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一応、本とかの批評のつもり。趣味的な備忘録

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ラルス・フォークトのリサイタル 

6月29日、紀尾井ホールでラルス・フォークトの公演があった。
人数の少ない室内楽、ましてピアノのリサイタルともなれば、演奏者と曲の相性はとても重要なはずだ。
一昨年聴いたチョン・キョンファのモーツァルト(ヴァイオリン・ソナタ第35番)は、本来ならピアノがヴァイオリンと対等かそれに近い存在感を発揮すべきところ、あまりにもヴァイオリニストが凄すぎてちょっとしたピチカートですらピアノを圧倒してしまうという妙なことになっていたし、去年聴いたマリア・ジョアン・ピリス(ピレシュ)は、シューベルトに比べてドビュッシー(「ピアノのために」)がまだ自家薬籠中のものになりきっていないようで物足りなかったが、その代わりアンコールで弾いてくれたシューマンの「予言の鳥」は、遊戯性と色彩感に富み、一音一音に論理の筋道が通った鮮やかな演奏だった。一瞬、スクリャービンでも始まったのかと勘違いしたくらいだ。何より演奏者が確信を持ってのびのびと弾いているのがよく、こんな風にドビュッシーを奏でてくれればさぞよかったろうにと思わされたものである。
今回のフォークトの演目は、シューベルトの第19番D958とベートーヴェンの第32番Op.111という、ともにハ短調のピアノ・ソナタが二曲、さらにどちらのソナタの前にも(つまり二回)、いわば導入としてシェーンベルクの「六つのピアノ小品Op.19」が演奏されるというもので、なかなかに興味深い。暗い、重い、寂しいと三拍子揃ったフォークトの藝風から察するに、シューベルトを起点として残りの二曲が選ばれたのではないかと思える。

客席の入りは六割から七割といったところで、もう少し埋まってもよさそうな気がした。
浮遊するようなシェーンベルクの精妙な響きとともに、緊張に満ちた楽音の空間がさりげなく幕を開ける。やはり無調の音楽は、録音よりも生の演奏で聴くといっそう面白い。ロマン派においては作曲家と聴き手が気分を媒介として交流することが目指されているのに対し、表現主義者としてのシェーンベルク、とりわけこの「六つのピアノ小品」における彼は、そのような交流に断固として背を向ける、というアドルノの見解は―「この作品の表現を彼自身の表現として理解することも、その表現の門を潜り抜けて作品のなかに入り込むことも、誰にもできない。この作品ではどこにも気分というものが見当たらない」―、おそらく正しい(注1)。とはいえ、フォークトの演奏は普通よりもメリハリがきいており、彫りの深い構築的な美が生じていたのは彼の個性というものか。
それが終わるや否や、ただちに(拍手も禁止だった)シューベルトに入る。ハ短調という調性の選択、また主題の形からも、ベートーヴェン(特に、「創作主題による32の変奏曲」)から受けた影響が明らかなこのソナタだが(注2)、しかし曲そのものを支配する気分は、この偉大な、英雄的な―そして、ときに英雄気取りに走るきらいもなくはない―先輩と比べて、何とかけ離れていることか。瞑想的な雰囲気にじっと耳を傾けていた聴衆を容赦なく打ちのめす、引き裂くように苛烈な冒頭に続き、以下もひたすら出口のない荒んだ音楽が続く。決してどこへも行き着かず行き着こうとしない、自暴自棄のような悲壮さである。まるで起伏の多い石だらけの荒野をあてどなくさすらうような趣に浸っているうち、しかしこの曲は別に彷徨の軌跡を表象しているわけではなくて、むしろこの荒野それ自体が実体なのではないかという疑問に思い至り、慄然とする。

おしなべてシューベルトの音楽が、どちらかと言えば、制作されたものより成育したものを思わせることは一応認めるとしても、どこまでも断片的で、どこといって自足したさまのないその成育ぶりは、植物性でなく、結晶性である。〔中略〕それは先ずもって、死の風土なのだ。シューベルトのある主題の出現と、つぎの主題のあいだに歴史が介在していないように、生が彼の音楽のねらいであることはない。〔中略〕シューベルトの作品が今日(こんにち)その損われた姿において、彼の同時代の他のいかなる作品よりも雄弁で、石の沈黙をまぬがれているとすれば、それは彼の作品の生命がまさにはかない主観的な力学そのままの引き写しでないからだ。この生命はすでにその根源において、石のもつ非有機的な、断続的でこわれやすいそれだったのであり、あまりに深く死に埋没しているために、かえって死を恐れる必要がないのである。(注3)

このように書くアドルノも見抜いているとおり、シューベルトの作品においては、総じてソナタ形式はもはや発展を意味せず、まさに形骸化した外皮にすぎないのであって、一見すると最もベートーヴェン的なこの第19番のソナタすらおそらくその点で例外ではない。

どの地点を取っても中心にたいして同じ隔たりを持つという、この風土の特異な構造は、堂々めぐりするさすらい人の前にあきらかになる。およそ発展ほどここで場ちがいなこともないのであって、最初の一歩も最後の一歩とひとしく死のかたわらにあり、あちこちの地点が探(たず)ねまわられながらも、この風土そのものはどこまでもついてまわるのである。〔中略〕シューベルトの形式は、いったん発現したものを呼びかえす形式であって、自ら発案したものをあれこれと変えるためのそれではない。この創造的なアプリオリが、完全にソナタを浸蝕している。たとえば、発展しつつ媒介する楽節にかわって、いわば露出を変えるようなぐあいに和声上の移行がおこなわれ、それがあたらしい風土地帯にみちびくのだが、そこでも発展が見られぬことは先行する部分に変わらないのである。展開部においても、主題を動機に分解して、その最少単位からダイナミックな火花を打ち出すというような行き方は見られず、不変の主題がしだいに真相をあらわすだけである。あるいは、回顧的に主題がもう一度とり上げられることがあるが、これらの主題は通り抜けられただけで、消え失せたわけではなかったのだ。そしてこうしたすべての上に、薄いいまにもはじけそうな皮のようにソナタが蔽(おお)いかぶさり、内側から増大する結晶を押しつつみつつ、やがてはちきれてしまう。(注4)

フォークトは左手の伴奏が実に雄辯だ。よしんば右手の紡ぎ出す歌の旋律に誘われるままに酔い心地の昇天を夢見たところでそれは空しい錯覚というもので、再び聴く者をつかんで引きずりおろすべく、たちまち左手が暗い奈落の底から伸びてくる。人間的な親愛の情を拒むかのような、冷え冷えとした孤高の抒情美の下に得体の知れない不穏な気配が見え隠れする第2楽章の大詰め(第三部)もよかったが、とりわけ第3楽章のメヌエットでは、両手のリズムの間に生じるずれをあえて糊塗せず、逆に強調することで不気味な効果を上げていたように思う(似た表現は、CDで聴けるピアノ・ソナタ第21番でも確認できたので、彼のシューベルトの特徴かもしれない)。大仰な身振りとともに頻繁に訪れる意味ありげな休止が、どうしようもない無力感と寂寥感を搔き立てる。ここでは、「薄いいまにもはじけそうな皮のようにソナタが蔽(おお)いかぶさり、内側から増大する結晶を押しつつみつつ、やがてはちきれてしまう」というアドルノの不吉な予見を裏づけるかのように、各楽章、ひいては曲全体の統一性は、破壊されるほどではないにせよその寸前まで追い込まれており、しかもそれが決して演奏者の恣意の産物ではなくて、あくまでも作曲者への忠実さの結果なのである。軽快なはずのフィナーレも息苦しい焦燥感が瘴気のようにたちこめており、まるで何かに追い回されてひたすら逃げ惑う悪夢を見ているかのようで、何度も「もうやめて」と言いたくなるほどだった。
ちなみに、やはりアドルノがすでに、シェーンベルクは聴き手に対して、ロマン派についての通俗的な観念の問い直しを迫ると書いている。

 シェーンベルクの表現は、聴き手を突き放し、変容させるために、聴き手に不意に突きつけられる音の仮面である。聴き手が驚愕することによって、彼をまさしくあのロマン派の音楽と結びつけていた、同一性の感情という紐帯が断ち切られる。聴き手は自由の身になって、自分の私的な内面のたんなる鏡というあり方とは違った仕方で音楽を聴くことができるようになる。とはいえ、この自由によってはじめて、以前には気分によって妨害されていた、ロマン派の客観性といったものにも出会うことが可能になる。こうして、シェーンベルクの表現主義的な突出は、未来のものの地平とともに、過ぎ去ったものそれ自体の地平をも開いているのである。(注5)

シューベルトに先立ってまずシェーンベルクを弾くというフォークトの一見奇抜な選択は、もしかするとアドルノのこの文章に触発された結果かもしれない。
休憩後の後半は、再びシェーンベルク、そしてベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番である。このベートーヴェンは堂々たる大きな構えで、それがごつごつしたたくましい音の作りとあいまって、思いのほか正統的な解釈となっていた。私の個人的な好みとしては、この最後のソナタは、例えばジャン‐ベルナール・ポミエのように、もう少し明るい音色で、かつ最初からどこか達観したような風情を漂わせてくれても一向にかまわないのだけれど、闘争的な意志をなおも捨てない第1楽章と、浄化されたような第2楽章の変奏曲との対比をきちんと描こうとするフォークトの流儀のほうが、作曲者の意図には忠実なのだろう。ただ、変奏ごとの切れ目を極力目立たせないせいもあってか、幻想曲風のとらえどころのない儚げな美しさが生まれていたのは忘れがたい。シェーンベルクが開始の瞬間をぼかそうとしていたのと同じく、最後の一音を鳴らし終えてからの長い(本当に長い)余韻の中で、音楽は静かに彼方の永遠へと溶け込んでゆく。沈黙を大切にする音楽家は信頼できる。
アンコールはバッハのゴルトベルク変奏曲のアリアで、こちらは線の細い、澄んだチェンバロの響きをピアノの鍵盤で巧みに再現してみせた、瀟洒な演奏だった。鬼哭啾々たる凄絶なシューベルトと比べるとなんとも対照的で、ピアニストとしてのフォークトの表現力の幅広さを思い知らされる。

終演後のサイン会で、ついうっかり「この上なく絶望的なシューベルトでしたね」とフランス語で口走った私に対して一瞬面食らった様子を見せるフォークト氏だったが、すぐに気を取り直し、「あれは、あらゆる音楽の中で最も美しいソナタです」と返事してくれたのでどうにか事なきを得た(と信じたい)。むろん、非はこちらにある。しかし、聴き終わって間もない短調の独奏曲について、ほかならぬ演奏者と口頭でその魅力を語り合おうというのが土台無茶な話ではないか。それとも、ひょっとしてアファナシエフやポゴレリチのような人たちなら、「実に陰鬱なご演奏でした。心底自殺したくなりましたよ」などと言われて喜ぶのだろうか、考えてみると不思議なものだ。


(1)テオドール・W・アドルノ「音楽アフォリズム」29、『哲学のアクチュアリティ』(細見和之訳、みすず書房、2011年)140頁。
(2)『作曲家別名曲解説ライブラリー⑰シューベルト』(音楽之友社、1994年)148、175頁。
(3)テオドール・W・アドルノ『楽興の時』(三光長治・川村二郎訳、白水社、1969年)29-31頁。
(4)同書33-36頁。引用に際して、「あきらかとなる」を「あきらかになる」に改めた。
(5)テオドール・W・アドルノ「音楽アフォリズム」29、『哲学のアクチュアリティ』(前掲書)140-141頁。引用に際して、「可能となる」を「可能になる」に改めた。
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category: 音楽

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トーマス・ヘンゲルブロックの来日公演 

6月5日、トーマス・ヘンゲルブロックの指揮するハンブルク北ドイツ放送交響楽団の演奏会を聴いてきた。
会場は上野の東京文化会館で、曲目はシューマンのピアノ協奏曲イ短調、およびマーラーの交響曲第1番ニ長調「巨人」である。
本当は、サントリーホールにおける前日の演奏会に行くつもりだった。なにしろ、後半の「巨人」は共通だが、前半がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲で、アラベラ・美歩・シュタインバッハーが独奏者を務めていたのだ(さぞや、育ちがよくてお上品なお坊ちゃんという通俗的なメンデルスゾーン像を粉砕するような攻めの姿勢を見せてくれたに違いない。聴いてみたかった)。おっちょこちょいな私は「そういえば6月に来日する予定だったな」と思い出すのが遅すぎたため、慌ててチケットを買い求めようとした時にはすでに後の祭りだったのだ(注1)。こうなったら翌日の公演は是が非でも聞き逃すまいと決意を固め、念のため電話で当日券の状況を問い合わせた上で、早めに会場に赴き、幸いにして残り少ない最安値の席を(でも1万円です)確保することができた。四階とはいえ、舞台寄りのほとんど袖に近い座席で、オーケストラ全体を眼下に俯瞰できる位置だったのは嬉しい(舞台の真横ならなおよかったが、あいにくあの会場にはそういう席は存在しない)。ほぼ真下から上昇してきた音が頭上近くの天井に反射して降りかかってくるわけだから、音響的には、実はかなり好条件のはずだ。
ヘンゲルブロックはいまや本国ドイツはもとより世界的に人気のある指揮者だろうが、得体の知れないというか、底の見えない人だ。私が所持している彼のCDは、バッハのミサ曲ロ短調(DHM)、モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」(IPPNW)、ハイドンのオラトリオ『天地創造』(DHM)、そして今回実演に接することのできたマーラーの「巨人」(SONY)、この四点だが、これだけ見れば単に独墺系音楽が得意なドイツの指揮者にも見える(そしてそういう人なら他にも大勢いる)。だが、ミサ曲ロ短調は別に最近円熟の境地に達しつつあるのでようやく満を持して取り組んだというわけではなくて、知名度に頓着せずにさまざまなバロックの作曲家の作品を取り上げていた20年近く前の時期に早々と成立した録音であり、まさしく無用な力みや厳めしさから解放された、大曲らしからぬ軽やかさ、みずみずしさ、しなやかさといった特質のゆえにすこぶる魅力的だったこと、またモーツァルトに関しては一緒に入っている曲がなぜかリヒャルト・シュトラウスの『メタモルフォーゼン』であり、しかもこの「リンツ」以外の交響曲は代表作であるはずの最後の三曲(第39番・第40番・第41番「ジュピター」)でさえ録音していないこと、さらにモーツァルト同様古典派の顔であるハイドンに対する態度も偏っており、膨大な数に上る交響曲の群をさしおいて一足飛びにいきなり畢生の大作である『天地創造』に行くといういささか特異な対応を示していること(それでいてC.P.E.バッハのハンブルク交響曲集は手掛けているのが妙だ)、そして実演ではすでに何度も指揮し、かなりな好評も得ているはずのベートーヴェンの交響曲もやはりあっさりと迂回したかと思うと一気に時代を駆け下り、シューベルトやメンデルスゾーンやシューマンやドヴォルザーク、ひいてはマーラーと大急ぎで19世紀音楽の諸相を経巡ってきたこと―等々の事情を考えてみれば、どうにもつかみどころのない人という印象はぬぐえない。普通の指揮者であれば、もう少し腰を据えて数年間は特定の作曲家とつきあうものだろうし、その軌跡をある程度まとまった形で、例えばベートーヴェンなりブラームスなりの交響曲全集として残すことにももっと積極的だろう。ヘンゲルブロックの行き方はそれとは対照的で、一見するといわばつまみ食い的なのだ。演奏自体はどれも非常に質が高いので、余計に怪しさが増す。

当日の目当てはマーラーのほうで、シューマンのピアノ協奏曲はそれほど楽しみにしていたわけでもなかった。上述のとおりシュタインバッハーの弾くメンデルスゾーンを聴けなかったせいもあるが(逆恨みだ)、もともと好きな曲でもない。古典派時代のモーツァルトのようにピアノと他の楽器たちが入れ替わり立ち代わり丁々発止の掛け合いを演じるというよりは、オーケストラがピアノをしっかりと包み込みながら両者が緊密に絡み合うのがあるべき形かと思うが、それだけにピアニストには周囲の響きの中に埋没してしまわないだけの、相応の風格と思慮深さが要求される。この曲におけるピアノは、よしんば主役ではないにせよ、それでもやはり中心(核)を占めているのであり、そのようなものとして、つまり肉体を照らす魂のように、オーケストラを内側から照らすのでなくてはならない。この点、ハオチェン・チャンの独奏は、とりあえず自分の担当として与えられた楽譜を音にしているだけという印象で、オーケストラ―ヘンゲルブロックらしい、古楽流の弾力的なリズムは痛快だった―との連携を積極的に模索していく姿勢がいま一つだったように思う。特に帰宅後、アーノンクール(ヨーロッパ室内管弦楽団)とアルゲリッチのやたら刺戟的な演奏や、サイモン・ラトル(バーミンガム市交響楽団)とラルス・フォークトの息の合った演奏を改めて聴きなおすと、なおさらそう感じた(注2)。
皮肉なことに、アンコールで演奏してくれたプロコフィエフの「トッカータニ短調Op.11」のほうがずっと生き生きしていた。「こんなに速く指が動くのだ、どうだ驚いたか」と言わんばかりの、もっぱら技術をひけらかすためのような選曲だが、それだけに終わらぬ一種悪魔的な気迫があり、私はもとより舞台上の楽団員たちも含めて、聴き手は皆手に汗を握り、弾き終わった後は熱狂していた。バックハウスやケンプの晩年の精神的な境地がすばらしいのは当然だが、あらゆるピアニストが最初からそれを目指す必要はないのもこれまた当然のことだ。まだ若いこの人には、オーケストラと共演して中途半端に気兼ねするよりも、しばらくはこういうホロヴィッツ的な名人藝の路線を独力で究めるほうが向いているのかもしれない。

休憩を挟んだ後半は、いよいよマーラーの「巨人」である。第2楽章(アンダンテ・コン・モート)として「花の章」を含む、いわゆる1893年のハンブルク稿だ(ただし、もらった冊子に載っている解説にも書いてあるとおり、実際にヘンゲルブロックたちが演奏しているのは、この稿にさらなる修正を加えた、翌1894年のワイマールにおける演奏時の楽譜らしい)。全体が五楽章あるわけで、当然演奏時間も通常の版と比べてやや長い。
いかにも北ドイツ放送交響楽団らしい、硬く引き締まった重厚な弦楽器の魅力は早くも第1楽章で存分に発揮されていたが、ヘンゲルブロックはそこに、ヴァイオリニストとしての自身の経験を活かしながら、マーラーには不可欠なしなやかさ、濃やかな表情を加えることに腐心してきたようだ。互いの音を注意深く聴きあう弦楽器奏者同士のこの親密な対話は、比類なき正確さと精密さでブルックナー演奏における一つの規範を打ち立て、世界中の称讃を集めた往年のギュンター・ヴァント時代には見られなかったものかもしれない。朝霧のようなフラジオレット、そこに舞台の外から響き渡る起床ラッパ、そして郭公の鳴き声と、愛好家なら誰でもありありと思い出せる開幕の情景は、楽曲と外界を隔てる枠組を取り払おうとする志向、および自然への参照という点においてすでに後年のマーラーらしさを予告するものがあるが、ヘンゲルブロックたちの演奏はあまりそういうことは感じさせず、あくまでも一つの音楽作品としての統一性を大切にしているようである。例えば、提示部で第一主題を支えるべく低弦に現われる規則正しいピチカートは、全体の中に埋もれてしまわず、そうかといってベルティーニ(ケルン放送交響楽団)のCD(EMI)ほどあざとく強調もされずに、絶妙のかすかさで響いてくる。そしてこれによって、聴き手の注意のいくぶんかは自ずから―矛盾しているようだが、いわば気づかぬうちに―そこに引き寄せられ、結果として端正な律動が感知される、ということはつまり生じてくるのである。もっとも、ベルティーニとて実演ではどうだったかわからない。これに限らず、音が終始立体的に聞えるというのが実演の醍醐味の最たるものであって、指揮者、ひいては作曲家が意図した音響設計についても、本来録音だけでは公正な判断は下せまい。マーラーが愛したトライアングルの音色が、単に量的に小さいというだけではなくて、いわば質的にも小さな(可憐な)ものとして聴き手の耳にちゃんと届くのも嬉しい。総じて、ビブラートを控えた清楚な弱音の微妙な色調が作り出す、ぴんと張りつめた空気は特筆に値するもので、この緊張感がないとこの第一楽章は、極論すれば再現部直前のいわゆる「突発(Durchbruch)」(アドルノ)の瞬間を迎えるまで、ひどく平板で起伏の乏しい印象になってしまう(注3)。それだけに、最後、隅々まで整理の行き届いた響きが、見通しのよさ、透明度の高さを保ったまま膨れ上がっていくときのとてつもない振幅の大きさからは、この指揮者ならではの丁寧な仕事ぶりがうかがえた。
続く「花の章」はたしかに目新しくて面白いし、夢見るような牧歌的な風情が美しいとはいえいかんせん甘ったるく、いささか焦点が定まらぬような楽章で、もう録音でも実演でもそれなりに場数を踏んできたはずなのに、楽団の中にやや戸惑いのようなものがうかがえた。おまけに指揮者は安易にわかりやすい歌謡性の上にあぐらをかくことを戒めている風なので、なおさらやりにくいのかもしれない。作曲者がどういうつもりで最終的にこの楽章を削除してしまったのかはわからないが、表題音楽的な(物語的な)首尾一貫性が成り立たなくなるのはもちろん、加えて形式面でも、明白な緩徐楽章の不在、そして前半と後半がスケルツォ楽章を間に挟んで向き合う対称構造(注4)の崩壊という問題が避けがたいにもかかわらず、やはり思い切りよく省いてしまったほうが、各楽章を見比べたとき完成度に落差が生じず、その一方で個性の違いはかえって明瞭になるという利点があるようである。ともあれ生のオーケストラでこれが聴けたのは貴重な体験だ。
第3楽章(通常演奏される最終稿では第2楽章)のスケルツォでは、真面目一辺倒で、ほとんど戦闘的なほどのあまりに筋肉質な音楽に度肝を抜かれた。「花の章」との対比を意識してか、平均よりも早めにきびきびと進む。冗談とか、おどけた気分とは縁がない。私がオーケストラの演奏会に足を運ぶのはせいぜい年に数回だが、そのつどCDの音質との違いに驚かされるのが打楽器である。舞台の奥に隔離された打楽器は、先のトライアングルがそうだったように、いかに小さくとも他の楽器の影にすっかり隠れてしまうことはないものだし、また逆に、いかに他の楽器を圧して鳴り渡るにしても決してそれらの音をすっかりかき消してしまうことはない。それを確かめるたびに、音の空間的な広がりの再現という点でいまなお録音技術には原理的な限界があることを痛感させられる。特に、北ドイツ放送交響楽団のティンパニ奏者は(ヴァントの時代と同じ、眼鏡をかけた細身の紳士だ)、見た目は温厚そうなのに叩き方は全く遠慮会釈がないので、余計その感を強くする。CDではここまで凄まじい音を轟かせてはいなかった。
第4楽章(最終稿では第3楽章)では、戯画化された、ただでさえどこまで本気なのか判然としない葬送行進曲の歩みが唐突に中断され、楽想が変化を遂げて物哀しくなったり珍妙になったりするたびに、指揮者がいち早く指示を出して、この手の文学的な音楽はいくぶん不得手そうなオーケストラを導く姿が記憶に残っている。といっても、しつこい描写に流れて本筋を見失ってしまうようなことはない。根本の発想が器楽的だからか、舵取りそのものは乱れず、適度の脱線を挟みながらもちゃんと前進していくのだ。
フィナーレではいよいよこのオーケストラの特質が全開になり、爆発する感情に溺れて我を忘れるようなことはないまま、獰猛なまでの勢いで荒れ狂う。抽象的に研ぎ澄まされた輪郭の端正さ、そして品格の高さは保たれつつも、聴き手を吹き飛ばさんばかりの強烈な大音響が客席に襲いかかる。この両義性が、なんとも独特だった。それでいて、第1楽章の冒頭や「花の章」の断片が回想されるしみじみしたくだり(CDでは、トラック5のおよそ10分13秒から)では、思いもよらぬ瞑想的な、敬虔ですらある雰囲気に不意を突かれた。山中で嵐に襲われて洞窟に逃げ込んだところ、そこにはほの暗い闇の中にとりどりの青白い光が交錯する神秘の世界が広がっていたという趣である。水を打ったようにひときわ静まり返った会場内の聴衆が一人残らず固唾を呑んで舞台に集中している、あの途方もない緊張感は決して忘れられない。このあたりから全曲の締めくくりに向けてヘンゲルブロックの指揮ぶりもいっそう生彩が増し、疑いなく彼がこの交響曲の全体をどんな細部に至るまでも完璧に掌握していること、音楽が一瞬たりともとどまることなく彼の中に流れ込んでは、そこで生命を新たにして再び流れ出てくるのだということが明らかになってきた。照明は落とされているというのに、それに身振り自体はそこまで派手なほうではないのに、この存在感は一体何なのか。聴いているうちに、この人の場合は、どんな感情もどんな思考も、そもそも楽音の世界以上に自然な環境を知らないのではないかと思えてくる。彼の精神にとって、いやもしかすると肉体にとっても、音楽は決して仮の住まいではなくて、あべこべに生国であり、故郷なのだ。もしもヴァイオリン(でも何でもよいが、ともかく一つの楽器、ただし鍵盤楽器ではない)に心が宿り、人間に姿を変えるようなことがあるとすれば、彼こそがきっとそうであるに違いない。こういう純粋さはおそらくマーラーその人とも、また一般にマーラー作品の名指揮者として知られるバーンスタインやシノーポリやインバルとも異質なものであるが、まがうかたなき天才である。いわゆる感情移入は決して露骨ではないし、下手をすれば紋切型に堕しかねない世紀末ウィーン風の耽美趣味とやらもない。というよりも、必要ないのだろう。緻密さにかけては比類がないが、楽譜の解説に徹する分析的な流儀でもない。それでいて、ともすれば金管の咆哮が洪水のように全てを呑み込み、押し流す結果になりがちなコーダにおいては、さざ波のようにきらめき続ける弦楽合奏の上に前代未聞の豪放かつ壮麗な頂点が悠然と築き上げられ、作曲者が意図したはずの希望に満ちた人生の門出というよりは、むしろ輝かしい完結性を意味するように聞えた(注5)。やみくもな疾駆に身を任せようとはせず、しっかりと地に足が着いているのだ(そう聞えた理由の一つは、結末に向けてなだれ込むような最後の加速がなかったことだろう。また、ホルンはそこまで朗々と鳴らず、奏者も起立しなかった。手元にある輸入盤CDの解説を読むと、今回の楽譜と最終稿との違いを説明する中で、ちゃんとこの二点についても言及があった)。これではまるで、ブルックナーの交響曲第5番ではないか。伝統的な西洋音楽の最大の要諦であろう、「部分は全体の中で(のみ)価値がある」という命題は、なおも真理として妥当しつつ、一切のお仕着せがましさからの解放とともに新たな意味を獲得し、ほとんど工業的な性格を帯びるに至っている。すなわち全体とはできあいのもの、所与のものではなくて、大局を見渡しつつも個々の細部をおろそかにしない、精力的な共同作業の積み重ねを通じてそのつど生産されるべきものなのだ。しかもこの共同作業を決して単なる苦役の連続にはしてしまわず、いついかなる瞬間にあっても愉悦を忘れないのがヘンゲルブロックの流儀である。ドイツ人の間で人気が出るはずだ。
なるほど、「巨人」はマーラーの交響曲の中では比較的単純な部類に属するはずなのに、それをしもこのようにいわば多層的に演奏できるなら、録音の軌跡が一見「つまみ食い」的なとりとめのない様相を呈しているからといって、性急に咎めるのは的外れというものだろう。あるいはむしろ、これ以後の作品と比べれば芝居がかったところや前衛的な試みの少ない素直な作りで、私的な内面の表白もそれほどくどくない「巨人」だからこそ、ここしばらく19世紀音楽の伝統をたどってきたヘンゲルブロックにとっても、またかつてクラウス・テンシュテットの時代に、情け容赦ない指揮者のもとでさんざんしごかれてすっかり心身をすり減らして以来―交響曲第2番「復活」の凄絶な演奏の記録が、海賊盤として残っている―マーラーの曲に警戒心を抱くようになった(と、私は勝手に推測している)北ドイツ放送交響楽団にとっても、一番無理なく取り組むことが可能だったのかもしれない(実際、この指揮者とオーケストラの組合せで聴いても違和感がなさそうなマーラーの交響曲というと、後は第3番くらいしか思いつかない。やり方次第では第4番と第7番「夜の歌」も勘定に入れてよいかもしれないが、いずれにせよ、ブルックナーがほぼどの曲も大丈夫そうなのとは対照的だ)。
演奏終了後、ヘンゲルブロックが各セクションごとにまず代表者、ついで全員という順序で起立を促すときの、「皆さん、これが私の自慢の家族です」と言わんばかりの誇らしそうな笑顔が実に印象的だった。本当に慕われているのだろうな。アンコールはワーグナーの『ローエングリン』から第三幕への前奏曲で、「巨人」とは打って変わって肩の力が抜けた、爽やかな風のような解放感のあふれる演奏だったが、演奏者にとっても聴衆にとっても、あれだけの力がこもった名演の後で心身の緊張を解消するためには、このくらいでちょうどよい。


(1)もっとも、2万円以上する一番高い席は当日になっても結構余っていたようだが、貧乏人には気軽に手が出せない。あまり前列に空席が目立つようだと演奏者にも失礼だと思うのだけれど、結局あれは売れたのだろうか。
(2)とりわけラトルとフォークトによる演奏は、小ぶりで線は細いが、漫然と同時に音を出すだけではなくて一緒に一つの曲を作っていこうとする意志が明白である上、ピアノに対してはもちろん、オーケストラの内部でも楽器の引き継ぎや出入りがとにかく絶妙なので、私にとっては理想に近い。
(3)多少の疲労、またそれゆえの若干の粗さが感じられなかったと断じれば嘘になるが、しかしそれは、彼らが目指している演奏の姿を曇らせるほどではなかったと思う。
(4)柴田南雄『グスタフ・マーラー』(岩波現代文庫、2010年)146-147頁。
(5)もっとも、村井翔著『マーラー』(音楽之友社、2004年)によれば、マーラー自身、この交響曲は結局「僕の主人公である苦闘する巨人の死のうちにはじめてその勝利を獲得する」と語ったことがあるという(196頁)。この発言を信じるかぎり、実際の演奏においても、結末の圧倒的な凱歌は何らかの形で主人公の死を含意すべきなのであろう。

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フランス・ブリュッヘンの来日公演(2013年4月) 

130508_0035~01
四月に経験した私的な大事件といえば、なんといっても引っ越しだった。
たぶん借家住まいの人は誰しも経験がおありだろうが、完璧に「理想どおりの部屋」というのはなかなか見つからないものだ。どうせ引っ越し自体が避けられないなら家賃は安く、部屋は広く、交通の便はいまよりもよく…と虫のよい希望をいろいろと思い描いたところで、実際には必ずや妥協を余儀なくされるのが世の常である。最終的にはいくつかの候補の中から、私なりの基準で判断して他よりましと思えた物件を「エイやっ」と気合で決めたわけなのだが、これにしても線路が目と鼻の先にあるのと妙に室外の通路が狭いのとが気にかかる。また、都心に近い分定期券代が格段に安くなるのでその点はたしかにありがたいのだが、どうも自分の生活を振り返ってみると、実はもっと郊外の住み家を選んだほうが、定期券の区間内で好きなだけ公立図書館目当ての下車ができるという意味で、かえってお得だった可能性もあるのだ。まあ、これまで住んでいた部屋と比べれば、新しい住み家は一応いましがた挙げた三つの条件をいずれも満たしているし―つまり、より安く、より広く、より交通の便がよいというわけである―、「住めば都」という気持ちで鷹揚にかまえておればよいのだろう、きっと(どうしても我慢できないようなら半年後にでもまた引っ越せばよいだけの話だし。財布はその分痛むけどな!)。
ただし、これまた借家住まいの人には周知のことだろうが、部屋を選ぶのは厄介ではあっても、それなりの楽しさも伴う経験である。それよりも閉口したのは引っ越しの具体的な作業、つまり荷物を梱包して運搬するという作業のほうだ。新居まで電車を乗り継いでせいぜい30分ほどしか要しないのを幸い、引っ越し会社の人に任せるのは気が引けた趣味関係の品は何回かに分けて極力自分で運ぶことにしたのだが、いくつもの段ボール箱にぎっしりつまった本や同人誌の重いこと重いこと。でかいショルダーバッグを用意したので箱のまま抱きかかえて運ぶよりは楽だったが、よしんば重さには目をつぶるとしても、巨大な角ばった荷物を肩から下げていると足腰の動きを阻害されることはなはだしい。脚をまっすぐ前に踏み出すことができず、歩けないのだ。いやはや、あんなもの一人で持ち運ぶものではありませんな。皆も、変な意地を張らずに同人誌や本も引っ越し会社に任せるか、もしくは日頃から趣味の品々の運搬を手伝ってくれそうな友人を作っておくのがお勧めだよ!
…なんだかこの話題を続けていると私の思慮のなさ加減と天涯孤独っぷりを衆目にさらすだけの痛い結果に終わりそうなので(というか、もうそうなっている)、この辺でやめておこう。わざわざバッグを用意するにしても、なぜせめて路上を押して運べるキャリーバッグにしなかったのやら、思い返すほどに謎は深まる一方である…。

そんな全く個人的なごたごたに追われていたにもかかわらず、どうしても行きたい催しがあった。フランス・ブリュッヘンの来日公演である。会場はいずれもすみだトリフォニーホールで、4月5日こそ諸事情によりあきらめざるをえなかったものの(この日の曲目はモーツァルトの交響曲第40番とショパンのピアノ協奏曲第1、2番で、ピアノ独奏はユリアンナ・アヴデーエワさんだった)、18世紀オーケストラを率いた4日と6日の演奏、および15日の新日本フィルとの一夜は幸いにして聴くことができた。
曲目の選択に関しては異存がないわけでもない。まず、第一夜(4日)はベートーヴェンの交響曲第2番と第3番「英雄」だったのだが、世評はどうあれ、不幸にして私には、ブリュッヘンの音楽作りがベートーヴェンの曲とすごく相性がよい…という風には思えないのだ。どうせならハイドンを指揮してほしかった。私がいまだに、「モーツァルトやベートーヴェンもたしかにすばらしいが、ハイドンは彼らとは別格の、はるかに偉大な作曲家である」と、ごく自然に感じ、ごく当然のこととして信じているのは(そうでない他人が大勢いることを知ったときは実に衝撃的な思いがした)、間違いなく、ブリュッヘンと18世紀オーケストラによるハイドンの交響曲集(Philips、図1参照)をさんざんCDで聴いたからなのだ。あくまでも私見だが、モーツァルトの演奏にしても、録音に耳を傾けるかぎり、「リンツ」や「ハフナー」のような中期の交響曲のほうが、第40番や「ジュピター」より聴きごたえがあるように思う。おそらく、どこまでも均整と中庸を守りつつときおりほどほどの諧謔を織り交ぜてくる古典派的な形式美の世界に、これでもかとばかりに激烈な気迫で魂を吹きこみ、枠組に衝突するのをものともしないで力いっぱい暴れてみせるのがブリュッヘンの本領なのであって、ベートーヴェンのようにもともとあくの強い―そしてその点で彼に近い―作曲家が相手だと、このような流儀が作品そのものにうまく浸透していかず、一種の自家中毒とでも呼ぶべき結果をもたらしてしまうのではなかろうか。それでいて、第103番「太鼓連打」のフィナーレがなにやらフラクタル図形の生成を目の当たりにしているような不思議な快感を与えてくれることからもわかるように(マルク・ミンコフスキとルーヴル宮音楽隊の演奏では、フレージングの切り方がせっかちすぎてこうはいかない)、ハイドンの交響曲だと規模がちょうどよいのか、なぜかブリュッヘンは赫々と燃え盛りつつも形式への精妙な感覚が冴え渡るようなのも見落とせない点だ。

(図1)
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なんだか放言が過ぎるようで書いていて申し訳なくなってきたが、とにかくそんなわけで、私には当日会場の席に座った時点で、いまだ古典派の合理主義的な世界からベートーヴェンが脱しきっていない交響曲第2番のほうが、おそらく自分には「英雄」よりも違和感なく聴けるはずだという予感があった。そしてそれは的中した。第2番はいかにも試行錯誤というか、ベートーヴェンが彼独自の個性を確立する以前の時期の曲であって、軽妙で喜劇的な名作ではあるけれど、いわば調子の悪いエンジンがその場でぶるんぶるんとうなりをあげているような、どこかもどかしい単調さもある。古楽オーケストラとしては欧州随一であろう強力なティンパニと金管を擁した18世紀オーケストラの硬質な響きは、それを目もくらむような垂直の偉容に変貌させてしまう。不気味な真剣勝負のひとときだった。対して「英雄」は、CDを聴いたときと同様、第一楽章でしばしば急に遅くなる箇所が出てくるのにどうにもついていけない(もちろん遅いこと自体は別に欠点ではない。例えばクレンペラーやチェリビダッケのように一貫して遅いテンポを採用した場合には、それはそれで風格があって立派な「英雄」になるものだ)。なるほど、過去の名演として知られるもの、例えばフルトヴェングラーの録音からもテンポの急変は聞こえてくるが、あれは不世出の天才指揮者の名人芸という点を度外視するとしても、何はともあれ曲そのものの自然な呼吸に即した伸縮であるのに、ブリュッヘンの場合は、どうやらにぎやかなところは速く、弦楽合奏のみの部分は遅く…といった感じで機械的に緩急を決めているのか、かなり人工的な趣だ。痩せた響きの古楽器を用いながらこのような工夫を凝らすと、一つの楽章としての連続性が危うくなる。たとえるなら、勢いよくプールの壁を蹴って泳ぎ始めたはずの人が、なぜか何度となく動きを中断し、プールの底に足をつけてあてどなく佇立してしまう光景を見ているようで、暗中模索という意味での新鮮さは伝わってくるにせよ、いまいち気分が乗り切れない。古楽系の「英雄」としては、エマニュエル・クリヴィヌとラ・シャンブル・フィルハーモニック(naïve、図2参照)のほうが、あるいはトーマス・ヘンゲルブロックと北ドイツ放送交響楽団のほうが、前者は過剰な力みを排した終始速めのテンポで洗練された利口な演奏を繰り広げているという点で、また後者は、自身も弦楽合奏の歴史を熟知した指揮者が物理的に高性能な現代楽器群に古の奏法を仕込むことにより、極小から極大への、そして極大から極小への空前の劇的振幅―これぞ「英雄」の革新性であるとばかりに意気込んでブリュッヘンが狙ったはずの獲物―を、一貫性を失うことなく表現の中に定着しえているという点で、あるいはまさっているのではないか。一音一音を徹底的に管理せずには気が済まないらしいブリュッヘンの強烈な意志は、本来ならば第二楽章の悲愴な葬送行進曲でこそ威力を発揮するかとも思えるが、あいにく今度は第一楽章とは逆で、概して粘りが足りないというか、一貫してテンポが速めなので妙にあっさりした印象が生まれてしまう。また、物語的な展開にさほど思い入れがなさそうな彼の指揮のもとでは、後半の二つの楽章、特にフィナーレの変奏曲が、局所的には鮮烈な反面でやや流れが滞りがちで、ときに唐突とも感じられた。もともと「英雄」は全曲を一体のものとして破綻なく演奏しようと思うと何かしら知恵を絞る必要が出てくる曲のはずだが、ピエール・モントゥーやヘンゲルブロックと比べると、その手の大局的な視野は、ブリュッヘンの関心の中であまり大きな割合を占めてはいないようだ。

(図2)
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三日目、つまり6日の曲目は、シューベルトの交響曲第7(8)番「未完成」と、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」の二曲だった。やはり曲の規模の問題か、シューベルトのほうが凄絶な名演だったように思う。私の考えるブリュッヘンの真骨頂は、一見健康そうな曲を誰にも真似のできない悪魔的な色で染め上げてしまうところにあった。そして、だからシューベルトなら交響曲第2番、メンデルスゾーンなら交響曲第4番「イタリア」あたりを演奏してほしい、あるいはいっそシューマンの第1番「春」か第2番、もしくはブラームスの第2番か第3番を聴きてえ、どうか聴かせてくだせえあたしのブリュりん、いやさブリュッヘン様…などと事前には思っていた。ところが、そんな身勝手なお願いをたちどころに粉砕してしまうような、聴く者を震えおののかせる「未完成」だったのだ。やはり比較的第一楽章は遅めで第二楽章は速いのだが、このような形式的に不備のある作品の場合だと、それが全体的な統一感を高める結果になっていたのが面白い。奏者たちは全員目が座りきっており、次の瞬間の我が身の安泰など毛ほども気にかけず、ひたすら一瞬一瞬の音に命がけで没頭していた。とりわけコントラバスの、曲の幕開けを告げる邪悪この上ない音色と、一糸乱れぬピチカートは忘れがたく、その後も何度か夢に見た。その瞬間の音に全身全霊を賭することによってこそ、何ら矛盾も不自然さもなく時間的な推移を表現できることがあるのだという一見逆説的な真理を、ただの一吹きの間に絶望の底から儚い希望へと転じるホルンが教えてくれるのだった。聴き終えてしばらく、私は拍手ができなかったことを告白せねばならない(このように恐るべき音楽に対して、軽々しい賛美の表明で応えるほかない自分の立場が無力に思えて歯がゆかった)。つづくメンデルスゾーンではこの生真面目さと一体感の強さが裏目に出たか、やはり短調の作品とはいえ演奏が曲想から微妙に乖離している感じを受けた。CDではペーター・マーク指揮オルケスタ・シンフォニカ・デ・マドリードの演奏(ARTS、図3参照)が定評のある名盤ということになっているのは、たぶん適度な投げやりさないし粗さが、滝のごとき自然な勢いを生みつつ随所で構造的な興味にも応えてくれる(内声部の動きを透かし見ることを可能にしてくれる)からではないかと思うのだが、ブリュッヘンの類稀な求心力が束ねる名人揃いの18世紀オーケストラには、狂的な推進力はあっても隙というか余裕は(ほとんど)ない。それでも第二楽章が民族舞踊風の爽快な活気というよりは死の舞踏のような怪しい雰囲気を漂わせていたのは面白かったし、しかもそれでいて、総じて明らかにベートーヴェンのときよりも流麗で情感のこもった仕上がりになっていたのは、あながち楽譜のせいばかりではあるまい。各楽器の音色もまろやかになり、調和が増していた。18世紀オーケストラの響きが、持ち前の個性を保ったままでもののみごとに初期ロマン派の語法を自家薬籠中のものとし、いわば「19世紀オーケストラ」に変身していたのだ。

(図3)
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最終日(15日)にブリュッヘンが指揮したのは新日本フィルハーモニー管弦楽団で、曲はシューベルトの交響曲第5番と、第8(9)番「ザ・グレイト」だった。第5番ではところどころで統率がやや不完全だったり、心もちリズムが曖昧になったりしたようでもあったが、それでも十分にすばらしい。なにより「ザ・グレイト」が、大きな感銘を与えてくれた。この曲は、ブリュッヘンと18世紀オーケストラによるシューベルトの交響曲全集(Philips、図4参照)の中で唯一私が抵抗感を覚えたもので、「ブリュッヘン印」とでも呼ぶほかない、さながらアンドロイドの筋肉繊維のきしみに耳を傾けているような心地になる猟奇的な音色といい、フィナーレの何かに憑かれたかのような常軌を逸した疾駆といい、あまりにも強すぎる表現意欲がどこか空回りしているように聞こえたものだ。だが、新日本フィルはもちろんブリュッヘンの子飼いではないし、そもそも生粋の古楽オーケストラではない。それゆえに指揮者の意図との間に適度な距離感が生まれえたのだ…などと書くとなんだか穿ちすぎの上、これ以前から共演を重ねてきた両者に失礼な気もしてくるが、ともかく18世紀オーケストラほど凶暴でも筋肉質でもなく、踏み込みが深くないことが結果的には好ましい方向に作用したというか、えぐさを軽減するように働いたのではないか(指揮者の方向性は全然違うが、ギュンター・ヴァントとベルリン・ドイツ交響楽団の「ザ・グレイト」が名演であるのと少し似た事情なのかもしれない。ついでながら、当日見たかぎりでは、新日本フィルの弦楽奏者は他の楽団と比べて女性の占める割合がかなり高いようだった)。といっても決して微温的なわけではなく、日本のオーケストラからはそう頻繁に聞けるとも思えない、ごつごつしたたくましいトゥッティの響きを堪能できたのは貴重な経験だった。

(図4)
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いずれの公演でも、ブリュッヘンは歩行に難があるらしく、車椅子に乗って入退場し、指揮の間もずっと椅子に腰かけていた。こんなことを書くのが許されるかどうか迷うのだが、正直なところ、見ていて鬼気迫るものがあった。痛々しく折れ曲がった枯木のような痩躯は、かつて私が録音を通じて、ハイドンの疾風怒濤期の交響曲群や、第82番「熊」をはじめとするパリ交響曲集、第88番「V字」に第92番「オックスフォード」、そしていまだに比肩するもののないロンドン交響曲集(特に第100番「軍隊」や第101番「時計」)の演奏に何度となく耳を傾けながら、憧れの中で思い描いていた颯爽たる英姿とはかなり違う。その事実が、無性に愛おしかった。稀代の藝術家の実演に生まれて初めて接したから―そして、もしかするとこれが最後かもしれない―という理由はもちろんあるが、きっとそれだけではない。私が感じていたものは一体何だったのだろう。敬老精神でもない。気力への気力、への尊敬であったか(ここ、書き損じではありませんことよ)。「ある英雄の思い出のために」―こんな副題をいまさらのように思いつきで記事に追加しても、どうにも恰好がつかないのである。
ありがとう、ミスター・ブリュッヘン。

category: 音楽

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