なようでも、「そもそも神話とは何か」という疑問を無視するのでないかぎり、省略するわけにはいかないものです。

(1)神話の定義
神話とは何か。いま、我流の定義を思いつくままに述べると、「ある民族(部族)が自分たち自身、および自分たちの暮らす世界の成立起源への根源的な関心に突き動かされて、この謎を解決するべく想像力を働かせて案出した、物語の形式による説明の試み」となります。この定義そのものに対しては、おそらく専門家(神話学者、宗教学者、文化人類学者ら)の立場から見ても、またあなたからもそれほど深刻な異論は出ないかと思いますが、そうなると、潜在的な主語が胎児もしくは新生児時代の「私」(一人称単数)でなくて、少なくともそれよりは年上の―少年や少女ならばともかく、胎児や新生児のような、幼すぎて意識的に行動することすらままならない存在が神話に登場することは稀だと思います―「我々」(一人称複数)の先祖である、という違いこそあれ、この常識的な定義(と、私が信じるもの)は、すでに日日日的な「神と私の一致構造」を何ほどか予告するものを含むのではありませんか。ただ、微妙な違いとはいえとにかく両者が完全には重なり合わない以上、赤子の状態の「私」(全員のというよりも各人の自我)への注目というこの一点にこそ、常識的な神話観と比べたときの日日日の独創性を認める考え方はたしかに許されるようにも思います。

(2)神秘主義の伝統とスピノザ哲学における「神と私の一致構造」
事態をややこしくするのは、神話と、神話に淵源しつつも理論的な面でより高度な複雑化を遂げた、後代の宗教の体系、なかんずく神秘主義(mysticism)との相違でしょう。古来インドでは「梵我一如」の境地(宇宙を創造した最高の原理と、個々人の生命もしくは精神の原理との同一性を直覚すること)への到達が究極的な悟りとされてきたことなどは典型的ですが、ほかにもキリスト教やイスラム教の神秘主義にせよ、あるいは仏教や道教にせよ、ある種の修行、特に度重なる瞑想を通じて、真理(神)をただただ畏怖すべき超越的な(transcendent)対象として思い描いて外界に求める習慣から脱却するとともに、自己の内面に深く沈潜していけば、いずれは身を以て究極的な真なる実在もしくは本質とのいわば内在的な(immanent)一体性を知ることができる、という思想は世界各地に遍在しており、しかも何世紀もの長い伝統があるからです。そして、例えばキリスト教神秘主義における人間の「神化(deification)」なる用語の存在からもうかがえるように、あるいはイスラム教の神秘主義者が忘我の境地で口にしたと伝わる、神自身の一人称による名乗り(「我は神なり」)からもわかるように、内なる絶対的なもの(the Absolute)との合一を目指すこのような瞑想の伝統は、日日日が「神と私の一致構造」という表現で意図したのと同じ内容を、すでに自家薬籠中の物として実現している観もあります。ただ、これは神話というよりはやはり宗教の中の事例だろうし、よしんばその点に関しては、むしろ素朴な神話的思考への批判という基本姿勢を日日日と共有しているのだという評価が可能なのだとしても、結局はどの宗教においても少数の求道者専用の秘教的な課程にすぎず、いくら瞑想の技術が深遠さを増したところで、一般の信徒の間では、依然として木や石でできた像を礼拝し、儀礼を重んじ、ことあるごとにまじないを唱えるという、悪く言えば迷信的な態度が普通だったのですから、そうした態度が今日の人々にも残っているのであれば、そのかぎりでは作家がことさら自分の言葉で「神と私の一致構造」を力説することにもなお実践的な意味があるはずです。なお、この種の伝統についての理解は本来ならばただ文献を読むだけでは不十分で、実際に修行の場に身を置く必要があるのでしょうが、門外漢がとりあえず大要を手っ取り早く知りたいと思う場合(私自身もそうなのですが)、イスラム神秘主義を含む東洋思想については、井筒俊彦の著作『意識と本質』(岩波文庫)や『イスラーム哲学の原像』(岩波新書)における説明が大変明快で優れています。
このように、神話とは総じて人間にとって一体何であり、いかなる役目があるのかという一般的な問いの視座からすれば、「神と私の一致構造」は決して荒唐無稽な神話観ではなく、しかも諸宗教の伝統がお墨付きを与えてくれるということにもなります。
このような瞑想の伝統はまた、スピノザ哲学における、いわゆる「第三種の認識」にも通じるものでしょう。彼の主著『エチカ』によれば、認識には三種類あり、第一種の認識(「表象」)は個物の知覚か記号(しるし)によるもの、第二種の認識(「理性」)は共通概念―物体であれ身体であれ、いくつかの「体」に共通な何かを表す概念―によるものであるのに対し、第三種の認識とは、神のいくつかの属性の妥当な観念から事物の本質の妥当な認識へと進む直観的な知です(注2)。このような認識が可能なのも、『エチカ』の「神」は「絶対に無限なる実有、言いかえればおのおのが永遠・無限の本質を表現する無限に多くの属性から成っている実体」(注3)と定義されているために、一切の擬人化・人格化と無縁であり、その上「あらゆるものの内在的原因であって超越的原因ではない」(注4)からです。この意味は、第四部序言の「神あるいは自然」(注5)という大胆不敵な等式からも端的にわかるように、我々が目にする一切のものは、我々自身と同様、どれも神(自然界)から産出された結果であり、しかも現に原因としての神(自然界)のもとにとどまっている(内在している)ということです。つまり、スピノザの考えでは「すべて在るものは神のうちに在る」(注6)のであって、この立場からすると、神の属性についての妥当な観念から出発する真なる認識こそが、同時に、いずれも神を原因とする結果にほかならない自己および個物の双方についても唯一の正しい認識の仕方なのであり、それだから「精神の最高の努力および最高の徳は、物を第三種の認識において認識することにある」(注7)、ということになります。この場合、物は神の中に含まれ、神の本性の必然性から生じてくるものとして「永遠の相のもとに」認識されるのであり、その点我々自身の心身も例外ではありません。つまり、「我々の精神はそれ自らおよび身体を永遠の相のもとに認識するかぎり、必然的に神の認識を有し、また自らが神の中に在り神によって考えられることを知る」(注8)という事態が成り立つのであって、ここに生じる神への永遠なる「知的愛(amor intellectualis)」(注9)こそが、あるいは神の自己愛としての人間に対する神の愛こそが、スピノザ哲学における最高の境地です。要するにスピノザの体系においては、「神と私の一致構造」を直観的に知ることが、人間の精神に最高の満足をもたらす究極の真理への到達であると考えてさしつかえないのです。
以上の確認を前提として、続いて神話と寓話との関係という、より錯綜した問題、あるいはそもそも神話とは寓話なのかどうかという問題についても、思想史を手がかりにしながら少しばかり考えてみたいと思います。

(3)神話の寓意的使用について
まず考えられるのは、何らかの非神話的な(神話外の)関心から出発して神話的な意匠を借用する、という場合です。これについては、古代ギリシャの哲学者プラトンが魂の構造やイデア(理念・理想)論などに関する自説を、しばしば「ミュートス」の形で述べた、という史実が典型的でしょう。「ミュートス(ミュトス)」というギリシャ語は、「作り話」とも訳せますが、英語のmyth(神話)の語源でもあります。ただしプラトン的な「ミュートス」に関しては、注意すべきことが二点ばかりあります。第一に、「作り話」といっても、これは決して不真面目とか遊び半分というわけではありません。例えば、プラトンの主著である『国家』には、詩人は物事の外見を美しく真似てみせる術をわきまえているだけで本物の知識を持たない上、感傷的・衝動的な生き方を助長しがちな人種であるから理想的な国制には連中の居場所があってはならない…という悪名高い「詩人追放論」が出てきますが(第10巻第1-8章)、それにもかかわらずこの対話篇の結末(第10巻第13章以下)で、魂が死後にたどる運命を、あの世から復活したという「エル」なる架空の人物による報告と称して、詩的な物語仕立てで話し終えたソクラテスが、「物語(ミュートス)は救われたのであり、滅びはしなかったのだ。もしわれわれがこの物語を信じるならば、それはまた、われわれを救うことになるだろう」(注10)と発言することからもわかるように、プラトンが自らの「ミュートス」に期待したのは、あくまでも我々の生の道徳的向上に資する真摯な「作り話(虚構)」であること、既存の神話や詩と対決し、可能ならばそれらに取って代わるような哲学的寓話としての役割を果たすことでした。しかしそのためには、その「ミュートス」はそれ自体が十分に魅力的かつ迫真的でなくてはならず、一見して作者は本気でないと思われてしまうようでは、無意味どころか逆効果に終わるはずです。
この点、『国家』の中のいわゆる「洞窟の比喩」(第7巻第1-5章)や「エルの物語」に限らず、総じてプラトンの「ミュートス」はその美しさと迫力において哲学史上特筆すべき独創的な成果であり、単なる学説の伝達に仕える方便という以上に、彼以前の神秘主義的伝統(オルフェウス教など)の残した影響や、またひいては彼自身の「哲学=知への愛(philosophy)」を貫く広義の宗教的な情調の深さを、生々しく伝えてくれる資料として注目に値します。これが第二の注意点です。『国家』に続く対話篇『パイドロス』には、一人の御者を乗せた二頭立ての馬車に魂をなぞらえる「ミュートス」が出てきます。馬車は二頭の天馬にひかれて天空を駆け、天の彼方にあるという真実の実在(イデア)を目指しますが、いかんせん人間の魂は神々の魂と比べると左右の馬の性質が不揃いなために、上昇は困難を極めます。感覚の世界から離脱してイデアを認識せんとする人間の希求がいかに激しいかも、にもかかわらずこの認識に与ることが人間にとっていかに容易でないかも、読者はこの「ミュートス」を通じて初めて生き生きと実感できるのであり、これはつまり、こういう物語的な形式がある程度まではプラトン自身によって生きられた体験からおのずと出てきたもので、純然たる空想の戯れとは本性を異にしていると考えざるをえない根拠でもあります。すでに名前を挙げた井筒俊彦も、神秘主義と哲学との関係をギリシャ哲学の発展史の中に探求しようとした『神秘哲学』において、通念に逆らうことになるのは覚悟の上であえてプラトンの哲学から神秘主義的な基層を掘り起こすべく一章(第二部第2章)を割き、そして『パイドロス』の「ミュートス」は「要するに一篇の美しい詩話にすぎない」とことわりつつも、「自ら親しくイデア観照を体験した人であってこそ、このようなミュトスを創造することができるのであり、また、自ら同様な体験を有する人だけが、このミュトスの真の生命を感得できるのである」という見地から、「故に、これを見る人もまた、詩的象徴の外面的形態に停止することなく、ミュトスを越えてミュトスの彼方に伏在する体験的基体にまで透徹しなければならない」と論じています(注11)。つまり、プラトンの「ミュートス」は、先に私が述べた我流の神話の定義―「ある民族(部族)が自分たち自身、および自分たちの暮らす世界の成立起源への根源的な関心に突き動かされて、この謎を解決するべく想像力を働かせて案出した、物語の形式による説明の試み」―に照らせば、たしかに民族(部族)の共有財産としての「神話」というよりも独創的な「作り話」の類ですが、しかもなお「善き生」という目標に対するプラトン個人の哲学的な、ひいては広義の宗教的な情熱をそこに認めることが可能なかぎり、神秘主義の伝統に一脈通じるものでもあります。
また、プラトンに比べれば少々「文学的」すぎる(思弁的でない)きらいもありますが、例えば『荘子』のような東洋の哲学書にも類似の発想は見出せそうです。それと、功績のあった偉人を神格化する習慣自体はエジプトにも古代ローマにもありましたが、日本の場合はそれに加えて、天皇家が神話の時代から連綿と続く神の子孫の家系であるとされてきたこと、および偉人に限らず非業の死を遂げた者(菅原道真や平将門)にも神格化が及ぶこと、そもそも神道において死者は平等に神としての待遇を受けることなどが独特です。ただし、日本では近世・近代に至るまで著名人の大がかりな神格化(豊臣秀吉、徳川家康、乃木希典、東郷平八郎ら)が途切れることなく続いたのに対して、西欧では、中世に入るとキリスト教の影響で各人の個性を神聖視する見方は古代の神話ともどもすたれてしまい、この状況が本格的に一変するのはルネサンス期以降です。ルネサンス時代を特徴づける古代文化の礼賛はさまざまな分野にわたるものですが、神話との関係で個人的に興味深いと思うのは、ギリシャ悲劇の登場人物は全員台詞を歌っていた、という誤解からオペラが誕生したことです。史上初の本格的オペラとして知られるモンテヴェルディ作『オルフェオ』は、歌の力で妻を冥界から連れ戻そうとした詩人オルフェウスの伝説が題材となっており、神話的な寓意を通じて自らの芸術家としての栄光を高らかに主張しようとする音楽家の意図は明らかです。中世を通じて発達した寓意(アレゴリー)的な芸術表現が、ルネサンス的な古代復興の気運と融合した特異な結果でしょう(『オルフェオ』の前口上を受け持つのは、「私は音楽…」と名乗る女性歌手です。「音楽」そのもののアレゴリー的な擬人化です)。日本の明治維新などもそうですが、文化的・政治的な革新が古代の(ただし理想化された古代です)文物や制度の復活という体裁をまとうことは珍しくなく、マルクスやヴァルター・ベンヤミンやドゥルーズの関心を引いたこのような現象において神話が参照される頻度の高さは、ほとんど文明の歴史とともに古い神話というものの、長続きする威厳と、それゆえの汎用性、ないし幅広い応用可能性とをともにうかがわせるに足ります。
もっとも、中世を通じてすっかりキリスト教化した西欧文明においては、ルネサンスを経たのちもギリシャ・ローマの神話が聖書や教会の権威を押しのけるまでには至らず、こうして神話の世界は、建築・彫刻・絵画・音楽・文学等の芸術の領域で生き延びることになりました。古代の神々は、もはや真面目な信心の対象というよりは、単なる美的な意匠にすぎなくなったのです。この問題はともすれば「暗い中世」対「明るいルネサンス」という単純な図式として考えられがちですが、そのような見方に修正を迫る研究として貴重なのは、批評家ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940)の『ドイツ悲哀劇の根源』(岡部仁訳、講談社文芸文庫、2001年)です。これによれば、古代の神々が本来の環境から引き抜かれて場違いなものと化し、しだいに生気を失ったあげく邪悪な存在とすら思われるようになったという事情こそが、被造物の堕罪という教義と不可分であるような西欧的な寓意(アレゴリー)の成立をそもそも可能にした決定的な要因です。それゆえ、17世紀ドイツの悲哀劇(悲劇)が寓意の多用という傾向を中世から受け継いで発展させたことには、わざとらしい混乱や誇張や歪曲への好みと同様に、一種の歴史的必然性があったことになります。なんとなれば、悲哀劇はまさしくこのようにしてルネサンス的な調和のとれた美への反動であったからこそ、三十年戦争(1618-1648年)がもたらした社会的な荒廃をまのあたりにして、もはや容易に信じられなくなった救済の到来をそれでも心のどこかで待ち望まずにいられない、当時のドイツ人の間で共感を呼んだからです。ユダヤ系でマルクス主義者だったベンヤミンはまた、法を措定することで罪人を作り出す支配者の側の「神話的暴力」を批判するとともに、法そのものを破壊して一切の罪を帳消しにする革命家の側の「神的暴力」をそれに対置したことがあります(「暴力批判論」)。いわばギリシャ神話に対する一神教(ユダヤ教)からの挑戦といった趣があり、明らかに神話というものに対して好意的でない用語法であるとはいえ、これも参考になります。

(4)神話の寓意的解釈の諸例
しかしもっと重要なのは、既存の神話(伝説)を何らかの寓意として解釈すること自体が目的となる、という場合のほうでしょう。これは結局、神話の内容を文字通りには受け取らず、その背後には権力者の家系による自己正当化の企てや、擬人化による自然界の現象(昼夜の交代や季節の移り変わり、落雷や燃焼など)の説明の試みが隠れていると考えることであり、すでに先のメールでも書いたように、しばしば冷笑的な態度を伴います。中国では、もともと「怪力乱神を語らず」と言われ、超自然的な領域に関しては頑なに沈黙を守ったとされる孔子に始まる儒教の体系が、特に宋代および明代以降になると、合理主義的な宇宙論(朱子学)としての、ついで実践的な道徳哲学(陽明学)としての性格を強めた結果、民間信仰とは一線を画しつつもそれとの折り合いのつけ方を模索するようになったし、日本の江戸時代においても、例えば作家の上田秋成が、『古事記』の研究で有名な国学者・本居宣長の素朴な国粋主義を嘲って、「この国には、天が皇孫の御本国にて、日も月もここに生れたまふといひし也。是はよその国には承知すまじき事也(=この国では、天界こそが天皇家の故郷であって、日も月もここでお生まれになったと言い伝えてきたものである。こんなことは外国では認めてくれるはずのないことである)」・「月も日も、目・鼻・口もあつて、人体にときなしたるは古伝也。ゾンガラスと云千里鏡で見たれば、日は炎々タリ、月は沸々タリ、そんな物ではござらしやらぬ(=月も太陽も、ツクヨミノミコトだのアマテラスオオミカミだのと、目鼻や口を具えた人間の姿に擬人化してしまったのが古い伝説というものだ。しかし望遠鏡で見てみれば、太陽は燃え盛っているようだし、月は水が湧いているようで、とても人間の姿をしておいでではない)」…等々の辛辣な批判を残しています(『胆大小心録』)。
秋成の同時代人で(一世代ほど年下ですが)いわゆるドイツ観念論を代表する哲学者ヘーゲル(1770-1831)も、さまざまな民族の神話や諸宗教の体系を、哲学以外・哲学以前の人間の文化的営為の中では最も高度なものであると認めつつも、無自覚な状態を脱して哲学的な思惟に目覚めた人間の精神は、自分こそがそれらの体系の真理であることを理解するのでもはや神話も宗教もあらかた必要としなくなるはずだ、と考えました。ただし、ここで見落とせないのは、第一にドイツの教養人のつねとしてギリシャ文化に心酔していたヘーゲルは、家族の愛と国家の法との衝突から生じる葛藤を考察するにあたってソポクレスの悲劇『アンティゴネー』に依拠するなど、主に文芸(戯曲)という二次的な形態を通じてとはいえ、自身の哲学を鍛えあげる際にギリシャ神話の世界を特権的な参照先として意識せざるをえなかったという事実であり、また第二に、当時のドイツ人として平均以上に信心深いわけではないとはいえ神学校出身だったヘーゲルにとって、「まことの神にしてまことの人」というイエス・キリストの称号や三位一体の教義が、一体何を意味していたかという問題です。
『宗教哲学講義』によれば、神とは精神であり、およそ精神というものの一般的理念なるがゆえに、単に「父なる神」という抽象的な呼び名の不十分さに甘んじることなく、自己自身に区別を施して人間という有限な精神になりきることができなくてはならず(「子なる神」たるイエス)、しかもこの区別を解消して他者から自己へと帰るのだから紐帯としての愛の統一性でもあり(聖霊)、このように永遠の過程にして自己自身への関係であることにおいて初めて精神としての神の本来的な無限性の発露が見られます。そしてヘーゲルにとっては、精神一般の本性、つまりおよそ精神というものは永遠の過程であり自己自身への関係であるということを教えてくれるがゆえに、三位一体とは単にキリスト教の最重要の教義であるにとどまらず、絶対的な哲学的真理でもあったのです。より具体的な次元で説明するなら、神の一人息子であるはずのイエスが十字架上で人間として不名誉な刑死を遂げ、やがて復活するまでの聖書の叙述は、ヘーゲルによれば、彼岸の超越的な存在にとどまっていた神が此岸、つまり現世へとじきじきに歩み入り、身を以て死を殺す(有限性の極致である、死という現象そのものに死をもたらす)ための苦闘の過程として読むことができます。ここには、ヘーゲル哲学に特徴的な「否定の否定」という発想が如実に表れています。そして、生身のイエスがこの世から過ぎ去ったのちもなお内面的な信仰は万人を自発的に共同体へと結集させるのであり、聖霊に象徴されるこの愛の共同体がすなわちキリスト教会です。父なる神はいかに偉大であろうとも、否むしろ無限に偉大であるためにこそ、運動を欠いた孤立性の中で完結するのではなしに、イエス・キリストという息子を介して死の体験とその克服を経るべく人間の姿に受肉すること、ついで聖霊もしくは教団を介して全人類にとっての主観的な真理となることを必要とする、というヘーゲルの三位一体論には、それがそもそも精神一般の原理の理念的記述という性格を併せ持ち、かつ人間の側の新たな自覚の芽生えを伴っているかぎり、ある意味で日日日を先取りするような「神と私の一致構造」を認めることが可能でしょう。例えば、フランスの哲学者であるジャン‐クレ・マルタン(ドゥルーズの弟子)も、ヘーゲルの主著『精神現象学』(1807年)を解説した『哲学の犯罪計画』という著書の中で、彼がキリストを人間に引きつけて解釈していることに読者の注意を促してから、こう述べています。「それゆえに、宗教はまもなくその超越性をすべて失ってしまうことになるはずなのだ。ただし条件が一つ。それは人間が、自分のうちになにがしか神的なものを所有している者としておのれを再認することだ! キリストは、こうしてまずは《神》にその身体を提供した人間のなかに、つまり《神》がいまここにある可能性を与えた人間のなかにその姿を現す。その人間は《神》に、人間の意識を通じて神の自己認識を提供したのである。人間なしには、《神》は自己意識を持つことはできなかったろう」(注12)。とはいえ、少なくともマルタンの読解では、『精神現象学』の醍醐味は、死んだキリストの復活という、人間の死と神の死に通じる出来事とともに到来する「普遍的自己意識」、ひいては名高い「絶対知」を、いわば「デジタル画像処理を行うハードディスク上で起こっていることにも似た」・「精神化された機械内部への精神の吸収」として、すなわちもはや有機的ではなくて機械状であるような生、「自分自身のやり方でみずからを提示し、生の彼岸の生へと神経を張り巡らせる《概念》に依拠した非人称的な語りの様式」による、記録媒体の不滅性として理解させてくれる点に存します(注13)。この、いかなる超越性をも呼び寄せることのない人間の技術的な自己超克というニーチェ風の主題は、たぶん『蟲と眼球と白雪姫』では芥川白雪が教え子に読ませる原稿として、また他の作品、例えば『のばらセックス』ではポラロイドカメラで撮った記念写真(388-389頁の見開きの挿絵)として実現をみているのであり、ここでは深入りしませんが、これはこれで日日日の小説と無縁ではありません。
ヘーゲルの宗教観については、ほかにも『キリスト教の精神とその運命』と呼びならわされる初期の論稿の存在や、『精神現象学』に続く第二の主著『大論理学』が天地創造以前の神の様子を純粋に叙述したものとされていることなど、哲学的に興味深い話題が多々ありますが、基本的には、『精神現象学』のキリスト論と『宗教哲学講義』の三位一体論(注14)が重要です。たしかに、人間主義的な宗教観は『精神現象学』の著者にとって究極的な立場でないことはマルタンも書いているとおりだし、ヘーゲルはあからさまに超越から内在への歩みを主張したわけではありません。しかし、彼にとっては、少なくともそれと方向を同じくする世俗化(secularization)の過程を推し進めたからこそ、つまりやみくもに現世とそこに生きる人間という有限なものをおとしめようとはしなかったからこそ、ルター以来のプロテスタント教会は、一応カトリック教会よりも進歩的であると評価しうるものだったのです(注15)。
他方で、18世紀イタリアのジャンバッティスタ・ヴィーコ(1668-1744)のように、寓意的解釈を採用しながらもあくまで史実との対応を求め、神話が古代人の習俗に関して伝えているはずの歴史的事実を見抜こうと努力した哲学者もいることはいますが、いかんせん今日の神話学の水準と比べるとその研究(『新しい学』)には強引なところが目立ち、むしろヴィーコ自身の思想として受けとめておくのが無難です。幾何学を偏重しがちなデカルト的な学問の流行に一石を投じ、人間の行為の所産を対象とする人文学、なかんずく歴史学もまた確実な知識でありうる、と説いたヴィーコの信念は、これはこれで立派な見識ですが、諸民族の神話を読み解けばノアの洪水後に人類が経験した野蛮な状態と、その後の文明の歩みとがわかるはずだ、という彼の神話論そのものは、もはやそのままでは通用しません。
ほかに、神話に強い積極的な関心を示した哲学者としてはヘーゲルと絶交した19世紀ドイツのシェリング(1775-1854)がいます。シェリングの最終的な神話観は、元来歴史以前の人類は神との盲目的な一体性の中で安らいでいたが、この一体性が破れた結果として諸民族および言語の多様性が多神教ともども成立したという前提から出発するもので、神話は民族の歴史にとって決定的な意味を持つこの危機的な急転(Krisis)についての記憶であり、よしんば客観的な史実ではなくとも、人類の意識の中で現実に生じた出来事の記録としての価値がある…と考えます。あいにく邦訳版シェリング著作集(燈影舎、全5巻計8冊)では第5a巻に相当する『神話の哲学』は未刊なのですが、山口和子著『後期シェリングと神話』(晃洋書房、2004年)の説明を拝借するなら、1841年(『神話の哲学』講義の時期)のシェリングにとって、神話とは「人々の心に深い痕跡を残し、何世代にもわたって語り継がれた事実であり、意識を深く揺り動かし、意識を変えた予期しえない出来事、それゆえに意識の中で実在性を持ち続け、内面化された出来事」である(注16)、ということになります。この場合、「太古の人々のうちに神々の表象とその物語を生み出した力は、シェリングにとり、自然を産出する宇宙論的な力でもあり、また歴史を形成する力でもあった。それゆえ、後期シェリングの神と宗教の概念は、既成の宗教から自由であるのみならず、存在論や宇宙生成論とも重なり合う、広い意味において解されている。〔中略〕自然、意識、学、芸術、宗教、歴史、社会、それらの始まりを神話のみが記す」(注17)…という風に、神話は自然と文化の双方にまたがる、およそ人間が経験しうるかぎりの一切の領域の根源についての証言者として、無制限の権能をほしいままにしている観すらあります。実は、早熟でしかも長生きしたシェリングは、哲学者としての経歴のほとんどどの時期においても神話への関心を示しており、それだけに彼の見解を要約するのは容易ではありません。例えば、まだ仲が良かった青年期のヘーゲルとシェリングに、後年自らドイツ語訳を試みるほどギリシャ悲劇の世界に心酔することになる詩人ヘルダーリンも加わって三人で執筆したという説もある哲学的断片、いわゆる「ドイツ観念論の最初の体系プログラム」(1797年頃)は、ごく短いものながら、フランス革命の激震がヨーロッパを揺るがす中で、時勢の変化に応じた「新しい神話」、「理念に奉仕する」ような「理性の神話」が哲学者と民衆とを結びつける絆とならなくてはならない、と主張しています(注18)。これは、いわば啓蒙的な意図にもとづく哲学の神話化(物語化)という計画であるわけですが、対して後期のシェリングは、上述のとおり、そもそも哲学であれ詩であれ、およそ人間の文化は神話のうちにその起源を見出せる、とまで考えるに至りました。狭義の哲学と詩の両者に先行しており、神話の理解を通じてのみ垣間見ることのできる根源的な産出力、それをシェリングは、精神の奥底から人間の意識を揺り動かす内なる他者としての「根源的偶然」とも、「不協和」とも、あるいは一切の形式を超出する激情の力とも呼びます。そして山口によれば、今日の人間にとってはほとんど破壊的なほどのこの法外な爆発力への注目こそ、神話を論じるシェリングと、彼に比べればあまりに経験主義的なヴィーコとに共通する要素です(注19)。以上、神話とは親元(神の懐)からの離反に伴う危機的な急転に関する民族の集合的な記憶である、という後期シェリングの神話観は、のちのニーチェの『悲劇の誕生』を思わせるような、形式に収まりきらない原始的な情動の過剰がもたらす不協和への注目ともども、考えようによっては伝統的な哲学の中で最も日日日的なものかもしれません。ことに、彼が好んでスピノザ主義者を自称したことを思い起こすならなおさらです(スピノザその人はたしかにルネサンス哲学の影響下で非ユダヤ‐キリスト教的な神の概念を説いたものの、その際重要なのはあくまで神が超越的な原因ではなくて内在的な原因である、という論点であって、ルネサンス期の文化人のように古代の神話に心酔することはありませんでした)。
19世紀の後半以降は近代的・科学的な神話学がミュラーやタイラーやフレイザーによって着手された時代であり、神話は自然現象を正しく説明できない未開人の知的な無力さに由来する、迷信的で幼稚な世界観だ、という見方が主流になりました。それまで西欧世界にとって最も神聖な真理だったはずのキリスト教の体系すら、実証的な歴史学による批判の運動から超然としているわけにいかなかったことは、例えば物議をかもしたルナンの『イエス伝』からもうかがえます。
こうした中で、ニーチェ(1844-1900)があえて実証主義的な時代の風潮に抗うかのように『悲劇の誕生』(1872年)で披露したのは、アポロンとディオニュソスというギリシャ神話の対照的な神々の関係を、明朗な造形と音楽的な陶酔という芸術上の二大原理の対立として解釈しつつ、一般に前者(アポロン的な明朗性)の側面がよく知られているギリシャ文化の奥底にひそむ後者(ディオニュソス的な陶酔)の執拗な回帰を、ギリシャ悲劇のたどった沿革の中に探るという試みです。これが歴史的に正しい説明かどうかはともかくとして、ヘーゲルやシェリング以上に心理学的な傾向が強まり、神話の本来の舞台を音楽に感応する無意識的な内面の領域に移そうとしているのは興味深いところです。「私はこの事実から、神話、すなわちもっとも意味の深い実例を生む力が音楽にあるという結論を引き出すのである。しかも音楽が生み出す神話は、ほかならぬ悲劇的神話なのだ。すなわち、ディオニュソス的認識について比喩で語る神話にほかならない」(注20)と書いたニーチェにとって、音楽こそは個人の破滅という悲劇的事件にもかかわらず、それを通じて暗示される深遠な意味を永遠の生命として解き明かしてくれる唯一無二の芸術分野だったのであり―「音楽の精髄からはじめて、われわれは個体破壊の歓喜というものを理解できるのである。というのは、このような破滅の個々の実例でわれわれに明らかにせられるのは、ディオニュソス的芸術の永遠の現象だけだからである。〔中略〕『われわれは永遠の生命を信じる』と悲劇は叫ぶ。一方、音楽はこの生命の直接的な理念なのである」(注21)―、こうして音楽の力から生まれた悲劇的事件の表象こそ本来的な神話であると確信するに至ったニーチェは、「どのような文化も、神話を欠く場合、その健全な創造的自然力を失なう」(注22)という立場から、当時彼が熱中していたワーグナーのオペラ(楽劇)に「ドイツ神話の再生」(注23)を期待しています。ただし『悲劇の誕生』の場合、悲劇的神話とは一体いかなるものでなくてはならないかという点については、個人の破局という以上にあまり詳しい説明はなく、あくまでも個人の明朗な輪郭と、その奥底を流れ、ときおり噴出してくる個体化以前のおどろおどろしい情念との対立が、悲劇の源泉でもあると同時にそのまま悲劇の筋書の内容なのでもあります。
したがって、この心理学的傾向が頂点に達するには、精神分析の創始者が収めたいっそう充実した成果、つまり、ソポクレスが悲劇に仕立て上げた古代ギリシャの伝説上の英雄オイディプス(エディプス)の呪われた運命の内容―父親の殺害、およびそれに続く母親との近親相姦―は、実はあらゆる子どもの(少なくとも、あらゆる男子の)無意識的な願望そのものである…と看破したフロイト(1856-1939)による、いわゆるエディプスコンプレクスの発見を待たなくてはなりません。エディプスコンプレクス自体については『夢解釈』をはじめフロイトの著作の各所で言及がありますが、民俗学の知見を存分に取り入れながら、人類史の暗部に果敢に切り込んでいった研究として非常に重要なのは『トーテムとタブー』(1913年、岩波版フロイト全集第12巻)であり、フロイトは、自ら最高傑作と呼んだこともあるこの著作で、太古の原始部族において起きたと想定できるある殺人事件、すなわち女性を独占する暴君のような父親を、息子たちが力を合わせて殺害し、食べてしまうに至った事件を再構成してみせ、その結果いまだかつてないほど強烈な罪悪感が彼らを襲ったという仮説から宗教(トーテミズム)の起源を説明しようとしています。
付言すれば、ここまでヘーゲル、シェリング、ニーチェとドイツ人の哲学者の名前が続いたのは、フロイトや先に触れたベンヤミン、あるいはさらに両人の同時代人である思想史家エルンスト・カッシーラーのようなユダヤ系の知識人が、どちらかといえば神話というものを批判的に相対化し、あるいは解体してしまうような懐疑的な視線への理解力を持ち合わせていたことと同様に、たぶん全くの偶然ではありません。というのも、フィリップ・ラクー‐ラバルトとジャン‐リュック・ナンシーの共著『ナチ神話』によれば、神話とは何らかの手本への擬態を通じた自己同一性の獲得を可能にする「一個の同一化の装置」(注24)であるがゆえに、国民国家としての統一が長らく欠けていたドイツにおいては、一時的とはいえナチスに加担したハイデガーの時代(20世紀)に至るまで、ドイツ民族の確立を目指して執拗に神話への参照が繰り返されざるをえなかったのだ、と考えることができるからです。このように「ドイツ民族」の純化を目指す運動の結果、特にナチス体制の成立後は、ドイツに暮らし、ドイツ風の名を名乗り、ドイツ語を話しながらも、キリスト教よりも古い独特の(似て非なる)宗教的背景を保持してきたユダヤ人は、金融業に従事する者が多いこともあってかいわば獅子身中の虫とみなされ、「劣等人種」としての差別的な待遇を受けてしだいに肩身の狭い思いをするようになりました(ちなみに、ナチスによるユダヤ人迫害が深刻さを増す中で、英国に逃れたフロイトはユダヤの民の成立起源を問う『モーセと一神教』をいわば思想的遺言として公にすることができましたが、ベンヤミンは亡命途上で服毒自殺を遂げるというあえない最期を迎え、またカッシーラーは米国に移住して、戦後『国家の神話』という題で日の目を見ることになる全体主義の批判的研究を続けました)。

(5)今日の神話学と「神と私の一致構造」の哲学的意義について
ともあれ、神話とは我々人間の魂の奥底でうごめく根源的な情動、表層的な意識の静穏をかき乱しかねない衝撃的な情動の次元に属する、内面的・体験的な真実の記憶であるというシェリングやニーチェやフロイトの発想は、そもそも実証の作業となじまないところがありますが、おそらくスピノザ哲学は別格として、狭義の神話論の枠内で考えるかぎり、『蟲と眼球…』から引き出せる「神と私の一致構造」に一番近いのはこのような発想だろうと思います。
なんとなれば、総じて現代の神話学は、神話の内容を実際にあったことの記録、あるいは少なくともその反映として真に受けすぎる(ヴィーコ的な)傾向からはもちろん、性急に「この神は太陽の擬人化に違いない…」といった類の断定に走るようなあまりに単純な寓意的解釈からも脱却し、主に複数の神話の比較というもっと堅実な方法を駆使するようになっており、加えてすでに先のメールでも書いたように、特にクロード・レヴィ‐ストロース(1908-2009)の構造人類学以降は、「人間の精神はどんな環境に育とうとも、条件の許すかぎり理路整然とした体系的な世界観の構築を欲するものだ」という前提から出発して、内容(素材)よりも形式(パターン)を重視する考え方を知ったからです。幸い、中央公論新社から出ている『哲学の歴史』の第12巻『実存・構造・他者【20世紀III】』(2008年)をひもとき、「V 構造主義」の章のレヴィ‐ストロースの節(渡辺公三筆)を参照すると、彼の神話観が論文「神話の構造」(『構造人類学』所収)を手がかりとして簡潔にまとめられているので、以下に引用します。「神話においては死は、もともと永遠の生を享受していた人間がある出来事をきっかけに限りある生を与えられてしまう、というふうに語られる。その出来事とは人間の生を維持するための狩猟あるいは農耕の開始であり、前者はまさに死をもたらす戦争に類比される活動、後者は労働と栽培植物の獲得とに直結している。生と死の矛盾という人間の条件を、人間は狩猟や農耕という両者の論理的な媒介項を導入し、それらの起源を神話として語ることによって思考のレベルで解決するとレヴィ=ストロースは考える。人間はなぜかくあるのか、という問いに、その条件がいまだ存在しなかった状況を起点に論理的な媒介項を導入することで思考しうるものに変える、それがレヴィ=ストロースが想定した神話の機能である」(注25)。こうなると、神話の研究、なかんずく互いに変奏の関係にあるような複数の神話の間に成り立つ顕著な共通性の研究から我々が学びとるべきなのは、究極的には論理の構造の、ならびに人類の思考の普遍的な型といったものであり、これとは反対に個々の神話が伝える事件の具体的な内容にこだわりすぎ、関係性の面をおろそかにしたままもっぱらその起源や深い意味を探し求めようとするような態度は、学問的にはあまり実りがないものだと結論づけざるをえません。
こうした考え方からすれば、例えば『蟲と眼球と愛の歌』で論じられている大洪水の神話の遍在性という現象にしても、単にたまたまどこかの土地に住む人々にとって洪水が最も恐ろしい脅威だったから発生し、その後よその土地に伝播していっただけと説明しておけば十分で、別に赤子が母体から誕生したときの記憶に由来すると考える必要はないことになります(実際、ノアの洪水の伝説のもとになったのは、メソポタミア地方を周期的に襲った水害に関する誇張された記憶であるという説は珍しくありません。付言すれば、著者=芥川白雪はうまくごまかしていますが、日本の『古事記』・『日本書紀』には「洪水神話」そのものに相当するような説話は存在せず、単にできたての国土は「浮ける脂の如く」水上を漂っていたとか、海幸彦と山幸彦の兄弟の争いで、後者が前者を、潮の干満を自在に引き起こせる神宝の力で翻弄して屈服させたとかの記述があるにすぎません)。したがって、もしも『蟲と眼球と愛の歌』の執筆当時に今日の神話学研究の動向を知っていれば、作者はあのような神話観を書かなかった可能性が高い、というのが私の意見です。
しかし、必ずしもこういった外野の学問の動向に左右されないで済むというのがまさしく文学や哲学や精神分析の強みの一つだろうし、とりわけ「私」もしくは「自我」について、それも現代の一般的な心理学とは若干違った角度から問いを提起することが必要な文脈ではそうでしょう。このメールの冒頭で、あえて超越から内在へ、という哲学的な概念の対に訴えて日日日の宗教論を定式化しようとしたのも、一つにはそれが理由です。『精神現象学』の「V 理性の確信と真理」の章の叙述を始めるにあたって、ヘーゲルは、「自己意識は世界が自分の新しい現実的な世界であることを発見したのである。〔中略〕即ち自己意識は世界のうちに、ただ自分だけを経験するにすぎぬことを確信しているのである」と宣言しました(注26)。このように、意識はそもそも自己が存在するという暗黙の前提から出発してしかものを考え始めることができず、それゆえつねに世界の中に己を見出す自己意識であるという宿命を背負っているのであり、意識というものに特有なこういう性格についての、ヘーゲルと同様な認識、あるいはそこまで明瞭なものではなくとも一種の勘が働いたことが、『蟲と眼球と愛の歌』の作者をして、「神と私の一致構造」という神話観を着想せしめた根本的な要因なのではなかろうか…こう私は考えます。
要するに、『蟲と眼球…』における「神と私の一致構造」については、それが各宗教における瞑想の伝統(神秘主義)やスピノザ的な「第三種の認識」との比較を許すような一般論の次元にとどまっている間はともかく、この次元を離れて個々の神話の寓意的解釈にまで踏み入りかねない性格のものであるかぎり、今日の神話学研究の標準的な観点からすればたぶん正しくはないが、それでも哲学(ヘーゲルやシェリングやニーチェの哲学)や精神分析の観点からすればなお大変興味深いものである、というのが、あなたの当初のご質問に対する私からの回答です。
もっとも、偶像的な絶対神の破壊に、人間―ちなみに、英語のmanがそうであるように、西欧の言語では「人間」と「男性」はしばしば同じ一つの語です―の自立に欠かせない出来事という意味を明確に付与しつつ、それを(のばら様の)自壊として、ひいては(おちば様の)自己破壊として、すなわち誰かを責めてそれで済ませるわけにはいかない・かつ他人事でない経験として、観客はもとより役者にとってもこれ以上考えられないほどの痛みの中で実演してしまった『のばらセックス』のほうが、正(生)でなく負(死)の方向でこの一致を確認しているという点でより徹底的な気はしますし、偶像崇拝の想像的狂気は当人(坂本緒礼)の精神ばかりか実に身体にまではたらきかけるほどのまがまがしい威力を発揮しうること、そしてほかならぬこの身体性という一点(あるいは、女性への変身という行為)において、超越性という障害の突破、すなわち創造者を被造物から絶対的に隔てる次元の違いという、『蟲と眼球…』終盤の袋小路の突破(女性の「量産」)が現に果たされていること、等々からしても、やはり私なら『のばらセックス』を、単に日日日の他の諸作品と比べて傑出しているというよりも、むしろそれらが突きつけてくる諸々の難問に対する模範的な応答の書として読もうとするはずです。

(三)メタフィクション論の観点から見た日日日の小説における「神と私の一致構造」について
最後の指摘になりますが、いわゆる「メタフィクション」的な発想そのものは、たしかにジッドの『贋金つかい』(1925年)以降、特に20世紀のフランスで第二次大戦後に発達した、「ヌーヴォー・ロマン(新しい小説)」と総称されるような作品群において顕著になり、今日では日本のライトノベルの世界に少々露骨すぎるほど大量に氾濫するようになったとはいえ、実際にはセルバンテスの『ドン・キホーテ』(1605-1615年)―急に話の流れが中断したかと思うと作者(地の文の話者)が一人称で顔を出し、市場で買い求めたアラビア語の本の翻訳と称して叙述を再開しながら、どうせアラビア人の書いたものだから嘘だらけに決まっている、などと軽口を叩いたり、後篇に入ると当時流布していた贋作版について登場人物自身がくどくどと論評を加えたあげく、「贋作版ではわしらはサラゴサに行くことになっているそうだから、その裏をかいてバルセロナに行ってやろう」などと言い出したりします―や、ロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』(1759-1767年)などにも現われる技法であり、むしろ小説の歴史とともに古いものであって、決してそれ自体が新しいわけではありません。もっとも、20世紀を代表する長篇小説の一つで、神話のパロディにもなっているようなメタフィクションの事例として読むことができるジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』(1922年)などは、技巧的な複雑さの点でこれに匹敵する作品をそれ以前の時代に見つけることが難しく、その点は間違いなく斬新であると評価できます。
『蟲と眼球…』に限らず、日日日の小説がメタフィクション的な観点から注目に値するとすれば、それはおそらく、「ある作品の中に、関連する(同じ作者による)別の作品への示唆、ひいてはほかならぬその作品自身への言及が何らかの形で現れる」という入れ子状の構造の組織化が、一見すると虚構性の暴露に起因する作品の形式的な自律性をもたらすかに思えながらも、それでいて決してその外部の忘却や閑却には帰着しないという点でしょう。むしろ我々読者がここに認めざるをえないのは、複数の作品を横断しつつ水平方向に走る『県立香奈菱高等学校』なら『県立香奈菱高等学校』といった固有名詞を通じて、テクストの相互参照的な運動がもたらす特有の現実味(リアリティ)に支えられながら―このような現象は批評理論において「間テクスト性(intertextualité)」と呼ばれるもので、1960年代にフランスの批評家ジュリア・クリステヴァが提唱した概念です―、「宇佐川鈴音が芥川白雪として目覚めなくてはならなかったように、我々にもいつかある日、『(一つの世界の)作者』であるような別の誰かとして覚醒することを迫られる瞬間が訪れるのではないか…」といった問いが芽生えるという事態であり、換言すればメタレヴェルへの叙述の上昇、ないし垂直的な飛躍の運動が、余勢を駆って頁の外にいるはずの我々のもとにまで届く(かのように感じられる)、ということなのではありませんか(余談ながら「香奈菱」は「カナビス」、つまり大麻に通じます。大麻のもたらす朦朧とした精神状態は、いずれは現実へと覚醒することを要する虚構への没入を意味しうると同時に、そもそも虚構による現実の浸食を準備する条件でもありうるはずです)。アルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短篇「円環の廃墟」(『伝奇集』所収)の筋書は、夢の中で一人の「息子」を創造して現実へと送り出した魔術師が、実は自分もまた、自分よりも上位の誰かの夢から生まれた幻影にすぎなかったことを悟る…というものですが、このような能動性から受動性への転換(作者の立場から登場人物の立場への下降)と比べて、『蟲と眼球と白雪姫』における受動性から能動性への転換(登場人物の立場から作者の立場への上昇)が、客観的には解放であり自由の獲得であるにもかかわらず、はるかに衝撃的で救いのない残酷な結末と感じられるとすれば、それは単に短篇と長篇の相違に起因するというよりも、日日日の場合はボルヘスの場合と比べて、創造者(宇佐川鈴音=芥川白雪)の側の被造物に対する感情的な思い入れ(愛)が段違いであるからだと思えます。
このような作風は、人間はみな本質的に孤独な存在であり、ただwork(仕事・作品)を通じて間接的に交流しうるのみだ、という覚悟とともに、こうした状況をいわば逆手にとって、自らのwork(仕事・作品)を通じて、大袈裟に表現するなら世界を変革してしまわんばかりの強固な意志をもうかがわせるものであり、十分詳しく説明する余裕がないのが残念ですが、少なくとも私のみるところでは、結局この種の頼もしい倫理性こそが日日日流の「メタフィクション」の真骨頂ではないかと思います。
むろん、こと『蟲と眼球…』に限っては、いまだ作家であることに不慣れな(たしか、これが長篇第一作ということになるのでしたか?)・これから作家にならなくてはいけない作者の逡巡や戸惑いが、自分の創造した作品に文字通り我を忘れて没入しつつも最終的には名残惜しさゆえの苦悩を振り切って作中人物に別れを告げることを強いられる、宇佐川鈴音=芥川白雪の運命を、良くも悪くも参照すべき例ないし教訓として必要とした―「執筆中は節度を忘れて精一杯『没入』せよ、ただし脱稿と同時に訪れる別離の『苦悩』についてもあらかじめ心構えをしておけ」、というわけです―、と考えることにさほど無理はなさそうなので、だとすれば本作における「メタフィクション」的な仕掛けとは、我々読者にとって何であろうとも、それ以前にほかならぬ作者その人にとっていわば一種の職業訓練(job training)だったことになり、この点からしてもやはり、単なる作品の形式的自律性への寄与にとどまりはせず、それに加えて現実との密接な関わりの中でも機能するものと判断せざるをえません。また、『ギロチンマシン中村奈々子』や『アンダカの怪造学』における、果てしなくそれ自身の中心へと落下していく渦巻を思わせるような蟻地獄状の叙述の運動にしても、疑いなく『蟲と眼球…』以上の洗練を示す形式的な自律性に劣らず、同時にそれへの執拗な渇望をもあらわにすることで、かえって、ひたすら自己を自己から産出し、自ら自分の親代わりを務めようとするこの執拗さは、一体いかなる切実な動機に由来するのか―いかなる現実的な喪失に応えようとしているのか―という問いに否応なく我々を直面させてしまうようなところがあります。
もっとも私としては、しつこいようですがここでも『のばらセックス』の特異性に注意を促したいところです。なんとなれば、この作品においては、「まだあたしが生まれていないころの物語」だったはずの「のばら様の、英雄譚」(注27)、つまり「世界で一番目の女性」の力で、その父親に相当する暴君が打ち負かされる、という神話的な事件の筋書を、彼女の娘である自分がいま一度「物語の主人公」(注28)として―敵は一回目と同じ人物、つまり「あたし」から見れば義父(坂本逢)に化けた彼の父です―再演しなくてはならないかと思えば、ついでこの母親がもともと架空の存在でしかなかったという事実の判明とともに、ずっと彼女が独占してきた「世界で一番目の女性」の地位へと図らずも「あたし」がいわば繰り上げ当選を果たしてしまったり、ひいてはその結果全ての男性の「信仰の対象」であり「神様みたいなもの」(注29)だった女性という存在に信者たちが身体的に接触して思いのたけを(精液として)ぶつけることが可能となり、こうして「坂本のばら様という女性は、ほんとうの意味で神になった」(注30)もののその正体は母親に変装したおちば様だったり…といった具合に、あいつぐ虚構性の暴露がそれだけでは終幕に直結せず、なおも「あたし」=おちば様が自らの活動、それも役者としての身体的活動の中で「神と私の一致構造」を具体的に経験することになるのは明白だからです。だからこそ、おちば様の斬首はそのまま、「神の死」(ニーチェ)の公的な上演(representation)でありうるわけです(注31)。この死の上演にはまた、上演の死という価値、つまり偶像崇拝を成立させる原理としての「表象=再現(representation)」の機構そのものの根絶という価値もあるかと思います(ちなみに「表象=再現」への批判は、ドゥルーズ哲学においても非常に大切な論点です)。もちろんこの場合の「神」とは「あたし」(おちば様)の母親である、全ての男性にとっての唯一無二の女性(女神)・のばら様を指すわけですが、他方で自身の懐妊の場面、つまりのばら様=坂本緒礼とその弟である綿志との近親相姦の場面を、父親(綿志)の立場、ということはとりもなおさず男性の立場から、「あたし」(おちば様)が射精に至るまで逐一追体験する場面では、今度はその神を長らく演じてきた緒礼と綿志(「わたし」)=おちば様との性的な合体という意味でも―ついでながら、兄弟の顔立ちはどちらも同じ「のばら様」であることを忘れてはなりません(注32)―、またそもそもおちば様が彼女自身の存在(生命)をこの世に到来せしめた精子の源にほかならぬ人物(父親)の主観と一時的に一体化しているという意味でも、やはり「神と私の一致構造」を認めることが許されるはずです。そしてこの場面は、主犯である坂本緒礼の立場からすれば、彼は彼で、あまりにも非の打ちどころがなく完璧すぎる「神と私の一致構造」のせいで、つまりほかならぬ自分自身が「坂本のばら様」であるせいで、生きた彼女との対面の可能性を誰よりも熱烈に欲しながらかえってそこから最も遠いという逆説に悩んだあげくついに見出した、生殖という創造的な解決法の実践でもあります(「ないなら自分で作ればよい」、という理屈ですね)。
「生殖」といえばいかにもどぎつく聞こえ、真面目な仏教の僧であれば眉をひそめそうですが、キリスト教的な価値観では、三位一体が父と子の関係を含む上に時代や地域によっては聖母マリアをイエスの生みの親として尊ぶ風潮も根強く、そもそも聖書の文面が多産を推奨している(『創世記』第1章22・28節、第9章1・7節)という具合なので、生殖活動に励むことは必ずしも神と無関係になることを意味しません。むしろ、例えば5世紀のギリシャの哲学者プロクロス(412-485)も、直接間接に中世の西欧に深い影響を及ぼした『神学綱要』という著作で、「完全なものはすべて、それ自体で宇宙万有の唯一の源を模倣し、この模倣をとおして、自分が生むことのできるものの出産へと向かう」(命題25)とも、また「発出するものの数をふやすことと、原因の中に秘められているものを引きだして出産へと導くこと、これ以外に、神々の無限の力にふさわしいものがあるだろうか。(そのようなものは、あるまい。)〔中略〕充実した神はみな、この溢れんばかりの力によって、自己自身の中から、他のものを生みだすのである」(命題152証明)とも述べていることからわかるように(注33)、自分とは異なるものを産出するという能力はただでさえ西洋では神々しいものと考えられてきたというのに、緒礼の事例では、あまつさえ第一に、産出する者(緒礼)本人にとって産出されるべき「自分とは異なるもの=異性」(のばら様という女性)が何よりも尊い信仰の対象であること(この点はプロクロスであれ誰であれ、伝統的な哲学者・神学者の説とは正反対です)、および第二に、虚構(偶像)の現実化という一種の無からの創造が目的であること―キリスト教徒にとっては、「無からの創造(creation ex nihilo)」というものはただ世界の創造者である神だけに可能で、神以外の誰にも許されない特権です―、という二重の条件が事態にさらなる曲折と充実を加えているのであって、このようにして緒礼における「神と私の一致構造」は、キリスト教の神のごとき天上の超越者の手から創造のわざを奪回し、かつ転倒させるような志向を有することが確認されるに至ります。女陰崇拝を唱える宗教団体に潜入したおちば様が、女性の「量産」と引き換えに固有の心身を極限まで磨り減らした瀕死の緒礼の傍らで、「寂しがり屋のアダム」と彼に呼びかけつつ天に向かって「ファック」サインを突きつける大詰めの場面(注34)は、この志向を最終的に裏づけるとともに、緒礼流の「神と私との一致構造」が、例えばヒトラーのもとでナチス・ドイツが魅入られたような民族の確立のための神話、先にも言及したフィリップ・ラクー‐ラバルトとジャン‐リュック・ナンシーがそれに屈さぬよう世人の注意を喚起しようとしている政治的神話の危険な魅力とは無縁であることを、最終的に教えてくれるものでもあります。なんとなれば、ラクー‐ラバルトとナンシーの考え(『ナチ神話』)によれば、神話とは何らかの手本への擬態を通じた自己同一性の獲得を可能にする「一個の同一化の装置」であるのに対して、第一に緒礼が同一化を遂げた相手であるのばら様はそもそも実在の人物ではなく、第二にこの変身の目的も自己同一性の確保ではなくて、あべこべにあたかも神のごとく自分とは異なるもの(異性)を産出することなのだし、そして第三に、したがってこれは必然的に自らの固有性(固有の人格と身体)の磨滅を伴う命がけの危険な反逆であり、よしんば成功を収めた場合でも当人(緒礼)がその成功を見届けることは到底かなわず、結局は彼以外の誰かに、例えば娘であるおちば様に向後を託すほかないからです。
以上、『のばらセックス』における「神と私の一致構造」は、おちば様(娘)と緒礼(母親)のどちらか片方ではなくて両者にまんべんなく働きかけ、そして前者が体現する演劇的な道と後者が体現する生殖的な道、換言すれば「人為」と「自然」という対照的にして両極端な経路を通じて、両人の心身に現実的な磨滅(致命傷)を強いながら、いずれの場合も虚構を現実に引き入れるという成果に帰着します。もっともその成果は、おちば様の場合はもともと実在したためしのない一人の女性(のばら様)が現実に死ぬという否定的な事件であるのに対して、緒礼の場合はそれまで実在していなかった複数の女性(おちば様の妹たち)が現実に生まれるという肯定的な事件なので、またしても対照的な関係にあると判定でき、共通するのはせいぜいどちらの場合も当事者が致命傷を負うという一点くらいのものです。この極大の対照性と極小の共通性からわかるのは、既存の宗教の説く超越的な神の観念への批判と一体になった、創造性の奪回という課題は、全能性とはおよそ程遠い苦難に満ちた歩みになる(一足飛びに成果だけを手にするわけにはいかず、段階を踏んで自らの足で歩み通すほかない過程である)、ということでしょう。このように創造者の全能性に疑問符が刻みつけられるという事態は、『蟲と眼球…』における「神と私の一致構造」に比して新しい認識の表れと呼んでさしつかえなさそうだし、のみならず「なぜ人は虚構を創造し、虚構に夢中になるのか」という動機の問題についても、スピノザ‐ヘーゲル‐フロイト的な「人間の本質は欲望である」という人間観を引き継ぐかのように、性的な欲望という明確な答を与えているばかりか、それを自分でないもの(異性)への憧れといういっそう純粋な形に定式化しえていることや、結局のところ神=緒礼の欲望だけでは創造の偉業は達成をみることがなく、被造物(娘)であるおちば様が彼に対面したがり―「会わなくちゃ。/あたしを異性として愛し、同時に子供として見てくれた、あのひとに」(注35)―、その成果(すなわち、緒礼の心身の磨滅と引き換えに誕生した彼女の妹たち)を見届け、そして自分の手で守り育てようと決心したときにようやく一段落するという成り行きが、創造の営みは本来当事者にとっても完全な予見や制御を許さないもので、それゆえにこそ人間の自由の証でありうるというベルクソン的な創造性の概念をこの上なく力強く再生させていることなど、狭義の「メタフィクション」らしさの領域から出発しつつもその限界を踏み越えて我々の実存にまで食い入ってくるような特異性を示す『のばらセックス』の美点は、枚挙にいとまがありません。というよりも、「『己を殺して』(注36)代わりに女性を現前させる」という緒礼の行為が、単なる虚構(演技)の次元から現実(生死)の次元への移行を果たさなくてはならず、それはさながら予言の内容が文字通りに実行に移されるようなものであるという事情に思いあたるなら誰しも気づかずにいられないように、「それ自身に言及する虚構」の「メタフィクション」性は、とことんまで徹底していけば結局「虚構の外部の現実の、虚構の内容に沿った変容(を描く虚構)」へと帰着するということは、ほかならぬ彼の運命こそが作中で最も雄弁に教えてくれることです。この場合、予言が「文字通りに」実現をみるということは、かえっていかにも創造の過程にふさわしい、出発点と到達点の間の極端な懸隔を強く印象づける物差しのように働くのであって―実際、いくら「己を殺して代わりに女性を現前させる」という字面は共通しているようでも、自ら唯一無二の女性であるのばら様を演じる中で固有の心身を忘れ果てること(出発点)と、固有の心身と引き換えに自ら新たに女性たちを産み出すこと(到達点)とは、相当かけ離れています―、だからこそ、『のばらセックス』における「神と私の一致構造」は、「神話の時代は終わり、〔中略〕二千年前に中断していた歴史が再び動き始める」(注37)という、明確に反神話的な結果に通じることになるのです。この点、つまり「神と私の一致構造」が予見不可能な過程を通じてある意味でそれとは反対の結果を招来するという逆説も、メタフィクションとしての『のばらセックス』の特異な成果の一つでしょう。
私としては、ここで再びマルタンのヘーゲル論を参照したい気持ちに駆られます。なんとなれば、『精神現象学』をいわば一冊の犯罪小説として読み解こうとする彼の考えでは、超越から内在への歩みは、あくまでも神ご自身の中に死や犯罪や不完全性のごとき不穏なる否定性が人間によって見出されることを必要不可欠とするというのがヘーゲル哲学の教えなのであり、おそらく神と人間のこのような関係は、瀕死の緒礼(父)とおちば様(娘)の対面の場を読む者にとっても少なからぬ示唆を与えてくれるはずだからです。マルタンはこう書いています。「おのれの不確実性の行路を見つけ出してくれるはずの人間抜きで最初からいまここにあり自足している《神》などいないのである。〔中略〕ただ死と犯罪と完全性を犠牲に供することによってのみ、純粋に天使的な《理念》に異を唱えることによってのみ、概念はおのれをいまここにあるものへと至らしめるための術を見つけるのである。〔中略〕《絶対者》は高みを目指した分離を実現するのではなく、その超越性によって世界から離脱するのでもない。逆に、失墜することでみずからを分離するのだ。それは沈潜し、内在的な痕跡に沿ってみずからを分割するという運動である。底の底まで突きつめれば、悪は創造の根源を体現するのである」(注38)。さて、傷と恥辱にまみれて天上的な超越性から失墜し、「内在的な痕跡に沿ってみずからを分割する」ことで初めて「創造の根源を体現する」ことが可能になる―ただしこの体現者は、「悪」つまり低俗な反逆者(現世的なもの)という汚名を覚悟しなくてはならない―というこの運動、ヘーゲル的な絶対者(絶対的なもの、神の本性)に課せられるこの試練は、間違いなく、栄光に満ちた「世界で一番目の女性」の役柄から転落したあげく、自己の身体の寸断を引き受けてまで女性の創造(量産)に挑んだ緒礼の運命そのものです。あるいは、いまだかつて彼女自身は実在したためしがないにもかかわらず、汚辱に染まりながら公的な斬首という形で―おちば様の肉体に即して―無残な崩落を遂げたのち、緒礼の心身を酷使して大勢の幼い分身という姿で現実の世界に誕生(復活)してのける、絶対的な「女性」、女性なるものの概念である反面いわば概念としての女性にすぎなかった、「坂本のばら様」の運命なのでもあります。現に、彼女は娘のおちば様から、「今世紀最大の悪党」と評されているのではなかったか(注39)。マルタンが『精神現象学』から引き出してみせた「犯罪計画」の筋書を『のばらセックス』の中にも探り当てようとする者にとっては、この台詞はこの上なく心強い味方です。
このほか、明らかに巻頭の「ファック」サイン(注40)に呼応する巻末の「ピース」サイン(注41)は、単なるVictory(勝利)のVであるばかりかVagina(女陰)のVでもあると思いますし、「女性なるものは実在しない」というラカンの命題(これは、全ての女性に共通するような、本質としての女性らしさを語ることは決してできない、という意味です)や、「あらゆる生成変化は女性への変化に始まり、女性への生成変化を経由する」というドゥルーズとガタリの唱えた公式(『千のプラトー』)との比較も大変興味深い作業になりそうですが、こうした論点についてまで考えているときりがなくなりそうなので、ひとまずこのあたりで切り上げることにします。

(付記1)フロイトやベンヤミンやカッシーラーのようなユダヤ系の知識人について、私は「どちらかといえば神話というものを批判的に相対化し、あるいは解体してしまうような懐疑的な視線への理解力を持ち合わせていた」と述べ、そしてその理由を、ドイツにおいてはナチスの時代に至るまで、民族としての自己同一性の獲得を目指す運動がたえず神話を参照し続ける一方で、ユダヤ人に対する風当たりは強くなっていったからだ、と説明しました。この点、さらなる例として見落とせないのが、ベンヤミンの友人でやはりユダヤ系だったテオドール・アドルノ(哲学者・社会学者・美学者)が、亡命先の米国で書いたマックス・ホルクハイマーとの共著『啓蒙の弁証法』(徳永恂訳、岩波文庫、2007年第1刷)です。アドルノたちは、文明化が進んだはずの当時のヨーロッパにおいてなおナチスのように野蛮な体制の出現が避けられなかったという事実を重く受けとめ、素朴な進歩主義が抱くような、「蒙昧な神話の呪縛から啓蒙のおかげで解放された人類は文明の発展につれて世界の支配者となるのであり、この幸福な歩みが逆転することは決してありえない」、という信念に対して懐疑を表明します。彼らによれば、そもそも神話と啓蒙の素性はそれほど截然と区別できるものではないし、また啓蒙が進んだからといって必ずしも人間が幸福になれるわけでもなく、かえって社会に蔓延する暴力の支配という形で、神話への退行が生じることのほうがむしろ確からしいからです。
このアドルノたちの考えを本文中で紹介しなかったのは、二人の批判が神話的世界観のみならず、通常はそれの対極と思われている啓蒙的な合理主義をも標的としているので、他のユダヤ系知識人と並べると論旨に混乱をきたしそうだったからというのが第一の理由ですが、ベンヤミンがいかに絶望的な状況の中でも救世主(メシア)の到来を期待し続けるという辛抱強い思考の様式をユダヤ教の伝統から受け継ぎ、またフロイトやカッシーラーがあくまでも理性への信頼を捨てようとしないのと比べると、アドルノたちの標榜する全面的で出口のない悲観主義は―そうならざるをえない必然性も重々理解できるとはいえ―、ある意味ではむしろ、安直な態度(捨て鉢な開き直り)のように思えてくるからでもあります。
(付記2)フロイトの弟子で、のちに彼と決別したユングは、我々人類が誰しも先祖代々受け継いできたという「集合的無意識」の説と、本能の導き手として集合的無意識を形作るいくつかの類型的な心像(イメージ)つまり「元型(archetype)」の説とにもとづいて、神話や昔話や錬金術に関する数多くの心理学的研究を残しましたが、師のフロイトが決して知性への信頼を放棄することなく、終生科学としての精神分析の確立を目指したのと比べると、あまりにもオカルト的なものへの無批判な傾倒が目立つ上に、解釈もかなり恣意的です。幼児にも性欲が存在すること、近親相姦が実は万人の無意識的な願望であること、全ての生き物には「死の欲動」が宿っていること…等々、我々から心の平安を奪ってしまうぎょっとするような指摘をフロイトはいくつも残していますが、その種の凄味はユングには求めるべくもありません。もっとも、執拗に我々の心を苛む欲望というものの手ごわさにも、欲望の本性や由来の究明というこれまた厄介な問題にも等しく頬かむりを決めこんだまま、深層心理や世界の秘密(と称するもの)をもっともらしい物語仕立てで教えてくれる、というふれこみのユング流精神分析(「分析心理学」)は、ライトノベルやアニメを制作する側からすると重宝そうだし、案外『蟲と眼球…』や『ささみさん@がんばらない』あたりとは相性がよい気もしますが、事実としてフロイト‐ラカンの路線とユングの路線とは、いくら看板が似ているようでも内実が全く異なるので注意が必要です。
(付記3)ライトノベルに限らず、現代日本のポップカルチャー全般について、現代思想を参考にしながら「神話」という観点から考察を加えた試みとしては、批評家・福嶋亮大の『神話が考える』(青土社、2010年)という本があります。ただし日日日への言及はないし、少なくとも私の印象では、西尾維新についても東方Projectについても、またドゥルーズについても、著者の見解には誤解や牽強付会がところどころ目につくように思えます(例えば、ドゥルーズの『意味の論理学』の叙述は、ルイス・キャロル的な「表層」の軽やかさ、非物体的な意味の次元だけで完結するわけにはいかず、アントナン・アルトー、ついで精神分析へと筆が進むにつれて、むしろこのような表層性をあるいは脅かし、あるいは目指すような、諸物体の混在の場たる「深層」へと赴くことになります)。しかし私以外の人が読めばまた違った感想になるかもしれず、そもそも類書が他にないということもあるので、一応紹介しておきます。


(1)ジル・ドゥルーズ『スピノザと表現の問題』(工藤喜作・小柴康子・小谷晴勇訳、法政大学出版局、2004年第6刷)185頁。
(2)スピノザ『エチカ(上)』(畠中尚志訳、岩波文庫、2004年第48刷)142-143頁(第二部定理40備考2)。
(3)同書38頁(第一部定義6)。
(4)同書64頁(第一部定理18)。
(5)スピノザ『エチカ(下)』(畠中尚志訳、岩波文庫、2004年第43刷)9頁。
(6)スピノザ『エチカ(上)』(前掲書)53頁(第一部定理15)。
(7)スピノザ『エチカ(下)』(前掲書)122頁(第五部定理25)。
(8)同書125頁(第五部定理30)。
(9)同書127頁以下(第五部定理32系以下)。
(10)プラトン『国家(下)』(藤沢令夫訳、岩波文庫、2004年第40刷)372-373頁。
(11)井筒俊彦『井筒俊彦著作集 1 神秘哲学』(中央公論社、1991年)312-313頁。
(12)ジャン‐クレ・マルタン『哲学の犯罪計画―ヘーゲル『精神現象学』を読む』(信友建志訳、法政大学出版会、2013年)255頁。
(13)同書298-299頁。
(14)ヘーゲル『改訳 宗教哲学 下巻』(木場深定訳、岩波書店、1984年)43頁以下。
(15)ヘーゲル『改訳 歴史哲学 下巻』(武市健人訳、岩波書店、1957年第3刷)279-281頁。
(16)山口和子『後期シェリングと神話』(晃洋書房、2004年)118-119頁。
(17)同書122頁。
(18)「ドイツ観念論の最初の体系プログラム」、寄川条路編訳『初期ヘーゲル哲学の軌跡―断片・講義・書評―』(ナカニシヤ出版、2006年)6-7頁。
(19)山口和子『後期シェリングと神話』(前掲書)166-169頁。
(20)ニーチェ『悲劇の誕生』第16章(秋山英夫訳、岩波文庫、2003年第45刷)154頁。
(21)同書154-155頁。
(22)同書210頁。
(23)同書212頁。
(24)フィリップ・ラクー‐ラバルト、ジャン‐リュック・ナンシー『ナチ神話』(守中高明訳、松籟社、2002年)45頁。
(25)『哲学の歴史 第12巻 実存・構造・他者【20世紀III】』(中央公論新社、2008年)334-335頁。
(26)ヘーゲル『精神の現象学 上巻』(金子武蔵訳、岩波書店、2002年)232-233頁。
(27)日日日『のばらセックス』(講談社、2011年)216頁。
(28)同書212頁。
(29)同書264頁。
(30)同書290頁。
(31)同書269、292-293頁。
(32)同書258-259、333頁。
(33)プロクロス『神学綱要』、田中美知太郎責任編集『中公バックス 世界の名著15 プロティノス ポルピュリオス プロクロス』(中央公論社、1995年第6版)468、549頁。
(34)日日日『のばらセックス』(前掲書)378-379頁。
(35)同書348頁。
(36)同書265頁。
(37)同書382頁。
(38)ジャン‐クレ・マルタン『哲学の犯罪計画―ヘーゲル『精神現象学』を読む』(前掲書)323-325頁。
(39)日日日『のばらセックス』(前掲書)291頁。
(40)同書8頁。
(41)同書386頁。

category: 『のばらセックス』

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